Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

5.月の光

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「待たせたね」

そう言ってコートを脱ぎ、席に着こうとした涼子の姿を一瞥しただけで、三好はもう、全てを悟った。

カシミヤのハイネックニットに、サスペンダーデザインのタイトなハイウエストスカート。

それらは普段ジーパンばかり好んで身に着けていた涼子が到底自分で選びそうもないもので、だが100%涼子本来の魅力を引き出している。

施されたメイクのセンスまで、全てが三好の知る涼子では無くて、三好は嘆息しながら俯くと、苦笑を浮かべた。

「もういいよ。言わなくても解る」

椅子に腰掛けようとする中腰の姿勢で一瞬身を止め、またゆっくりと立ち直る涼子と共に、三好も席を立った。

「……悔しいな。完敗だ」

言いながら三好はテーブルの端に置いていたリングケースを背広の内ポケットに仕舞うと、涼子に右手を差し出して来た。

「今まで、どうもありがとう。

会えて、嬉しかった」

涼子も笑顔でその手を、握り返す。

「その笑顔、お前の夫として見たかったな」

三好は「じゃあ、元気で」と一度ぎゅっと涼子の手を握り直すと離し、伝票を手にして踵を返した。

「そいつと別れたら、いつでも電話して来いよ!」

去って行きながら後ろ手にヒラヒラと手を振る三好を見送ってから、涼子はコートを着直すと、スマートフォンを取り出し、ダイヤルした。

「終わったよ」

一言だけ告げて電話を切ると、自分も店を出る。

12月に入ってイルミネーションの美しい並木道を歩き出した隣に、黒いトレンチコートを纏った長身の男が、すっと寄り添った。


「―――同情、しているのですか?」

無言で歩き続ける涼子に、昇はそっと、問うて来る。

「……そんな必要はありませんよ。

あなたを本当に愛しているなら、彼はその気持ちに気付いた時点で、あなたに電話するべきだった。

結局拒否されないメールボックスへ自分の思いを一方的にぶつけていただけ、あなたを利用したいだけの、自分が可愛い男ですよ、彼は」

涼子は少し、苦笑した。

今なら三好と昇の違いが、明確に解る。

確かに双方とも、表面的な態度は自己中心的であるには違い無かった。

だが二人の決定的な違いは、「誰のために」自己中心的であるか、だった。


三好は、自分の欲望のため。

昇は、涼子本来の自尊心のため。


そして、昇は決して涼子の本心を測る事を、過たない。


「しかしその服装、本当に犯罪的です。宛て付けには丁度いいですが、その後のことは考えていませんでした。

今すぐコートをひっぺがしてこの手で脱がせてしまいたくなります」

口元を手で覆いながら、困った様に昇は嘆息する。心なしか、耳元が赤い。

「お前が選んで買った服の癖に何言ってるんだ。お前さっきからそんな事ばっかり考えてたのか?」

呆れて涼子は昇を見上げる。

往来のド真ん中で不謹慎な事を言わないで頂きたい。

「当たり前ですよ! どれだけお預けを喰らったと思ってるんですッ!」

欲望に濡れた瞳でそう言った昇は、いきなり涼子の腕を掴むと、無理矢理狭い路地裏に引っ張り込んだ。

「このままここでキスしたい。ダメですか?」

問われても涼子は答えられない。

困った顔で耳まで真っ赤になった涼子に、我慢出来ず昇は激しく口付けた。


あの日、「けじめを付けなきゃいけない事がある」と言った涼子は、二週間後のこの日まで、決して昇に体を許さなかったのだ。

黙っていればわかりゃしないのに、三好の気持ちに気を使う誠実な涼子の態度を尊重して、「いずれ必ず出来るのだから」と昇は遠慮していたのだが、いい加減蛇の生殺し状態も限界だった。

顔を離し、しっとりと濡れた唇と、潤んだ瞳がこちらを見上げて来て、昇の中で何かが切れる音がする。

「愛しています。今すぐあなたが欲しい」

「ちょッ! ここでするつもりか!? 無理だから! 外だから!」

首筋に口付けられながら、長い指と掌に性急に求められて、涼子はその体温の熱さに慌てて必死で抵抗する。

「これからは俺があなたを幸せにしますから。

あなたはこれまでの過去の分、誰よりも幸せにならなきゃいけない。

誰がなんと言おうと、あなたには幸せになる権利があるんだ」

「いや幸せにってこんな所で―――」

言いざま、涼子はぴたりと動きを止め、微動だにしなくなった。

その様子のあまりの不審さに昇も流石に気が付いたのか身を離し、涼子の瞳を覗き込む。



その眼はただ漠然と大きく見開かれたまま、この世界の何処をも見てはいなかった。



―――何故今まで気付かなかったのだろう。



それは、決して気付いてはいけない問いだった。

だが、その来歴の苛酷さから「考える事」に慣れた涼子には、当然気付かずにはいられない筈の問いだったのだ。



「誰がなんと言おうと、あなたには幸せになる権利があるんだ」





な ら ば な ぜ 、 わ た し は あ ん な め に あ わ ね ば な ら な か っ た ?





「ブッサイクなツラして他人様を不快にさせて、よく生きてられるな」「勉強出来ないと将来はルンペンだぞ」「死ね」「言う事聞かないなら親父の相続放棄するって念書書けや。書かないとお前の本破る」「またこんな点数取って来たのか!」「こっから飛び降りろよ、ほら、背中押してやろうか?」「うわあぁ〜〜! 西原菌が感染るぅ〜〜!」「早く冷蔵庫から牛乳持って来い。10秒以内に持って来れなかったらパンチ一発な」「はやく消えてくれねぇかな〜〜」「もうあの子とは関わらない方がいいよ。こっちまで苛められる」「明日の朝までにこの参考書を全部やっておく事。終わらなかったらどうなるか、分かってるだろうな?」「西原さんをいじめている人は、今すぐやめましょう。いじめはいけません」「なんでみんなを手伝わないの? 一人だけサボってんじゃねーよ」「まだ殴られ足りないのか!」「そんなつまらない事で泣くんなら、お母さんの葬式で泣いてよ」




「お前、なんでまだ生きてんの?」





「あ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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