キスの日

女の子からキスするシチュエーションって良くないですか。


「あっちむいてホイするアル」

今日は日差しが強くて暑いから暴れるなと保護者に注意されたのだとむくれながら、俺の顔を見て開口一番チャイナは言った。

俺は巡回の途中、公園で休憩をしていた。ベンチをまるまる1基占領して。

「そこまでして毎回勝負せんでも」

普段喧嘩ふっかけるのは俺だけど。

俺がそう返すと、

「何にしても、いつまで経っても勝敗が決まらないのは嫌アル」

と、むすっとした表情で続けた。

負けず嫌いなのはお互い様だ。

でも俺としては、いつまでも勝敗がつかなければ、こうして馬鹿やれるのかなとか、そしたらずっとガキのままでいられるのにな、とか考えているのだが。

大人になってしまったら、きっとこの少女は、俺になんか見向きもせずに、いろんな場所を飛び回って、いろんなやつと出会うのだ。そんなのはつまらない。

物思いにふけっていると、チャイナに肩を押された。

「隣空けろヨ」

「へいへい」

しぶしぶといった体《てい》で俺がベンチの端に寄ると、チャイナは空いたスペースに正座した。

「……なんで正座?」

「勝負するんだから居住まいは正すべきダロ」

「真面目か」

軽口を叩きながら向かい合う。俺は正座はしないが、組んでいた足は解いた。

そろそろ土方か山崎かその他の隊士がサボってる俺を探してここに来そうだが、そんなのは気にしない。破壊活動してないんだし文句言われる筋合いはねぇや。

ガキの子守りしてるだけ。ほらちゃんと仕事してる。俺が楽しんでるとかは多分気のせい。

そういえば花見の時、こいつと叩いてかぶってじゃんけんぽんしたなぁ、なんて思い出す。今日はあのときみたいな高速じゃんけんはしない。

「「さいしょはグー、じゃんけん──」」

ぽん。

俺はパー、チャイナはチョキ。

互いの手を確認し、脊髄反射で俺は左に首をひねる。

持ち上げられたチャイナの小さな手が人差し指だけを立てているのを視界の端で認めた。その指が、どの方向に向くのだろうかと考えていたら。

───ちゅ。

右頬に、軽い感触。

やわらかくて、あたたかくて、少し湿っているような。

「……は?」

状況が理解できずに間抜けな声が漏れた。

俺の顔の真横にはチャイナの顔がある。ってことは、えぇっと……

「あっちむいてちゅー、アル」

あっちむいてホイじゃなかったのかよ。


油断してたら、あっちむいてちゅー






口付ける体の部位によって、意味があるらしい。

どこからかそんな情報を得てきた俺の恋人は、「言いたいことも言えない世の中じゃPOISON!」と反町隆史の名曲を歌いながら、引き倒した俺の上に跨がってちゃっかりマウントポジションをとっているわけだが。

「待て待て待て待て、なにこの体勢、普通逆だろィ」

「固定観念にとらわれちゃダメアル」

「お前は自由にやりすぎでィ!それにいつも好き放題言ってんじゃねぇか」

「……わたしがなんでもかんでも言葉にするとでも思ってるアルか」

「え?違うんかィ」

からかうつもりでそう言ったのだが、チャイナは沈痛な面持ちで「わたしにだって、言えないこともあるモン」と呟く。なにこの雰囲気。

俺は今日非番で、基本的に毎日休みという羨ましい限りの生活を送る恋人とでーととやらを約束していた。

どこかに出かけても良かったのだが、彼女が「おうちでーとがしたい」とのたまったので、屯所の俺の部屋で駄弁っているところだった。

本来なら女人禁制だが、許可証さえとれば女も屯所内に入ることができる。

ちなみに俺の部屋だからって変な期待はしていない。襖や障子だけで仕切られた部屋に防音性もクソもないし、なによりチャイナの年齢的に、手を出すと確実に俺にお縄がかかる。

そんなわけで、俺たちは非常に健全で純粋なお付き合いをしているわけで。ちゅーすらもハードルが高いような、そんな関係なわけで。今日のおうちでーとも、漫画読んだり買いこんできた駄菓子食ったり、今どき中学生でもしないだろうという内容で。一緒にいられるんならなんでも良いけども。

で、そんな雰囲気じゃなかったはずなんだよ。そんな雰囲気って何って、俺の置かれている状況を思い出してくれ。彼女に押し倒されてんの。俺の上にのっかった彼女がうつむいて何か言いたげにしてんの。

「……言いたいことがあるなら言えや」

「……簡単に言えるならこんなに悩んでないネ」

「とりあえず退いてくんねェ?」

「嫌アル」

いやほんとマジで勘弁してください、いくら俺が鋼の理性を持っているとしてもこの体勢はまずいです。それにいつ真選組の連中が来るかわからないんで、さすがにこの体勢は言い逃れできないんで!!!

なにより恐ろしいのは誤解だ。お付き合いする時だって、最初は俺がまわりにどういう扱い受けたと思ってんだクソガキ。

チャイナは俺の混乱など気にもとめない。

「ちゅーする場所で意味があるって聞いて、」

「話は聞くからまず退こう?な?」

「オマエに好きって言えない代わりにちゅーしたら伝わるかなって」

もう無理矢理に退かそうと上半身を起こしかけていたところに爆弾が投下された。

チャイナさん今日はどうした。

「オマエ、よくわたしに、好きかどうか訊いてくるけど、いっつも恥ずかしくて、答えられないネ」

たしかにそうだけど。でも、顔真っ赤にして俺を罵ってくる様子はどう見ても照れ隠しだし、その態度でお前の気持ちはわかっちゃうんだけど。

俺の彼女が思ってたより健気だった件について。とんでもないじゃじゃ馬だが、この娘は案外乙女なところがある。

「オマエがいっぱい好きって言ってくれるの、嬉しいアル。オマエも、そうなのかなって思ったら、ちゃんと言えないの悪い気がしてきたのヨ」

「言わなくても伝わってるけど」

「……じゃあ、ちゅーしなくても良いアルか?」

しおらしい態度から一変、チャイナはいたずらっぽく笑んだ。

それに、俺は挑発するように返す。

「俺がもうやめろって言うくらいやってみろや」


このあとめちゃくちゃちゅーされた






新婚だとか関係なく事件は起こるし俺には仕事がふってくる。

家族を養う責任を背負った今、仕事をサボることは減った(なくなったとは言っていない)。

家に帰れば妻がいる。攘夷浪士追いかけ回して疲れきっていて、正直屯所のまだ残してもらっている自室に泊まりたいくらいだったが、可愛い妻が飯作って待ってるのに帰らないという選択肢はない。

「ただいまー……」

自分の発した声からも疲れが読み取れた。

パタパタと小さな足音がして、

「おかえり、チワワ」

と鈴のような声で言われた。

赤いチャイナ服の上に黄色いエプロンをつけた、少女と見紛うほど童顔な俺の奥さん。彼女は今年二十歳になるのだが、出会った頃から数年で幾分か性格が丸くなった。

あーかわいい。誰がチワワでィ。帰ってきて良かった。おかえりなさいのちゅーはしてくれないんだな。

疲れすぎて頭がぱーんしてる。

「遅かったナ。ご飯とお風呂どっち先にするアルか?」

「あー……先に風呂入るわ」

「わかったネ」

手洗って着替えとってこいヨ、と背中を押される。

結婚してから、神楽は家事をよくしてくれている。俺は当初彼女の料理の腕に不安を抱いていたが、ひそかに特訓をしていたらしく、上手とは言えないが食べられるものが食卓に出されている。

台所からただよってくる匂いから予測するに、今日の晩飯は魚の煮付けだろう。ちゃんと生姜も入っている。俺の好きな味。

何気ないことに幸せを感じつつ、着替えのある寝室に入った。



俺がのぼせないようにぬるめに設定された湯に身を沈めて、ハァァァァと息を吐く。

あのチャイナ娘が俺に尽くしていることがすごくくすぐったい。でも幸せだ。

十代の俺は自分が誰かと結婚するなんて想像もできなかったし、ましてやその相手が神楽だなんて思ってもみなかった。

俺が帰ってくるのを待っていたのか、神楽はまだ飯を食べていないらしい。それを聞いて、早く上がるから、と言うと、良いからゆっくり風呂に入れと返されてしまった。じゃあ先に食ってろと伝えたら、ひとりでご飯は嫌だと言う。俺はそれ以上何も言えなくなって、大人しく風呂に入ったのだが。

───何なんなのもう俺の奥さん可愛すぎる。

あまり早いと怒られてしまうので、ほどほどに湯船に浸かり、可及的速やかに髪と体を洗って、俺は風呂場を出た。



きちんと浴衣を着てリビングに向かう。そうでないとギャーギャーうるさい人がいるので。

髪からは水が滴っている。ちゃんと乾かさないとぶつくさ文句を言われてしまうのだが、しかし神楽は怒りながらタオルで髪を拭いてくれて、頼んでないのにドライヤーまでかけてくれる。そのときの神楽がちょっと楽しそうで、俺はそんな神楽を見るのが好きだ。

リビングの扉に手をかけたところで、あれ、なんか静かだな、と不思議に思った。テレビは点いているが、いつも聞こえる神楽のツッコミの声がない。ソファでうたた寝でもしてるのだろうか。もう夜遅いしな。隙間からこっそり様子をうかがうと。


俺のアイマスクを手にした神楽が、それに口付けていた。


それはひどく扇情的な光景で、いやらしい要素なんてないのにどこか官能的に感じられた。

俺を象徴するアイテムに、一瞬だけ口付けられた唇から目が離せない。

うわぁ、なんかすっげぇ嬉しそうに微笑んでるし。そういうデレを不意討ちでくらわせないでほしい。

───あのアイマスク、洗えねぇじゃねぇか。


今度は持ち主にお願いします