御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

初日

「……ほ、本当に同じ部屋で暮らすんですか……」

「そうだよ?何を今更」


太宰と式部が出逢って約半年、彼女の家出についての問題なども無事に解決し、正式に探偵社に入社の決まった式部は、寮の部屋数の関係で太宰と同じ部屋で暮らすこととなった。

 そして彼女は、部屋に入る手前で怖気づいていた。


「い、幾らほぼほぼ嫁ぎに来た感覚で来たと云ってもいきなり同棲は喪女にはキツイです」


挙動不審に目線を動かす彼女の動きが如何しても可愛く見えてしまう太宰は、式部に対して少しは申し訳なく思うが笑いが込み上げてきて止まらない。

 太宰が笑っている間にも彼女は「何笑ってるんですか!此れだから慣れてる人は」と文句を垂れる。こんなことを云われると太宰も笑うのを止めて、部屋の鍵を開ける。


「さあ、観念して入り給え。今日から此処が私と紫織ちゃんの家だ」


なかなか入ろうとしない式部を部屋に押入れ、自分も中に入ると鍵を閉める。ガチャリと鍵の閉める音がすると式部は面白いほどに肩を飛び上らせた。彼女はジリジリとゆっくりと首を動かして後ろにいる太宰の方に振り返った。一方太宰は式部の考えを読み切って「諦めろ」と云わんばかりににっこりと笑う。

 太宰の笑みを見た式部は、観念したように靴を脱いだ。


「お邪魔します……」

「違う違う」


式部の言葉を否定し、再び笑みを浮かべる。再び太宰の方へ振り向き、視線が交差して二秒ほどの空白が開く。


「……ただいま」

「うん。おかえり」


そう云うと太宰は式部を後ろから抱きしめた。驚いた式部は照れ隠しも含めて彼の腹に肘で攻撃した。太宰がよろめいたので其の隙に離れて部屋の奥へ進んでいく。

 式部は台所と生活スペースの繋がった一間の狭い空間を見渡す。既に今日の朝に最低限の荷物だけは入れてある鞄は置いてきたのだが、当然のように此の部屋には式部のいた形跡はない。完全に太宰だけだった部屋に、此れから入るのかと思うと彼女は複雑な気分だった。


「いてて……あ、部屋は好きにしてくれていいよ。布団は明日になっちゃうけど」


式部の欲しい家具やら、生活に必要な物などは明日に買う事にしているのだが、今日だけは布団も一人分を二人で使うことになる。

 太宰は式部が其のことを気にしているのかと顔を覗きこんだが、式部の顔はそんなことより深刻そうに眉間に皺を寄せている。


「汚い」

「へっ」


彼女の呟きに、気の抜けた声が出た。


「寝室周りが此れでもかと云うほどに汚い。万年床だし。責めてファブリーズしてください」

「……あ、はい」


そう云うと彼女はシャツの袖を折るとまず万年床になっている布団をたたみ、まだ綺麗な部屋の隅に置いた。彼女は太宰の汚部屋を掃除する気である。


「塵袋は?」

「ない……」


太宰が、親に叱られている子供のように萎縮して答えると、式部は閉められた部屋のドアを開けて外に出た。何処に行くのかと思い見に行くと、彼女は国木田の部屋から塵袋とファブリーズを貰って戻って来た。

 そして、彼女は手際よく部屋に散乱している空の酒瓶や蟹缶などを袋に詰めていく。その袋は太宰に外に出すように頼むと彼は大人しく従い塵を出しに行く。其の間に敦と顔を合わせ「式部さん凄いですね」と云われた。

 太宰が部屋に戻ると、また国木田から借りたのか掃除機を掛けていた。此れだけでも元の部屋よりは大分綺麗になった。


「太宰さんも布団買った方が良いのでは?」


先ほどまでの緊張はすっかり消えて既に馴染み始めている彼女に「私は善いや…」と返すのがやっとだった。

 部屋の片づけを終えて、夕飯の準備をするときに彼女の動きは漸く止まった。


「……私、料理は本当に出来ないんですけど」


少し恥じらい乍云う彼女に太宰はふっと笑みを零す。


「では今日は私が何か出そう」


元々、彼女の料理の壊滅さは知っているので予定の範疇であった。そう云えばこの前、久方ぶりに作った硬豆腐を作ったので其れでも食べようかと冷蔵庫から取り出す。其れを見て式部はぎょっと目を見開いた。


「……其れ、食べられるんですか…?」

「勿論。醤油と味の素で食べると美味しいのだよ」


式部が切り分けた硬豆腐を興味深々に眺めている間に、残りの蟹缶を開けたり、パックのごはんをレンジにかけ始める。


「そう云えばお箸は?」

「あぁ…いつも割り箸だから決まったのはないねぇ……其れも明日買おう」


太宰の動きを見ながら「食器も要りますね」と式部は独り言のように呟いた。

 奇跡的にあった卓袱台に食べ物を並べて二人で食卓を囲む。太宰から割り箸を貰い、手を合わせたあと食べ始める。一つの大皿に硬豆腐があり、パックのごはん、蟹缶は入れ物のまま。式部は此の食卓を見て、瞬きを何回かしたあと、


「流石に落差がデカい」


と呟いたが食べ始めると文句を云わなくなった。硬豆腐が案外美味しかったからかもしれない。

 二人とも食べ終わると式部が台所に立ち食器を片づけ始める。流石に洗い物は出来るらしい。しかし食器を置いて水を切る場所が無いのでシンクの端にタオルを敷いて其処に食器を置いた。式部が隣の和室に戻るとお風呂の準備を終えていた太宰が壁際に座って「完全自殺読本」を読んでいた。


「お疲れ様。お風呂準備したから二十分ぐらいで入れるよ」


太宰の言葉に「はい」と答えると太宰の丁度隣に式部も座った。控えめではあったが寄り添ってきたので太宰は本を閉じて式部の方に頭を傾けた。


「……こんな感じで良かったですか?」


不意の質問に太宰は傾けていた頭を戻して式部の顔を見た。彼女は心配そうに眉を下げていた。


「私はちゃんと、普通に出来てましたか?」


彼女には普通の生活というものが判らなかった。だから部屋に入る前は緊張しきっていたし、入ったあとは部屋の掃除を切り出した。あれが彼女の考える普通の生活というものの片鱗だったのかもしれない。


「ああ。勿論」


何か特別な家柄とかではなく、普通の凡人を望んでいた彼女。だから太宰はせめて此の場だけでも普通というものを感じさせてあげたいと思ったのだ。


「良かった」


太宰の答えに式部は微笑を見せた。其の顔が余りに綺麗で、太宰は彼女の頬をするりと撫でる。式部はすくぐったそうに身をよじるが抵抗はしなかった。


「そうだ。お風呂一緒に入る?」

「……は?」


太宰の質問に式部の綺麗な顔が一瞬にして歪んだ。

 脱衣所とも云えないような浴室の前で二人の攻防戦が始まる。一緒に入ろうとする太宰と、一緒に入りたくない式部の戦いである。


「私にはまだはやいですハードルが高すぎる」

「そんな事ないよ。此れから一緒に暮らすのにそんなことで如何するんだい?」

「此れから一緒に生活するんだからいつでもいいでしょ何も初日じゃなくても」


揉み合い、傍から見れば普通に抱きしめあっているように見える二人は、太宰が彼女を引き寄せた状態で服を脱がせようとしており、式部は其れから必死に逃げようとしている。

 其の最中に太宰の手が式部の臀部に触れたのか式部は「きゃっ」と声を上げた。其の声を聴いて彼は楽しそうに口角あげ、式部は今のは自分の声かと疑うような顔で耳まで真っ赤になった。


「観念して私と一緒にはっ」

「無理無理恥ずか死にますっ」


太宰が離し終わる前に彼女は片手で彼の頬をむぎゅっと指で挟む。挟まれたことによって太宰の口が三の形をした口になる。

 此の状態で数秒静止した。すると式部は太宰の頬の感触を気にったのかむにむにと感触を楽しみ始める。此の状態だと太宰は話せないが、式部が楽しそうなので抵抗せず、されるがままになっている。

 一、二分楽しんだあと式部はゆっくり手を離す。すると太宰は「今日は止めておくよ」と諦めて彼女を離した。彼の言葉に式部は安堵の息を吐く。


「明日は入ろうね」

「……善処します」


二人が入浴を済ませ、そろそろ寝ようという時には深夜を超えていた。

 綺麗になった畳には元の布団だけが敷かれている。


「毛布借りてきま」

「もう皆寝てるよ」


今度は太宰が式部の言葉を遮って彼女を布団に連れ込む。同じ布団に同じ枕という狭い空間に式部は混乱する。何故こんなに部屋のスペースはあるのに私は彼と密着して寝ているのかと思考が迷宮に入る。


「はぁ~。紫織ちゃんとこうやって寝るの夢だったのだよね」

「……何時からです?」


独り言のような呟きに返事が来ると太宰は此れまでの緩い声のトーンから少し声を下げた。


「ずっと前からだよ」


二人がお互いの存在を認識した時期にはズレがある。式部は半年ほどに初めて太宰と知り合ったが、太宰は五年前には式部の姿を見かけている。彼の云う「ずっと前」は式部の感覚とはズレがあるため、式部は軽く「へえ」と答えを受け流した。

 布団の中で、先ほどのように手で何処かを触ってくるようなことはないが、彼は足を絡ませてきた。式部は特に抵抗することなく其れを受け入れ、お互いに向き合って、式部は身長差もあって彼の胸元に顔を埋めるような態勢で目を閉じる。


(暖かい……)


いつも独りで冷え切った布団の中で凍え、明日を恐れていたのに、今の彼女はぬくもりを感じて明日を心待ちにしていた。


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