月光花

月の光

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ふわふわとしているのに、剣を取り仲間を背に守り闘う姿がまるで鬼神の様。

柔和な笑みは消え、鋭い瞳で悪魔を見据える様を見ていると普段の彼女を知っているからこそちぐはぐで本物の彼女かどうかを疑ってしまう。

奥村雪男はそんな彼女、蘆屋知奈を見ているとその危うさに惹き込まれてしまっていた。

ほっそりとした身体に、どこにそんな力があるのかを疑ってしまう。

不思議な色を讃える瞳はまるで紫水晶を嵌め込んだかのような美しさ。

美しさが滲み出る柔和な笑顔。

鈴の泣くような美しい声。

1度だけ聖堂で聴いた美しい歌声が頭から離れない。

歌い終わった後の知奈と目が合った時の、雪男に向けた一瞬の微笑みは未だに忘れられない。


「雪くん、どうしたの?」


慈愛に満ちた柔らかな声に気付けば辺りは静寂に包まれていた。

祓魔師として任務に来ているというのに、知奈に全てを任せて考えてしまっていた自分に気付いてしまい、雪男はサッと顔を青ざめた。


「あっ、すみません!知奈さんに全てを任せてしまって…!」

「ふふっ、大丈夫。雪くんは少し疲れてるんだよ。報告書は私が出しておくから今日は寮に帰って早くおやすみ。」

「いえっ、報告書は…」

「いいから。たまにはお姉さんを頼りなさい」


別段怒った風でもなく、知奈は一つ雪男の頭を撫でてからゆっくりと先を歩き出す。

柔らかく、柔らかく知奈はいつでも雪男を甘やかす。

歳が離れている為か、それとも、元々の知奈の性格なのか…良く一緒に悪魔の討伐に出向くとこうして優しく雪男を気遣うのだ。


「でも、知奈さんが休む時間が…」

「ありがとう、大丈夫だよ。雪くんが勉強してる時に休めるから雪くんが心配する事はないよ」

「…すみませ…あ、…ありがとうございます」


そう、感謝の言葉を伝えれば花が綻ぶように雪男だけに向けられる柔らかな笑み。

初めて組んだ時、知奈のあまりの手際の良さとスピードに全く着いていけずに謝罪の言葉を繰り返す雪男に、「ごめんよりありがとうの言葉の方が好き」と、やはり柔らかに微笑みながら優しく紡がれた言葉。

決して何も出来なかった雪男に使えない、などの罵倒や態度もなく大丈夫だと、場数を踏めば動けると柔らかに声を掛けてくれた。

その時から変わらず、知奈は柔らかだった。

ゆっくりとした歩調で帰路に付く知奈の背は、養父のように雪男には大きく見えた。

強さも、懐の深さも。


「雪くんお腹減ってない?」

「えっ?あ…」

「私お腹減っちゃった。何か食べて帰ろ」


ふわりと紡がれた提案。

にこりと笑った顔に見惚れてしまう。

その申し出はまるで知奈は雪男が空腹なのを知っているかの様で、そんなに顔に出ていたのかと恥ずかしくなってしまう。

しかし、そんな風に言えてしまうのは知奈が雪男よりも長く生きている証拠なのだと現実を突きつけられてしまう様で寂しくもあった。


「雪くん?」

「あ…すみません…あ、違います…あの、是非…」


きょとんとした顔で見つめられ、雪男は慌てて言葉を紡いだ。

そうしてまた嬉しそうに目を細めて微笑み、知奈は歩き出す。

雪男は一瞬だけその隣を歩いてもいいかと思案してから意を決して歩を早め自分よりも小さな知奈の横を陣取った。

それを見て、知奈はただふふっ、と笑い雪男を許した。


「誰かに隣を歩いてもらえたの久しぶり。ありがとう、雪くん」


確かに、こんなに柔和な人なのに、普段校内で見掛ける知奈はいつも1人だ。

誰かいるとしても隣ではなく斜め後ろ。

誰もが隣を歩きたいだろうに、知奈の何かを恐れているのだろうか…。

だからこそ、知奈は雪男の行動が嬉しかったのだろう。

その意味を理解した時、雪男も微笑みを浮かべて知奈を見る事が出来た。


「いえ、僕の方こそ、ありがとうございます」


これからは知奈の隣を歩こう、隣に立ってもいいのだ、その小さくも大きな背中を守ろうと、雪男は固く己に誓いをたてる。

知奈が自分を守ってくれるように、自分も知奈を守ろうと強く思ったのだった。


「あの」

「うん?」

「知奈さんは…どうして祓魔師になったんですか?」

「…そうだなぁ…私ね、正確には祓魔師じゃないの。…本当は、陰陽師。」

「陰陽師…」

「そう。北の地を守護する家系でね…兄がいるんだけどある事情があって兄は当主を継がないから私が次期当主として北の地を護るとずっと思ってたの。…確かにヴァチカンから守護の要請はあったけど、私の世界は北の地…家族はそこに棲む民の人達だったから他の誰かを護るなんて考えもしなかった…だけど、あの日…青の炎の力を感じた日に思ったの。」


ふぅ、と一瞬だけ話す事を迷うように沈黙を守り雪男を見上げてその形の良い唇を開く。


「サタンの力がここまで強力で、容赦がない事を。このまま放っておけば必ずこの世界の均整は崩れるって。だから、サタンの血族は滅ぼさなきゃいけないって…燐くんや雪くんに会うまで私の中でサタンの血族は残滅の対象でしかなかったけど、今は変わった。」

「…今は…」

「サタンの息子でも、貴方達兄弟はサタンを倒そうとしてる。なら私は、私の持ってる全てで護ろうと思った。貴方達の未来を。」

「知奈さん…」

「なんてね、今のは私のお節介。今、楽しいんだ。塾の子達や、シュラちゃんとか…この祓魔師として出会う人達との繋がりが。だからかな、今続けられてるのは。」


ふふっ、と彼女独特の楽しげな笑み。

それでもいつもと違うのは、少しだけ照れているような気恥ずかしさが含まれているからかもしれない。

だが、雪男は気付いてしまった。

その優しさに。

何処までも深い慈愛に。


「ありがとうございます。知奈さん」

「いや、私が勝手に決めた事だし、余計なお世話だよねー」


ごめんね、と困ったように笑う知奈の細い指を、雪男は己の手にとる。


「ありがとうございます。知奈さん。本当に、ありがとうございます…」

「…雪くん…」


養父を失って、気が張りすぎていたのかもしれない。

それが、知奈の言葉によってゆっくりと解けたのかもしれない。

嬉しかったのだ。

少なくとも、その優しさに涙を零すくらいには。

顔を伏せているためわからないが、微かに震える雪男に気付いた知奈はその肩をゆっくりとさすり始める。


「余計なお世話だろうけど、辛い時は声に出していいんだよ。一人で抱え込まないで、出してみて。頼ってきていいんだよ。」


何処までも優しい知奈の声。

雪男はそれまで溜めていたであろう涙を流し続けた。


「大丈夫。雪くんはよく頑張ったね。」


偉いね、と紡がれる言葉に雪男はこの、何処までも優しい人を好きになって良かったと心から思った。

涙を袖口で拭い、知奈を見ればやはり花が綻ぶような優しい笑を浮かべてくれた。

どこまでも深い、慈愛を持った雪男の大好きな笑みを浮かべ、静かにただその肩を撫で続けていてくれた。


「(あぁ、そうか…知奈さんは月の光が良く似合うんだ…だから、ルナって呼ばれてるのか… )」


涙を拭き、見上げた月は知奈の笑みの様に優しい光を放っていた。





―end―