君のてのひら

きー@GE復帰
@aoirono_kaze

 とある本丸。

 

 世間は何かと慌ただしい、十二の月。昨晩から、しんしんと降り続いた白雪が本丸を覆い尽くしている。毎年この時期には "大掃除"と称してあるじより蔵の片付けを頼まれており、今年もそんな時期がやってきた。清光は、自室で内番着である赤と黒色の行灯袴に着替えると両肩に掛けた襷をキュッと締め支度を終える。

 

 初期刀である加州清光は、本丸での主要な任務を仰せつかっている。分かりやすく言えば、

 "雑用係" みたいなもんじゃないの。と清光は思う。とは言えども、あるじより信頼されるに値する一番刀であり、自分を必要とされているのが伝わって来るので嫌な気はしない。


(ほんっと、愛されちゃってるよねー。俺って)

 

 この本丸に来てからずっとあるじに連れ添って居るのだ。じんわりと満たされていく心に喜びを噛み締め、思わずふっと表情が緩くなった。


「じゃ、ちょっと行って来るから」

「行ってくるって、どこに?」


 清光がそう告げると、炬燵で温まってごろごろとしていた安定が顔を上げて声を掛ける。天板の上には竹で編んだ盛り籠が置いてあり、中には良い色合いの蜜柑が数個入っていた。


「……蔵」

「清光、ちょっと待って」


 寝起き直後の寝ぼけた状態なら着替える動作も遅くなってしまうけれど、今は炬燵の中で温まって居ただけで髪も既に結ってある。暖かい部屋から雪が積もっている屋外へ出るのは寒いから嫌だけど……清光がどこかへ出掛けるのなら、僕も一緒に付いて行きたい。そう思うと、安定は炬燵から出るなり箪笥の引き出しにしまってある行灯袴を手に取り着替え始めた。


「良いけど、何?」

「すぐに着替え終わるから」

 

 安定に言われて待っている間に、室内の柱に取り付けられているカレンダーに目が留まった。日付は十二月八日になっている。今年も残り僅かなんだなと改めて思わされた。


(そう言えば、ここに来てから色々な事があったなー……)

 

 と、走馬灯のように過去を振り返り懐かしむ。最初はあるじと自分の二人しか居なかったこの本丸も、顕現された刀剣達が増えて行くにつれて次第に賑やかになって行った。 

このまま平穏な日々が長く続いて行く事を、清光は心から願う――。


「僕も行っていい?」

「安定も来るなら手伝ってよ。その方が早く終わりそうだし」 

 

 清光が一人で物想いに耽っている間に、安定も自分とは色違いの青と灰色の行灯袴に着替えて、さっさと準備を終わらせていた。正直、大掃除ともなると人手がある方が助かる。あるじが趣味で集めたガラクタや遠征で持ち帰った色々な品々が無造作に置いてあるせいか、荷降ろしや場所の移動だけでも大仕事で、一人で片付けるのは大変なのだ。


*****


「安定、付いて来て」

「見た事がないんだけど、本丸に蔵があるんだ?」

「そ、普段は滅多に行かないけどね」

 

 清光に案内をされて、安定も一緒に後を付いて行く。気温が下がっているせいで、吐く息も白い。さっきまで火鉢や炬燵で温まっていた室内との温度差に、安定の耳や頬や鼻の頭にほんのりと赤みが差す。悴む指先に息を吐いて温めた。


 サクサクと足音を立てて積もった雪を踏み締めながら中庭を歩く。白い雪の上の所々に足跡があるのは、他の刀剣達のものだろう。遠くの方から、雪投げをしているような楽しげな声が聞こえてくる。

 中庭を通り過ぎる際に水場へと立ち寄り、バケツに水を汲んだ。そこに立て掛けてある箒と塵取りと雑巾を持って行く。少し歩いて本丸の裏手へと回り、木々が生い茂る一角。白塀に囲まれた場所に、ぽつんと蔵があった。


(こんな所にあったんだ……)

 

 自分が人の姿へと顕現されてから本丸の隅々まで見た筈だけど。この場所に蔵があるのには、気付かなかった。何か、見えない不思議な結界でも張られているのだろうか。


「鍵、鍵っと」


 清光が懐を探り、中から黒錆た鉄の鍵を取り出す。あるじより預かった、この蔵の鍵だ。蔵の扉に掛けられている古そうな南京錠の鍵穴へ挿し込むとガチャリと音を立てて錠が外れた。


 ギギギと重い音を立てながら、重厚な造りの蔵の扉を開けると開かれた扉の隙間から蔵の内側へ光が射し込む。昼間なのに蔵の中は薄暗くて日が当たる入口の部分くらいしか良く見えない。長い間ずっと扉を閉め切っていた為に少し埃っぽいような独特な臭いがする。

 清光は、入口で行燈に明りを灯して蔵の中の壁の窪みにある台置きへ乗せた。持ってきた掃除用具を入口付近へ置いてから埃を吸い込まないように口元を手拭いで覆い、後頭部で手拭いの端を縛る。両手には手袋を装着で大掃除を開始する準備が完了した。


「じゃ、始めますかねえ」

 

 蔵の中を見渡してから腰に手を当て、掛け声を上げてから清光が掃除に取り掛かる。まずは、入口付近に無造作に詰んである箱の山から片付ける事にした。去年の年末に蔵を掃除した時には見かけなかった物がドンと増えて居た。(どう見ても、要らないでしょ)と思うものが紛れて居たりする。


「うわ、何これ。いつの間に、こんなに増えてるの」

「あー、もう。また碌でもないもの集めてるし」

 

 愚痴を溢しながらも、あるじが集めたらしき "不審物" の中身を一つ一つ確認しながら種別分けをしている。積み荷の蓋を開ける度に、清光の表情が引き攣っているように見えるのは気のせいじゃない。(だけど、何だかんだと言いながらも楽しそうな表情を浮かべたりしてるよね)と安定は清光の様子を見ていて思った。


「僕は何をすれば良いかな?」

 

 手慣れた手付きで片っ端から片付けて行く清光の姿を隣で眺めながら、安定は指示を仰いでみる。下手に手を出して余計な仕事を増やすよりは聞いた方が早い。清光は中身を確認し終わった箱を、きちんと重ねて置いていく。


「この辺のを、一番左側の棚に置いて欲しいんだけど」

「分かった」

 

 蔵の中を見回すと、年代を思わせる古びた木箱や筒が棚の上に並べてあった。

(僕がまだここへ来ていなかった頃より前のも全部、置いてあるんだ……)安定が見た事もない物がいくつかある。


 一つ一つ丁寧に、左側の棚へと運んで並べて行くと、ふと隅の方にぽつんと置いてある箱が目についた。結び紐が不自然に緩んでいて上蓋が少しずれているのが気になり、ちゃんと結び直そうと棚の上から箱を降ろす。手に持った時に、重いような軽いような不思議な感覚がした。


「ねえ、清光。これ何だろう」

「え?」

「箱の外にお札みたいな紙が貼ってあったんだけど、蓋を開けても中に何も入ってないんだ」

 

 安定は、何やら怪しげな四角い桐の箱を手に取って結んであった赤い紐を解いて上蓋を開けると首を傾げて不思議そうに箱の中を覗く。手に持った時には確かに重さを感じたのだが蓋を開けてみると、その重さは感じずに中身は空だった。箱の外側に文字が書かれているけれど、墨が掠れて消えかかっている。筆で書かれた文字は達筆過ぎて解読が出来ない。


「なにそれ……そんな箱、前はなかったけど」

 

 見た事がないものを目の当たりにして、清光は唖然としている。しかも箱の側面にお札みたいな紙が貼ってあったと安定は言う。清光が蔵の鍵を受け取りにあるじの部屋へ行った際に話していた "蔵の中に、迷い込んだモノ" がもしかして、その桐の箱の事なのだろうか。

『見付けたら、それを持って来ておくれ』と頼まれていた。


「ちょっと見せて――」

 

 清光が、それへ手を伸ばそうとした時に安定の後ろに何らかの気配を察知した。警告を身体が無意識に感じ取り、動きが止まる。


 何 か   が   居 る


「清光?」


 安定はそんな清光の動作を見て、きょとんとした顔で清光を見つめている。つい、さっきまで普通に話していたのに。一変して険しい表情を浮かべると、清光は微動だにしなくなった。


『――我の眠りを醒ます者はお主らか?  ……人の姿をしておるが、元は人ではないようだな』

 

 凛とした鈴の音のような声が静かに響いた。その声の主は、瞬時に清光と安定の本来の姿を見破った。そういう事が出来るのは、このモノも同じく人ではないという事だ。突如として、その姿を現したモノを冷酷な目で睨み付けると、あからさまに敵意を含んだ口調で清光が答える。


「要するに、付喪神ってやつ?」

『ほう……』

 

 全ての物事に対して悟りを開いているような、感情の起伏を読み取れないような表情で、そのモノは緩やかに言葉を発した。


「清光、誰と話してるんだよ」

 

 安定が座っている位置的に背後に当たる為、清光が話しているモノはどうやら見えていないようだ。聴かれた事に答える代わりに、安定の後方に目線を送る。


「うわっ、いつの間に!」

 

 安定が清光の視線を追って後ろを振り向くと "漆黒の瞳、赤く長い髪、緋色の装束" を身に纏った青年が、落ち着いた居住まいで座していた。彼から醸し出される雰囲気や物腰は、自分たちと同じ刀剣である "江雪左文字" を連想させる風貌に近いものがあった。


『――ここは一体、どこなのだ』

 

 彼は、見慣れぬ場所に自分が在る事を不思議に思うと怪訝そうに眉を顰めた。


「西暦2205年の、とある本丸の蔵の中だよ」


(敵とかじゃなさそうだね)

(そうね)


 と、判断した安定が清光に目配せをしてから後ろを振り向き、人懐っこい笑顔で現状を伝えた。清光は大雑把過ぎる説明が相手に通じるのか疑問に思ったものの、安定からの視線を受けて頷き、敢えて突っ込みは入れずにおいた。


「そう言うあんたは、何なの。ちなみに、俺は "加州清光" そっちの青いのは "大和守安定"」

 

 相手に、こちら側への敵意がないのを感じ取ると清光は対応を改める事にした。礼儀として、自分たちの名を名乗る。だが、まだ何者であるかは分からない以上、気を緩める訳には行かない。何せ、この蔵の周囲に張り巡らされた結界を越えて中へ侵入して来た相手なのだから油断は禁物だ。僅かに警戒心を残したままの眼差しで、清光は彼を見据える。


『我は……そうさな。"形" を得てから故合って "早船" と呼ばれている』

 

 人の手によって創られ、幾人もの主の手を渡ったが……どの主もそれは大層、愛で大切に扱ってくれたものだ。ふと遠い過去へ想いを馳せるかのように、早船は切れ長の漆黒の瞳を細めた。


 一人目の主は商人であり、大層有名な茶人であった。そして縁あって次の主の手に渡った。

 二人目の主は武将ではあったが茶を嗜む風雅人で、どこかお人好しな面のある主であった。

 それゆえに……彼は天下を取るに相応しい器に成り得なかったのが悔やまれる。

 

 若くして彼は重い病を患い、日に日にその身が蝕まれていく。戦で先陣を切っていた頃の逞しい身体は見る影もなく痩せ細り、骨が軋むほどの酷い咳き込みと大量の吐血に苦しげに呻く主を……傍らで見守る事しか出来なかった。――そうして我は、また別の主の元へと渡った。


『限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心みじかき 春の山風』

 

 早船は薄く唇を開き、自身の元の主が残した辞世の句を謡う様に詠み上げた。取り留めのない、無念の想いが込められている。もっと、彼は長く生きたかったのだろう。主の壮絶な最期を看取った時の記憶を想い浮かべて切なげに微笑むと、耐えがたい悲しみに打ち拉がれ、ゆっくりと双方の瞼を閉じた。


 もう、あの方の手に触れる事は出来ぬ……。

 愛おしげに我を撫でる大きな、優しい手のひらに。 


「その句は……?」

 

 早船が詠み上げた句を聴き終えると清光が問い掛けた。それと同時に眼前に座っている安定の様子が気になり横目でちらりと窺う。安定は、自分たちの元の主であった沖田総司が最期に残した句を脳裏に過ぎらせているのか、顔を強張らせて歯を食いしばり無言で俯いた。


『我の二人目の主が、最期に詠み残したもの――』

 

 どんなに逢いたいと願っても、どれほど想いを募らせようとも。生を全うした者はこの世には存在していない。もう二度と、慕っていた主の元へは戻れぬのだ。

 

『現世には、我の新たな主となる者は居らぬようだな……』

 

 そのような素質がある者の存在を、早船は近くに感じ取る事が出来なかった。此度は巡り合わせの縁がなかったのだろう。ならば。いつしか新たな主となる者と巡り逢えるその時が来るまで、また眠りにつくとしよう。気が遠くなるほどの長い長い眠りに……。


「ここの本丸のあるじは、早船さんの新しい主じゃなかったのかな」

 

 さっきまで俯いていた安定が、顔を上げている。もう気分は落ち着いたのだろうか。無理をして平気な振りをしているようにしか清光には見えないが――。安定は自分の事よりも今は、早船の置かれている身の方が気になっているのだろう。


 拠り所となる主が居ないと言うのは、とても不安定な状態であると言う事でもある。放って置くと、闇に引き込まれてしまう可能性も十分にあるのだ。主を求めて彷徨っていた末に、この本丸の蔵に辿り着いたのかもしれない。


『常人には見えぬが、時空の歪みとやらは存在しているのだよ』と、あるじは言っていた。


 闇に身を堕としたモノは、力ある者により破壊されるか消滅させられる末路を辿る。あるじは早船がそうなってしまう事を危惧し、防いでやりたかったのだろう。早船が結界を越えて蔵へと侵入したのではなく "あるじ" 自らが招き入れたのだと清光は思った。


「この箱が、蔵の中に封をしたままの状態で置いてあった時点で違うんじゃない?」 

 

 残念ながら、うちのあるじは茶を嗜む様な風雅人ではなかった。

"右ノ目" ――金色の瞳の方で未来を覗き見たあるじが話すには、


『数日後の演練時に、旧知の仲である審神者がこの本丸を訪れる』らしい。

『その者は、迷い込んだ "モノ" と縁がある地に本丸を拠点として身を置いている』のだと。


 ここで暗い蔵の中へ置いておくよりも、僅かながらも縁のある審神者に託そうとあるじは考えているようだ。実際は、ただの "器" に過ぎないのだが。


『つかの間の滞在ではあったが、……我は去るとしよう』

 

 早船は、久方振りに有意義な時を過ごせた礼を二人に述べた。長い間、孤独な時を過ごし新たな主を求めて彷徨っていたのだ。別れを告げる言葉が鈴の音のよう静かに響く。その姿が陽炎のように揺らぎ、そして泡沫のように儚く消えていった……。

 

 コトンと小さな音を立てて緋色の茶碗が床の上に転がり落ち、同時に人形を模った白い紙が鳥の羽根のように、ふわりと虚空を舞うと茶碗の上にひらりと重なる。すると、緋色の茶碗の見た目に変化が起こり、ごく有り触れた茶碗となった。 ――誰かが術を掛けていた形跡が見てとれる。


(そういう事ね……) 


 最初から、すべて仕組まれていた。恐らく、自分にしか分かり得ないだろう。あるじの意図を察すると、清光はその人形の紙を拾い上げ懐へと仕舞った。


「早船さんは、茶碗の付喪神だったんだ……」

 

 安定は、床に転がり落ちた "早船" であった茶碗を見て納得したかのように言った。考えてみれば、自分たち刀剣以外のモノにも付喪神が宿ったりする事がある。何もおかしな事ではない。焦がれ憎かれ元の主を想う気持ちは、自分たちも彼らもまた同じなのだ。


「今度目覚める時は、あんたの新しい主に会えると良いね」

 

 心からそう思うと、穏やかな口調で語りかける。彼が、新たな良い主と巡り合える事を願って。清光は床の上に転がっている何の変哲もない造形のただの茶碗となったモノをそっと拾い上げると、布で優しく包み桐箱の中へと戻してあげた。


「――おやすみ、早船」

 

 主への想いを夢に見ながら、安らかな眠りにつけて居ると良い。清光は、桐箱の蓋を静かに閉じ赤い紐で結んだ。


「って、全然片付けが進んでないじゃん!」

 

 話し込んでいて、すっかり当初の目的を忘れてしまっていた。行燈の受け皿に注いだ油の残りもあと僅かだ。冬空に青白い満月が高く昇り、冴え冴えとした月の光が積雪の地面に反射していた。知らぬ間に暗くなっていた外の風景と、昼間に蔵の扉を開けて中へ入った時とほとんど何も変わっていない現状を見て、清光が頭を抱える。入口に積んであった箱の山が、ほんの少し片付いた程度だ。


「明日も、また続きをやれば良いんじゃない?」

 

 僕も手伝うよ、と安定は言った。


*****

 

 蔵から本丸への帰り道。

 

 また明日も引き続き蔵の片付けを行う事になった為、掃除用具は蔵の中へ置いてきた。茶碗が中に入っている桐の箱も「雪の夜道で持ち歩いて、箱を落としたりしたら危ないから」と棚の上に戻しておいた。明日の昼間に蔵から持ち出してあるじへ渡す方が良さそうだ。清光と安定は、それぞれ片手に行燈を持ちながら帰り道を照らしている。


「足元、滑らないように気を付けて」

 

 雪で覆われた道の上を歩き慣れてはいないだろうと思い、清光が安定を気遣って声を掛ける。安定は自分よりもここへ来るのが遅かった。やっと一年目になるくらいなのだ。日が落ちて夜になると気温が下がって積もっている雪の表面が凍り始める。足元も見えづらい為、昼間の時よりも危ない。


「有り難う。気を付けるよ」

 

 流石に、この雪の中で足を滑らせて地面に尻もちを突きたくはない。おぼつかない足で、安定が足場を確かめながら慎重に歩く。雪を踏みしめる足音だけがして、沈黙が続く。雪の夜って、本当に静かなんだなと安定は思った。


「あのさ、清み……」

 

 清光に話しかけようとして顔を上げて地面から視線を離した瞬間、安定が「わっ」っと声をあげた。敷き石と地面の段差に足を取られて体勢を崩す。本丸の中庭に置いてある敷石が雪の下に隠れていて見えなかった。


「ちょ、あぶな……」

 

 安定に横から思い切り腕を引っ張られ、清光も足を滑らせて地面に膝をついた。二人して舞い上がった雪に塗れ、積もった雪の中に埋もれる。


「……」

「ごめん、何か掴む物って思ったら清光しかなくて」


「お前ね……」

「ごめんって謝っただろ」

 

 地面に尻もちを突く前に、咄嗟に清光の腕を掴んでしまったのだ。お約束のように道連れにされて、清光は怒りを通り越して呆れている。


「だーかーら、言ったのに。怪我とかはしてない?」

「痛い所とかはないから大丈夫。 ……あっ、僕が持ってた行燈の灯が消えてる」

 

 清光が心配そうに言って様子を窺ってくる。大丈夫と答えて安心させてから、安定は少し離れた所に落ちている自分が持っていた行燈に目が行った。尻もちを突いた時に、思わず手放してしまったのだ。落下した衝撃で蓋がずれ、雪の水分で灯りが消えてしまっている。

 

「俺の方のは無事だし、帰り道はなんとかなるんじゃない? ……んじゃ、帰ろっか」

「そうだね」  

 

 清光が持っていた行燈の方は、まだ灯りが灯っている。この分だと本丸の玄関までは持ちそうだ。袴に着いた雪を払って清光が立ち上がると、地面に尻もちを突いたままの安定に手を差し出した。手のひらに触れると温かい体温が伝わって来て、僕たちは人として生きているんだと言う事が感じられた。 ――どちらからともなく、指先を絡ませる。


「今度は、転ばないでよ?」と言いながら清光が笑う。

「わ、分かった。気を付けるよ」

 

 さっきまでの不安定な自分の歩き方とは違い、清光と手を繋いで一緒に付いてくと、不思議と転ばずに歩けた。


月明かりの下、白い雪の上に二人の影が寄り添うように映し出されていた。



  

                                【終】後日談へ続く。




 BGM: YUSA MIMORI  "君のてのひらから"

著作者の他の作品

大学生万里と一成の話※万里の想い人は暈かしています

※君のてのひら(https://cvel.jp/book/17319/)後日談。当方、本丸視点。▼同じ題...