Convalescent -恢復期-(上)

天空風牙@フォローリクエスト受付停止中
@tenkufuga

5.月の光

この小説は夢小説 (名前変換ができる小説) です。
キャラベルに登録してログインすると、登場人物の名前をお好きな名前に変更できます。


Votre âme est un paysage choisi

Que vont charmant masques et bergamasques,


その澄んだ、だがふくよかで美しく伸び行く歌声に、昇は大きく目を見張る。


Jouant du luth et dansant, et quasi

Tristes sous leurs déguisements fantasques!


音程と表現の美しさ、声の張りや力強さもさる事ながら、その発音の正確さに、昇は内心舌を巻く。

音感がいい人間は外語の習得能力も高いとは誰の弁だったか。余程聴き込んで、歌い込んでいるのであろうそのフランス語歌詞の発音は、日常会話程度の仏語ならすらすら喋れる昇が聞いても驚く程の正確さだった。


Tout en chantant sur le mode mineur

L'amour vainqueur et la vie opportune.

Ils n'ont pas l'air de croire à leur bonheur,

Et leur chanson se mêle au clair de lune,


ピアノの伴奏と涼子が歌う主旋律が、絡まり合い、お互いを高め合いながら伸びやかに流れて行く。

その旋律は、各々が最高のものを作り上げようと、自分の中に存在する全ての音と表現を投げ打って、エゴイスティックに創造されている筈のものだ。

にも関わらず、それらは完全に互いの求める通りの理想を奏で、伴侶の様にぴったり寄り添い重なり合っていて、その丸きり奇跡の如き完璧な一致に、涼子はそっと瞳を閉じる。


Au calme clair de lune triste et beau,

Qui fait rêver, les oiseaux dans les arbres,

Et sangloter d'extase les jets d'eau,


あのコンサートの時と、同じ。

絶対に不可分な、魂の伴侶。



―――ああ、私は、この男が、好きなんだ。



涼子はやっと、自分自身の一番根源に眠っていたその感情を自覚する。

押し付けがましく、自己中心的で、涼子の表面的なプライドなんて歯牙にも掛けず容赦無く踏み躙る。

けれど最も切実で重大な自己尊厳そのものを暴く様に思い出させ、全肯定し、自分の全てを投げ打ってその深い穴を埋めてくれる、この男の事が。


Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.


ああ、終わってしまう―――

と、涼子は思った。

その名残り惜しい気持ちは昇も同じ筈で、物悲しく、儚く美しいその後奏を、昇は殆ど愛撫するかの様に奏で上げると、最後のピアニシモをそっと、本当にそっと、鍵盤の上に置いた。



8 / 10