雨は上がり空は晴れた

アッカ
@zuboranaAKKA

小雨がしとしと降り続ける自坊の境内。檀家の皆様のお見送りを済ませ、本堂に戻ろうと振り向いた拍子に見付けた。今年も来ていた二色さん。二色さんと呼ぶのは彼の頭髪が金と黒に別れているからだ。

傘を差さずに墓地参道を歩き、本因坊家の墓の前に立った二色さん。二色さんの前には道的、道知、秀策の三名が一緒に奉られている墓石がある。恐らくは碁聖と呼ばれている秀策が目的なのだろう。

名高い剣豪や名奉行、歴代の本因坊に隣の道策の墓にすら目もくれない。余程秀策に思い入れがあるのか、彼はその墓石の前にだけ何時までも立っていた。

今年もか、何と寂しそうな瞳で墓石を見詰めているのだろうか。



常緑樹が初夏の光を浴びて活気付いていた。吹き出してくる汗をタオルで拭い方丈の周囲を掃き清めていると、笹百合の花束を手に持つ二色さんが今年も墓参に現れた。去年よりも身長が伸びている、育ち盛りだからか幾分顔立ちも大人びたような気がする。

鎌と土嚢袋を手に墓所に入り通路を進むと、二色さんの姿が見えた。ああまたか、墓石を見詰める瞳は今にも泣き出しそうだった。



西日が境内を照らしている。御勤めを済ませ夕げの仕度に掛かろうとした頃に、参門に二色さんが現れた。この頃になると二色さんが囲碁棋士であり、進藤ヒカルと言う名前も知っていた。参拝の挨拶も交わすようになってはいたが、つい習慣で私は彼を心の中で二色さんと呼んでしまう。対局の後なのか今年は珍しくスーツ姿だ、それとまた身長が伸びている。悲しそうに背中を丸める後ろ姿、憂いのある瞳で墓石を見詰めるのは変わらない。



今年は二色さんは現れなかった。どうやら尾道で行われた囲碁イベントに行き、向こうの墓所で墓参りを済ませてしまったようだ。と少し寂しく思っていたら、知らぬまに笹百合が供えられていた。


今年も姿を見せなかった。だがこの年はタイトル戦があったので理由ははっきりとしていた。後日、私が所用で留守にしている間に来ていたのは知っていた。何時ものように秀策の墓前に笹百合が供えられていたからだ。



今年は何と、二色さんは一人では無かった!

水を吸って黒々とした石畳に立つ、姿勢の良い長身。そのお連れの囲碁名人は対局時とは変わり、長い髪をうなじで束ねていて涼しげだ。名人は手に抱えていた白い笹百合の花束を二色さんに手渡すと、真剣な眼差しで墓石に向かい手を合わせた。

厳かな小時、私は墓参に来られる方達が過去に向き合うこんな一時に、諸行無常と共にとこしえを思う。命の終わりは時間を止めない、途切れなく続いているのだと感じられるのだ。

名人が顔を上げると二色さんは背筋を伸ばして名人に向かい晴々と微笑んだ。それに応えるように名人は目を細めて頷いた。私はとうとう二色さんの満開の笑顔を拝める事が出来たのだ。長年の気掛かり事が解決したようで私の心も晴々だ。


彼らが帰った後、墓前に供えられた笹百合を見た。私は恥ずかしながら勉強不足で、透き通る白さを誇るこの花は、古事記や万葉集にも登場している日本固有種であり、当時はサイと呼ばれていたとかなり後になって知った。雑誌のインタビューで二色さんこと進藤本因坊が一番好きな花だと語っていたからだった。


来年もまたこの寺に現役の本因坊が名人と連れ立って現れるかも知れない。そしてまた香の薫りに負けない、あの高貴な花の匂いが淑やかに墓所を包むのだ。

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