中原さんの黒帽子。

ちくわの国の深井さん
@hukai_1110

黒帽子が三つ

薺が探偵社に着いたのは、国木田から怒号の電話がかかってきてから5分後のことだった。



風に煽られてぼさぼさになった髪を整えながら、薺は気怠そうにドアを開ける。案の定其れを待ち構えていた国木田が、半目の薺に詰め寄った。



「薺遅いぞ!いつも時間に気を付けるお前が如何した!」

「色々と事情が重なりまして。昨日と同じ時刻に家を出たのですが」



すみません、と頭を下げる薺の言葉は落ち着いており、国木田も納得したように自席へ戻っていった。






「で、結局その事情って云うのは何だったのだい?」



完全自殺読本という余りにも物騒な題名の本に視線を注がせながら、太宰が問いかける。



椅子に浅く座り、書類が山積みになった机の上に足を乗せるという、探偵社員たる者恥ずべき格好の彼を一瞥し、薺は躊躇なく事実を述べた。



「なめくじと会っていました」

「……はい?」

「いや、だからなめくじと」



太宰は(名前)の言葉を遮るように立ち上がる。そして、手で顔を隠すようなポーズをしながらゆっくりと首を横に振った。



「薺ちゃん。詳しく聞かせてもらおうか」



薺は全く動じること無く頷く。



「はい。

私は何時ものように出社の為家を出ました。暫く歩いていくと、道の中央に黒帽子を見つけました。興味が湧いた私は近寄ります。よく見てみるとそれはちびっこマフィアの所有物ではありませんか。

どうしようかと悩んでいると無性に背中が痒くなり、手に持っていた帽子を被って背中を掻きました。

するとあちらからなめくじ張本人が走ってくるではありませんか。少々弄んでからこちらに向かいました」



丁寧な説明どうも、と太宰は黙り込む。内容が差し支えただろうか、と(名前)が首を傾げたのと同時に、太宰は愉快そうに笑い出した。



「つまり、中也は帽子を被っていなかったんだね?」

「はい」

「余計に小さいじゃないか!」



太宰はそのうち椅子から転げ落ちた。それでも笑い足りないのか、床を転がって笑う。

気持ち悪い。






薺はその様子を不思議そうに眺めていた。

よく分からないが、面白いのならそれで良いだろう、と。



また中原に遭遇しないことを願った。