御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

養子

其の少年と出逢ったのは学校の近くにある公園だった。其の日は土砂降りの雨で、私は重い足取りで自宅へと足を動かしていた。其の公園は背の高い植え込みに囲まれているのだが、入口以外に一か所だけ植え込みが低い部分ある。其の部分を通りかかった時に傘も差さずブランコに座っている少年を見つけた。

 見た目からして小学生低学年程度の、本当に小さい少年。私は一目見たその様子が気にかかり、ブランコに近づいた。


「…………」


近づくと、顔を伏せていた少年が私を見上げた。量の多い髪が顔に張り付いている。そして少年の櫨色の目から、自分の目を離せなくなった。どこかぼんやりとしていて精気がない。そんな風に云える眼差し。


「傘、無いの?」


私がそう問うと、少年はまた顔を伏せた。「風邪引くよ?」と声を掛けても反応が無いので、少年の視線に合うように屈み、雨で濡れてぐちゃぐちゃになった地面にスカートの裾が付かないように太ももと脹脛の間に挟んだ。


「傘貸そうか。もう一本あるんだ」


そう言うと、一度自分の持っていた藤色の傘を彼に握らせ、鞄の中から黒い折り畳み傘を取り出して其れを開いて少年に渡す。藤色の傘を一旦持たせたときよりも抵抗されたがこのまま放置することは出来なかったのでなんとか持たせた。

 漸く傘を差させたあと、今度はハンドタオルを鞄から出す。雨の日は持ち歩くようにしていたのが功を奏した。其れで少年の濡れた頭と顔を拭く。気休めでしかないが、何かしないよりはマシだと思った。


「……せなか」


少年が初めて口を開いた。小さい子では中々聞けない落ち着いた声だった。


「おねえさんのせなか、ぬれちゃった」

「あ、ああ。大丈夫だよこれぐらい。君の方がびしょ濡れだしね」


少年の頭を拭いている時に傘から手を離し、脇に挟んでいたため上手くさせていなかったのだろう。少し背中が冷たい。

 この子の頭にタオルを乗せると私は立ち上がった。少年は私を見上げた。


「其のタオルと傘、好きにしていいよ。風邪を引かないようにね」


立ち去ろうとすると「まって」と声を掛けられた。振り向くと少年は少し恥ずかしそうに下を見ていたが、すぐに私の目を見て云った。


「…あ、ありがとう」


少し眼差しに光が宿ったように思えた。「どういたしまして」そう声を掛けて私は家への道に戻る。






登校への道を一緒に歩いている四人は所謂幼馴染というものだ。男子二人、女子二人のバランスの善いグループではあるがのち男女一組は双子。もう一組は仲が良くない従兄妹である。


「ふみ、養子先とは上手く行っているか」

「悪くはないが……」


双子は元々孤児を専門に引き取っている園出身で、兄妹共に別の家に養子に出ている。兄の芥川龍之介はとある小説家。妹の芥川ふみは他に小学一年生の少年を引き取っている人物の元に。この兄妹ともう一人いる妹とは別々の家に引き取られたが仲が頗る善い。

 しかし、もう一組の従兄妹同士である清原納言、式部紫織の仲は芥川兄妹のように良くはない。主に式部の方が嫌っている。理由は不明である。

 式部はとある名家のご令嬢。将来を一族の繁栄のために捧げることを決められているものの、同時に何不自由ない生活を送ることが出来る選ばれた者。そんな地位である人物であるにも関わらず、従兄妹の清原以外には礼儀正しく振る舞い、慢心、自惚れのない、正しく品行方正な少女である。

 対して清原も式部に負けず劣らず名家ではあるものの、彼の性格と親の教育方針の不一致から家庭内暴力が起こり、彼は保護され、今は元々芥川兄妹が住んでいた園で生活している。時折親が訪ねて連れ戻そうと説得しているが彼は完全無視を貫いている。


「既に養子を取ってる人なら安心なんじゃないの?」

「そうなのですが、どちらかと云うと其の養子の方が……いえ、なんでも」


云い難いことなのか、ふみは言葉を濁らせ、最終的には何も云わない。兄と式部は敢えて触れないように黙るが、偶々ふみの養子先の保護者を見たことがある清原は「あの人、マッドそうだったよね」と云いかけた言葉を飲み込む。マッドサイエンティストのマッドである。


「ああ、そういえば」


マッドの言葉は飲み込んだがまた別の話題を清原は式部に振る。彼女は適当に「何」と訊く。


「太宰治っていう小一の少年がお礼云いたいって、今日の放課後待ってるらしいよ」

「え?誰」

「昨日、傘を貸した少年。紫髪のポニーテール、藤色の目で僕と同じ学園の制服の女子って云われたから紫織さんしかいないでしょ」


ああ…と式部は頷く。昨日、傘とタオルを貸したというかあげたつもりだった少年は、彼曰く同じ園の小学生だという。


「なに!?太宰だと!?」


ふみが太宰という名前に大きく反応した。芥川兄は黙っているもののふみの方を見ている。


「知り合い?同じ園だったんだもんね」

「知り合いなのではありません!あの糞ガキは悪魔です!本当にとても今年七つの子供には思えない!」


顔を真っ赤にしたと思えば直ぐに真っ青になったふみの顔を見て「顔芸かな」と呟きかけた清原は素早く口を塞ぐ。

 ふみの忠告を聞くが式部は昨日の太宰少年の様子からはとても想像出来なかった。式部が首を傾げると「そうです!あのガキは味方になりそうな大人などには良い顔をする正しく悪魔のような子どもなのです!気を付けてください式部さん!」と云って止まらない。

 式部は龍之介の意見も聞きたいという風に目線を向ける。


「……まあ、人を選ぶ者であることは確かだ。双方ともにな」


ふみと少年の二人、両方を弁護するような云い方に、此の双子は過去に太宰という少年になにかされたのだろうと察した。


「取り敢えず、今日逢ってくるよ」


ふみの必死の忠告にも、兄の方の助言にも頷きながら、放課後のことに式部は思考を巡らせた。




放課後、式部は清原に云われた通り、昨日、少年に逢った公園に立ち寄った。昨日と同じブランコに少年は座っていた。昨日も式部ななんとなく思っていたが彼の装いはやんちゃ盛りの少年の格好とは全く違い大人しいく少年らしくないものだった。

 太宰という少年は式部が公園に入って来たことに気が付いたのかブランコから立ち上がって、「おねえさん!」と式部を呼んだ。昨日より幾分か溌剌としているように彼女は思った。


「来てくれてありがとう。これをかえそうと思って」

「態々有難う。見た目と制服だけじゃ特定が難しいから返さなくて良かったのに」


式部の言葉に太宰は首を横に振った。


「タオル…すごくいいものだから、きっとお金もちなんだって思って。だからお金もちしゅっしんのきよはらさんにきいたの。そしたらあたっちゃった」


子どもらしい言葉の中にあるどこか子どもらしからぬ思考にふみの忠告を思い出す。でも、話に訊くような子でも式部は別に良いと思った。どんな子であっても、昨日の土砂降りの雨の中で独り、傘も差さずでブランコに座っていたことは事実で、それをただ何となく声を掛けた事は変わらないからだ。


「名前、ちゃんときいてもいい?わたしはだざいおさむ。小学一年生」

「私は式部紫織。宜しくね、太宰治くん」


式部の名前を聴いて、憶えようとしているのか、ただ呼んでいるだけなのか「しおり、しおり」と云っている声を聴いて彼女はなんとなくむず痒い気分になる。紫織と呼び捨てに呼ばれたのは親以外には居ないからだ。


「しおりさんっ…あのね、じつは…かさいがいにも、云いたいことがあるんだ!」


照れているのか少しくねくねしながら云う姿に式部は微笑ましく思い、笑みを浮かべながら、彼の視線に合わせ屈み「何かな?」と聞いた。


「わたしの、およめさんになってください!!」

「は!?」




続く

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自傷、少しのグロ描写あり。