雀屋の雑記帳

和対/藉波こまど@冬コミ原稿なう
@watsi_komado

スズメと籠屋

木漏れ日。

肌にぴたりとまとわりつく、湿った空気。

雨が降り出しそうな時の、土の匂い。

苔むした大地に、張り出した大きな岩。

そんな場所で、二人の人間が言葉を交わしている。


「キミとスズメの出会いについてわかった。わかったよ。けれどねえ」


黒い髪を一括りにして高い位置で結んでいる大人びた女は、ぼんやりと、突然自分の元にやってきたひとりの"雀屋"と名乗る旅人と、その傍で羽ばたく茶色の鳥たちを見つめる。女の髪色は、生え際だけ濃い橙をしているのが特徴的だった。

そんな彼女が頬に軽く握った拳を当てて、はぁとため息をつく。


「なんで四匹もいるのかね」

「こっちが聞きたい」


鳥ならば、本来数の単位は"羽"であるはずが、なぜかそのスズメたちは"匹"と呼ぶのが正しい気がした。間違いだという確信はあるのに、どうにも否定しきれないという謎の思考にとらわれていた。互いに訂正する元気がない。

雀屋も腕を組みながら唸る。

「というよりも、それを聞くためにお前のところに来たんだ。”籠屋”さんよ。こいつらは一体何なんだ。厄介で仕方がない」

「確かにあたしは籠屋だけどねえ、かごの中に入れるものに詳しいわけじゃないんだ。知らないよこんな生き物」


この女性――”籠屋”は、世界の端から端までを歩き渡る旅人の一人。この世界にそういう人間はごまんといるが、中でも稀有で目立つ者については、通り名がついている。"雀屋"にしても、通り名という点では同じことだった。

"籠屋"は名の通り、自作の大きな編み籠を背負っているのが特徴で、道中の生計もその籠で成り立てている。彼女の作る籠は丈夫でしっかりしているから、一つ持っておけば一生ものだとの噂だった。

彼女ならばこのスズメについて何か知らないか、と思っていたのだが、外れだったようで早々に意気消沈していた。


「だが、妹ではなく私に声をかけるとは、実に賢明」


籠屋の鼻を高くしたかのような発言に、言われた雀屋は、表情を変えずほんのわずかに目をそらすだけだった。


何故、姉妹の上の方に声をかけたか。答えは簡単で、単に彼女に妹がいると知らないだけだった。

理由があるとすれば、人の往来が激しいと、気が散ってまともな相談ができなくなるからだったかもしれない。彼女がいる場所は限って人が少ないと、他の旅人から耳にしていた。

だから、「実に賢明」と褒められたことは誇れないし、嬉しそうにしている籠屋に水を差すようなことも言えなかった。複雑な心境でしかなかった。


「遠い所あたしの籠を頼ってここまで来てくれたのなら、それに見合う努力だけでも返してあげよう。旅人は助け合い無くしては生きていけないからね」

その言葉で、雀屋は少しだけ救われた気持ちになった。無駄足にはならなさそうだ。

「……助かる。どうしたらいい」

「そうだね、ならばいくつか材料を見繕ってくれ。今から言うものを正しい数だけ持ってくるんだ。そうすれば、良いものを作ってあげよう」


雀屋は、籠屋が雑紙に書き記した材料の名前をひとつひとつ確認しながら、森の中でそれらを集めることにした。竹や蔓といった、植物が基本らしい。


「籠屋の作るものったら、籠しかないよな」

雀屋は果実の木に巻き付いている細い蔓に手を伸ばし、丈夫そうなものを刃物で切り取っていく。固くてなかなか思うような切り目が入らない。なんとか端を作ってから、なるべく一本を長く持ち帰ろうとずるずると手もとに手繰り寄せた。覚え書きには木の実の名前もあるが、これは籠の材料というよりも食料だろう。だが律儀にそれも実成りの良いものをもぎり取って、借りた籠に入れていった。

スズメたちも興味深そうに、雀屋が手にする植物たちを眺めている。たまにクチバシで材料たちを無茶苦茶にしてしまいそうになるので、その度に叱られていた。枝葉程度であれば丈夫だから心配いらないだろうが、花や種では洒落にならない。材料の中には繁茂が少ない、貴重な品もあったので尚の事だった。

「というか、籠作りに花や種は要るのか……?」

疑問は浮かんだが、とりあえず言われた通りの材料を集めて籠屋の元に届けた。時間はかかったが、全て間違いなく集めることができたようだ。


籠屋は、雀屋が持ってきた材料を手に取り、じっくりと見極めるように眺めた。撫でたり鼻先を近づけたり、素材になるべく近づこうとしていた。気が済んだのか、籠屋は材料をいくつかの山に分けて地面に置いていく。材料の種類別という訳ではなさそうで、雀屋には何の基準で分類されているのかさっぱりわからなかった。


「雀屋、お前の鳥たちを連れておいで」

蔓以外の全ての材料を分け終わった後に、籠屋はそう指示した。訳は分からないが、一応言われた通りに雀屋は、周りで不器用に羽ばたいているスズメをむんずとつかんだ。雀屋は一番最初に出会った、四羽の中で一番大きなスズメを籠屋の前に突き出した。

「こいつが一番図々しい」

「どうして図々しいのを真っ先に寄こしたのかは置いておくとして……よく知っているじゃないか」

「それなりの付き合いだ」

籠屋には「それなりの付き合い」という言葉がおかしく聞こえた。厄介払いをしたいと文句を垂れる癖にと笑いをこらえきれず、口角を緩ませつつ、籠屋は目の前の材料の山を指さしながらスズメに声をかけた。


「お前さんは、どれが一番好きだい?」


大きなスズメはその問いかけに「ずめえ」と首をかしげながら(球体にしか見えないスズメに首があったのかどうかは、この際後回しにしておく)、小さな足でそれぞれの山に歩み寄って好き勝手に中をまさぐっていた。

「おい、籠屋――」

「静かに。今が一番大事なところだ」

スズメはうろうろと山を行き来しており、時折ぴょんと短い足で地面を蹴ったかと思えば別の山の材料に顔をうずめていたりと、奇怪な行動をとっていた。そして二、三分経った頃、やっと「ずめえ」ともう一度鳴いた。

「おお、これが好きかい。奇遇だね、あたしもこれは好きだ」

「ずめえ」

スズメが一声鳴いて、返事をした。籠屋は好きなものが同じ存在がいた為か、自然と嬉しそうな顔をしていた。


「おい雀屋、これを他の鳥たちにもさせるんだ。善は急げ」

「はあ?」


残り三羽のスズメたちが選んだ山の材料は、一羽目と皆同じという訳でも、皆異なるというわけでも無かった。だがそれをスズメたちが選んでいる間、籠屋は地面にしゃがみ込む姿勢の辛さを見せぬまま、面白そうにその動きを眺め続けていた。

これに何の意味があるのか、腕を組みながら観察していた雀屋には、わからなかった。過ぎゆく時間が少々無駄に思えてしまった。暇でならなかったのだろう。


「――おい雀屋、起きろ」


籠屋はいつの間にか目を閉じていた雀屋の肩をばしんと叩いてから、地面を指さす。我に返った雀屋がそちらを見ると、いつの間にか地面に置かれていたはずの材料の山は片付けられ、スズメは三羽と一羽に分けられていた。意味が分からず、籠屋の方を見る。

「恐らくだが、こっちは雄でこっちは雌だ。お前の鳥たちは見た目ではわからんからな、性別で変わる好みをうまく使ってみた。雄雌が入り混じっていれば、子が生まれていてもおかしくはないだろう。いつの間にか増えてたってのはそういうことじゃないのかい」

「は?」

「雄雌をしっかり分けておけば、餌に困るほど増えることもないだろ? それに個々の特徴もある。それを主がしっかりと理解しておけば、旅の強い味方になるかもわからないぞ」


籠屋の考察に、ただ籠を作るだけだと思っていた雀屋は驚きを隠せず、ぽかんと口を開けていた。見た目にはほぼ変わらないスズメたちにも性別があって、しかも数が増える仕組みがありふれたものであったかもしれないという仮説を、信じられるような信じられないような複雑な感情のまま黙って聞いていた。

これを確かめる為、籠屋は籠の材料以外にも、木の実や花を持ってこいと言っていたのだ。雀屋はやっとこの時合点がいった。


「材料の調合方法をまとめておいたから、今後鳥が増えた時も同じようにしてやればいい。それからこっちはおまけみたいなものだ。見た目だけでわかるのが一番大きいのだけだというんなら、こういうものを目印に着けておいてやるといいだろう」


雀屋が目を閉じ居眠りをしていた間に、手際よく作ったのだろう。貰った側であるスズメたちは、それを大層喜んでいた。頭部に着ける飾りだの、羽の根本に着ける飾りだの、先ほど集めた材料のいくつかであることは明白で、しかもそれぞれのスズメの好みに合わせて造られていた。


「……籠屋、凄いなあんた」

「伊達に物売って食い扶持稼いでるわけじゃない。このぐらいは簡単だよ。それからあんたにはこっちだ。見たとこ、その腰巾着しか持っていないんだろ?」


実際は腰巾着よりもお粗末な、今にも穴の開きそうな風呂敷だった。だが籠屋が手渡した編み籠は、大きいのに軽く、背負っても肩や背に違和感はない。しっかりとした蓋もついていて頑丈だった。使えば使うほど手になじむ類の素材なので、今後の旅路で重宝することは間違いないだろう。


「有難い、噂通りに立派な品だ。どうやって礼をしようか」

「手間賃だけいただこうかね、材料はあんたがとってきたものだ。もしくはこちらの欲しい情報を持っているなら、それと交換だよ」

「情報か、なるほど。知っていることならなんでも話そう」

満足そうに笑って、雀屋は背負い籠の中に四羽のスズメを誘導しながらそう言った。

この世界の旅人は、行く街の情報や最近起きた出来事などを口頭で共有して回っていた。生きていく上でも欠かせない情報交換だが、籠の例になるほどの情報が提供できるかどうか。


「そうかそうか。なら、これを見てもらおうか」

にっと笑う籠屋は、十の指それぞれの間に挟めた香瓶を掲げ、スズメを見ていた時と同じように楽しそうにしていた。雀屋は嫌な予感がしたものの、免れられない状況に引きつり笑いをした。


恐らく籠屋という女は籠や小物の製作以上に、学者に等しい探求心をもった女なのだろう。

雀屋はそう評した。


「さて、雀屋。お前は男かい? 女かい?」

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