Convalescent -恢復期-(上)

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@tenkufuga

3.きみのキレイに気づいておくれ

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そもそも手を繋ぐ以前に、さっきから昇の両手にはずっと、巨大なブランドバッグが握られたままだ。

それどころか、自分の鞄に涼子のバッグまで肩から掛けて、体格の大きい昇からしてもかなりの大荷物の筈である。

「取り敢えず、ずっと荷物を持たせているのは悪いよ。自分の服と鞄だから、自分で持つ」

巨額を支払わせた上荷物まで持たせておいて自分は手ぶらなんて、涼子の良心が許さない。

涼子は昇の両手にあるブランドバッグと自分の鞄を無理矢理奪い取ろうとしたが、昇はどうしても引き渡してはくれなかった。

「あなたほんとに馬鹿ですか」

心底呆れたといった表情で昇は身をかわす。

「これ全部持とうってんですか? この大荷物なのに?」

「お前にとっても大荷物だろ。大丈夫だよ、こちとら握力42kg、背筋力114kg、腕を曲げれば力瘤出来るゴリラ女なんだから」

「心配して頂かなくても、俺も握力92kg、背筋力300kgあります。ちなみに身長188cm、体重99kg、体脂肪率5%です」

骨格がいいから筋肉があるのはよいことですけども、と答えて昇は眉根を詰めて真剣な顔になる。

「じゃああなたがこれを全部持って、俺が自分の鞄一つで片手ブラブラさせてたとしましょう。周囲の人から、俺はどう思われると思いますか?」

「………―――ごめんなさい」

頭の固い人が見れば、女に大荷物を持たせるなんてDVだなんだと騒ぎかねない。全く不平等な事だが、男が女性の荷物を持っていた方が、世間体は良いのだ。

「どうしても持ちたいなら、半分だけ持って下さい」

言われて涼子はブランドバッグひとつと自分の鞄を受け取った。

それにしてもこの男、スーツがよく似合う訳だ。

外国人モデルかハリウッドスターの如きその着こなしっぷりは、細マッチョどころかゴリマッチョと言うべき体格の良さから来るに違い無い。

涼子は初めて彼と出会った日の夜、ベッドの上で見た彼の美しく鍛え上げられた筋肉を思い出して、また赤くなる羽目になった。



地下食料品街まで戻り、冷蔵コインロッカーに預けていた食料品を取り出す。

服と化粧品も合わせたら、大変な荷物になった。

これでここからまた家に帰るのか……、と涼子は心からうんざりした気分になったが、帰らない訳にはいかない。

このまま帰途1時間の間、昇に荷物を持たせ続けるのも良心が痛む。

涼子はのろのろとタクシー乗り場に向かった。かなりの遠距離なので高額になるだろうが、仕方無い。

「意地でも電車で帰ると思っていました」

トランクに荷物を入れながら、昇は言う。

「この荷物持たせたまま1時間も移動させる訳にはいかないからな」

積み込み終わった涼子は先にタクシーの後部座席に乗り込んだ。それにしても出費が痛い。

それはいいのですが、と言いながら続いて昇も乗り込んで来た。

「あなたにとっても、こちらの方が良かったのかも知れませんね。―――俺の隣にいて注目されるの、嫌じゃないですか?」

「………気付いてたのか」

取り敢えず御陵みささぎ市方面へ、と指示していた涼子は、思わず昇の方を振り向いてしまう。

駅から出て百貨店に入っても、当然昇は周囲の注目を集め続けていた。

増してや、人の多い中で自分みたいな不細工と二人で仲良さそうに(そうで無くても周囲からはそう見えるだろう、鈍感な涼子でも分かる)買い物などしていたのだから、浴びる視線の数は電車の中の比では無かった。

「俺が側にいるだけで、あなたには迷惑をかけるのかも知れませんね」

静かなエンジン音の中、滑らかに滑り出したタクシーの後部座席に身を預けて、昇はその繊細な睫毛に縁取られた眼を伏せる。

「いや……そんなことはないよ」

慌てて否定して涼子は、本当に言いにくいが、それでも心の中に湧き起こっている否定し切れない感情を唇に乗せた。

「―――今日一日、楽しかった」

そうなのだ。この強姦魔といて何故、と思わないでは無いのだが、今日一日を振り返ってみると、確かに自分はうんざりしつつも楽しんでいたのだ。

昇から学ぶ所も多かった。実際涼子はこの一日で、少し変わったかも知れない。

「涼子さん………」

呼ばれて見上げた瞳は、熱っぽく潤んでいる。

涼子は少々身の危険を感じたが、昇は何も手を出して来ないまま、天井を見上げ瞑目した。

「………ありがとう……愛しています…………」

その唇から溜息と共に微かに、本当に小さな声で漏れ出たその言葉を聞いて、涼子は身の内にぞくりと、何かが頭をもたげるのを感じていた。



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