Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

5.月の光

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藤田は確かに、無口で真面目な男だった。


有能なのか、無能なのか、それは部所が違う涼子にはよく分からない所だったが、ひとから頼まれると断れない性分なのか、他人の仕事を押し付けられて、一人残業している事がよくあった。


上階にある社長室へ向かう階段を上りながら、涼子はほとほとうんざりした気持ちになった。


この会社は業務内容自体は、そこまで酷くは無い。

しかし、そこに勤めている人間の質が、致命的に悪かった。

営業部は営業部で、深夜残業すると言って、その実会社でアダルト動画を閲覧している様な部所だ。

PCに詳しいのでシステム管理を任された涼子がまずしなければいけなかった事が、ファイル交換ソフトの削除とウイルスに感染した大量のアダルト動画ファイルの処理だった程だ。

営業部長はたまに部下に暴力を振るう様な粗暴な人間で、その営業部長のPCが最も酷い有様だったのだから、涼子も強く規制する事が出来ず困っているのだ。

そこへ行くと藤田は真面目で物腰も柔らかく、涼子にとってはこの住宅会社における一服の清涼剤とも言うべき存在だった。

設計する住宅にも彼の性格がよく表れている。

確かに他の設計士の作と比べれば、スタイリッシュさに欠ける様に見えるそのデザインは、けれど本人の性格を反映しているのか不思議な温かみがあって、機能性に優れ、涼子にとっては他の設計士の作よりも遥かに良い様に思われるのだ。

何より、彼が理不尽に虐げられている様子は、長きに渡りいじめを受けていた涼子にとって耐え難いものがあった。

だから、藤田が不当な扱いを受けて落ち込んだりしている時、涼子は積極的にお菓子を作って藤田に振る舞う事がよくあった。


社長室で居眠りしていた社長のデスクに起こさないようカップケーキをそっと置いて、また階段を下りている所で藤田が帰って来るのが見えた。入れ違いで、他の設計士の面々が玄関を出ようとしている。

「藤田あ、俺ら先に帰るから、俺の新作の分の住宅模型、続き作っといて~」

「あたしのも~」

「この後イタリアン食いに行こうぜー」

「やった~! イッタリアン♪ イッタリアン♪」

藤田が返事する前に、設計部の面々はどやどやと玄関を出て行ってしまい、あっけに取られた様にそれを見送る藤田だけがポツンと玄関に取り残された。

涼子は軽く溜息を付きながら藤田に近付くと、元気付ける様に微笑みかける。

「お疲れ様です。カップケーキ作ったんですけど、召し上がりますか?」

「ああ……ありがとう」

やっと振り返った藤田が、固まった表情を解いて微笑んだ。

涼子は自分のデスクに取って返すと、鞄の中からゴソゴソとカップケーキを取り出した。そこらに置いておけば、涼子が藤田の分だと主張しても、他の社員に勝手に食べられてしまうのだ。

少し思案して涼子は自分の分のカップケーキを併せると、それを藤田に手渡した。

「え? 2個も? 片方、西原さんの分じゃないの?」

「いいんです。藤田さん、この後残業する羽目になりそうだから。お腹空いたら、食べて下さい」

「そんなに気を使わなくてもいいのに……」

遠慮した様子の藤田に、涼子は微笑みかけた。

「別にやたらと気なんて使ってませんよ。藤田さんにだけ、特別です」

「……ありがとう。後でお腹空いて来たら頂くね」

やっと微笑んで受け取ってくれた藤田にほっとした所で、携帯の着信音が鳴り響いた。涼子のものだ。


取り出したそれの発信者表示を見て、涼子は一気に青褪めると、表情を失う。


「…大丈夫? 出ないの?」

画面を見つめたまま固まってしまった涼子を心配したのか、藤田がそう促した。

一度切れて、またしつこく鳴り響き出した着信音に、やっと涼子はぎこちない動きで通話ボタンを押すと、電話に出た。

「―――ほんとに大丈夫? 顔、真っ青だよ?」

終話ボタンを押したまま、暫くまた画面を見詰めて固まる涼子に、藤田が気遣わしげに声を掛ける。

それに「大丈夫です」とほとんど無意識で答えて、涼子は真っ白な頭のまま、帰り支度を始めた。




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