【文スト】御伽草子【短編集】

🦀海棠緋寄🌸
@Enph_hiyo12

不審

「あ、丁度良いところに」


特務課に務める者たちが行き来する場所で、坂口が部下の三九来に声を掛けた。

 三九来は坂口に密かに好意を向けているため彼に声を掛けてもらっただけでも笑顔を飛ばしたが、今の彼の元には何時ものの護衛二人だけでなく、もう一人、どこかで見た事のあるような若い青年がいた。彼はこの場所を警戒しているように坂口の後ろに立っているので、三九来は無意識に其の男性の方に視線が行く。


「彼は本日、特務課の諜報員として配属になった清原くんなのですが、暫くの間面倒を見ていただけますか?」


坂口の説明によると、清原という青年は此処に入るまでに問題が多々あり坂口の監視下での特務課入りを認められたのだが、坂口が多忙過ぎることと彼にさせるつもりである仕事とは、坂口の仕事と内容が変わってくることもあり別の人員に任せることになり、其処で逢ったのが三九来だったというわけだ。

 三九来は特務課としてのキャリアは程々にあり信頼もある。其れに彼女のようなタイプの人間なら清原も接しやすいかもしれないという意見の元だ。


「何かあれば相談してください」

「は、はい!」


三九来の返事のあと、坂口は後ろの清原に目配りをすると彼は坂口の後ろから出てきて、三九来に向かって軽く会釈した。


「清原納言です」

「あっ…三九来桜です。宜しくお願いしますね…?」


三九来の彼への第一印象はさほど良くなかった。

 坂口らと別れたあと、簡単に周辺を紹介した。多忙な諜報員たちに用意された仮眠室や食堂、コインランドリー、一応喫煙室まで案内して、仕事場まで戻ってくる。新入社員の様にメモを取ることもなく、真面目に訊いているのかも怪しいほどに無反応だった。

 一度話した会話と云えば「此処は禁煙室……煙草とか吸う?」「いえ、べつに」のそっけない一言。

 綺麗な翡翠色の目が勿体ないほどに彼の目は冷ややかで、三九来は既に心が折れそうだった。何を話しても打ち解けられないように思えたからだ。仕舞には本当に生きてるのかも疑わしい。

 特務課に不定期に入ってくる者たちは表社会では順応できない元裏社会の住人であることが多い。そう云った過去を不問に出来る組織でもあるからだが、彼の場合も恐らく其の分類だ。


「三九来さん。僕は何をすれば善いでしょう」

「えっ……んー、書類整理とか出来る?パソコンとか使うんだけど」


三九来が立ったまま動かなくなったので初めて清原の方から声を掛けられた。初めて真面に声を聴いたが、品行方正そうな青年に思える。スーツの上着の釦は開いているものの其処まで着崩しているわけでもなければ、靴も綺麗で、汚らしい雰囲気はない。寧ろ動くたびサラサラと動く黒髪が爽やかに見える。

 

「多少は」


三九来の言葉に端的に答えた。再び三九来が場所の説明で歩き始めると、後ろ二歩後ろをぴったりと着いてくる。少し居心地が悪く感じた。

 他の組織の人間が書類作業などをしている事務室に案内すると坂口が手配したのか彼の名前が入ったプレートのある席が準備されていた。


「此の場所なら好きにしても良いよ。パソコンは備品のがあるけどUSBとかは持参。あと此処に在る備品は持ち出し厳禁。珈琲サーバーなんかは奥に行ったところに給湯室があるよ」


説明を終えたあと彼を席に座らせ、パソコンを立ち上げる。そして彼女が行う筈だった仕事を幾つか持ってくる。持ってきたのは異能力者による快楽殺人犯のプロファイルを作ること。既に幾つか情報が書き込まれているが、此処から更に現場にあった遺留品や現場の写真などを見て分析する。


「……此の犯人、男ですか」

「そうだけど…?」


清原はまず、現場の写真や被害者の写真などを見てそう云った。彼はまだ先に作っておいた内容を確認していなかったので、三九来は少し驚いた。


「如何してそう思ったんですか?」

「相手は快楽殺人犯。其れなのに傷は一つだけ。多少実体験もありますけど、気分が高揚してくると人って何度も刺しちゃうんですよね。精神が不安定だからそんな大胆に出来るんでしょうね。でも此の被害者は一突きで即死。なら相手は人を一度で殺して悦に入りたいタイプ。そういう奴ってのは自信過剰で己の力を誇示したい莫迦な男に多いんです」


間違ってたらすみませんという、彼に三九来は「中ってる…」と返した。

 殺人犯の異能力は断定出来ていないが凶器は一般的な料理包丁のようなものと判明した。

 犯人や凶器の話の時点で三九来は彼の前職を察したが一応訊いておくことにした。


「清原くん。否だったら応えなくて善いけど、前職はなに?」

「フリーランスの暗殺者です。其の前はマフィア預かりで」


気にせず即答で帰って来た返答に、三九来は咄嗟に歪んだ眉間を戻すように摘み上げ、空を仰いだ。




翌日、清原がやってくる前に特務課のデータベースにアクセスし彼のファイルを見つけた。本来なら見ることは出来ないのだが、昨日あの後に坂口にメールを送ると此のファイルのパスワードが送られてきた。

 ファイルに目を通している間にも三九来は溜息が止まらない。


「あの顔で二十六歳って……詐欺じゃん」


向こうも何も云わなかったからと云って気にしていなかったわけではないが、まず年上なことに驚いた。女顔で童顔にも程がある。もう少しにこやかにしていれば十台とか思われても不思議ではない。

 道理で既視感のある顔だと思えば何度か監視対象の写真の中で見たことがあった。

 そして二十代にしては濃い彼の経歴に対しても溜息が出る。

 暗殺が主流だった組織に入ったのが八歳。其の組織は既に崩壊しているが、彼の云う通り一時期はマフィアと組織との橋渡し的な要因でマフィア現首領に受け渡されている。そしてその後、十二歳から二十歳までに確認できるだけで一千近くの殺害を起こしている。暗殺は情報に出にくいためこれの倍はあっても良いだろう。

 二十歳の時に龍頭抗争が起こり、その際に組織も崩壊により彼はフリーランスの仕事を始め、その後は密輸入の護衛や暗殺を繰り返し、今に至るということだ。

 此処までは簡単な彼の犯罪歴が淡々と残されていたが、更に画面をスクロールしていくと坂口が担当したという記述があった。

 坂口の人生録というものは三九来も知っている。何徹もして完成されるという其れが彼のファイルの最後に「編集中」という単語が書かれている。

 其れに一度目を通して置く。




そして一日の終わり、三九来は仮眠室の前で息を付いた。今日は夜勤があるため夕方の休憩時間から仮眠を取るつもりでいた。仮眠室は場所がないのか部屋の中でカーテンで男女を分けられているだけなので心許ないので、三九来は仮眠を取る前に一瞬、男の方の寝台も見るようにしている。そっとカーテンを開けて中を確認すると一段目に見えたのが清原。

 昼からは別行動をしていたので何処にいるかと思えばこんなところで寝ているとは思わなかった。他に人もいなかったので男側に気が引けたが三九来は入って彼に近づいた。

 彼は壁側を向いて胎児のように丸くなって寝ていた。寝顔が更に幼く見えたが、今日見たあのファイルの内容を思い出せば、彼の幼さもなんとなく判るような気がした。


『生みの親とは理解しあえず、人を信用出来ず、育ての親でも理解することが出来ない、人間にあるべき何等かの感情が欠落している子供のような男』


 ファイルを見た後に坂口と電話で彼について話したことも彼女の脳内に強く残っている。


『彼はまるで風に流された木の葉のように不安定な人間です。他人を信用出来ず、何かに従うという思想を持ち合わせていません。其れでいて殺しを行っている自分に安心感を持っている。此れから先、彼が人を助けるようになったとしても、何処かで彼の猟奇的な殺意を垣間見ることがあるかもしれない。だから、たとえ軽口が云い合えるような仲になったとしても油断は禁物ですよ』


彼の殺気は感じることが出来ない。そう書かれていたが、坂口は垣間見ることがあるかもしれないと云った。つまりは感じることは出来なくても顔には出るということだ。彼のあの冷やかで澄ました顔に人殺しの笑みが入り込むことが……


「……っ!」

「うわっ…いたぁ!」


清原の顔を覗き込んでいると彼の目がバッと突然見開かれた。三九来は突然の反応に驚いて二段寝台の二段部分に頭を打った。

 彼女を驚かせた本人は少し不機嫌そうに身体を起した。


「寝てる時に近くに来ないでください。……驚くでしょう」

「う、うんごめん……私も驚いたよ……」


暗殺者の性分って奴ですかね…と清原はうわ言のように呟いた後、寝台から降りた。


「三九来さん」

「…え、は、はい!」


打った頭を撫でている時に名前を呼ばれて元気よく返事をしてしまった。いつもの癖のようになってしまう。


「坂口先輩から説明されたと思いますけど、特に気にしないでください」

「んっ?」

「僕の昔の事とか、暗殺関係とかじゃなくて人間関係の方です」


無駄に気を使われると逆に気になってくると云われた。三九来からすると、矢張り多少気にになってしまうのが性というものだが、其れが気になってしまうということで良いだろう。


「宜しくお願いします。先輩」


冷やかだった表情が初めて緩んだ。




「あ、そう云えば先輩って」

「はい、キャリアとかもろもろで」

「貴方の方が年上……」

「昨日は〝清原くん〟って呼んでましたよね?」

「其れは判ってなかったっていうか……如何見ても私より若く見える…」

「良く云われます。女っぽいだとか」

「……そこは気にしてないの?」

「童顔や女顔って云われる分には」

(無表情に近いのが救いか……)

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