御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

降雪2

仕事を一人でこなしたのは久方ぶりだった。探偵社に入った頃のときは、マフィアとの関係もあって一人で仕事をすることはまずなかったが、事実上の保護者である乱歩の許しが出たのはつい先日のこと。一人で何か外で仕事をしたのはマフィアの仕事が最後だった。

 昔ほどに忙しくはないが、充実した生活を送っているように彼女は思っていた。

 海浜エリアからの帰路の途中に雪が降り始めたが徳田には関係なかった。彼女は普段から雨傘兼用の仕込み日傘を持ち歩いているため元々日傘として使っていたそれを刺し続けた。仕込み刀としても使っているため重いがとても使える道具だ。此のまま真っ直ぐ帰れば20分もしないで探偵社に戻れる距離だ。しかし端末に連絡が入る。国木田からの電話だ。


『もしもし、徳田。今何処にいる?』

「海浜エリアを出るところです」

『そうか。なら次いでに乱歩さんを迎えに行ってくれないか。いつもの駄菓子屋にいる』


返事をして通話を切る。駄菓子屋までの道なら普通なら彼も帰ってくるが、原因は先ほどから降り始めた雪だろう。多少でも濡れたら彼がどんな反応をするのか徳田には容易に想像できた。其れに彼は彼女の恩人でありパシリとして扱われている。徳田が断るわけがないのだ。

 彼を待たせるわけにはいかないと彼女は歩く早さを上げた。

 幸い、彼女のいる地点から駄菓子屋は近い。急げば五分ほどで着く場所にある。徳田が急いでいる間にも雪は其の密度を上げていき、大粒なものへを変わっていく。世界はいつの間にか白く染まりかけていた。そんな時に中華街から少し外れた小道にある駄菓子屋に到着した。

 外に乱歩は居なかったので建物内にはいると彼は中で買ったばかりのお菓子に手をつけて待っていた。


「遅いじゃないか!僕を凍死させる気かい?」


顔を合わせてすぐに何かと文句を云うようにものを云うことについてもう徳田は深く考えないようにした。軽く「すみません」と謝ったあと、二人で外に出た。傘は徳田が持ったままだ。乱歩の身長は、探偵社にいる男性陣の中では中間だが其れでも徳田よりは断然高いし、彼女は背が高いほうではない。普通なら傘を持ってほしいと思うが、彼女の傘は普通と違って重いため、特に乱歩は持ちたがらない。


「全く。僕が自分で駄菓子を会に出たとたんに大雪なんてついてないよ」

「超推理で推理したら良かったんじゃ?」


徳田の相槌に「莫迦だな」と一刀両断に返された。彼曰く、気象予報士や地震速報ようなことはしたくないらしい。まあもし自分がそんな風に扱われると思うと確かに厭だ。

其れに彼は其の自分の才能に自信とプライドを持っている。其れが関係しているのだろう。


「大体、此の傘小さいしさ」


そう云って彼は彼女の方に身を寄せた。彼の服の柔軟剤なのか柑橘系の匂いがふんわりと香って徳田は咄嗟に顔を背けた。


「……一人用ですから」


なにを云ってもなにをしても思考が詠まれてしまいそうで厭だった。

 徳田が明確に乱歩を意識し始めたのはいつだっただろう。最初は承認欲求さえ満たしてもらえば良いと思っていたが、彼でないと駄目になったのは何時だったか。彼女にはもう判らなくなっていた。自分勝手で子供っぽい彼のことを本当に受けいれらるようになったのは。


「秋梨は本当に露骨だな」


人通りが少なくなって来た小道で乱歩が立ち止まった。彼に合わせて徳田も立ち止まると、彼は徳田が持っていた傘の中棒を掴み傘カバーで自分たちの顔を隠して、彼女の唇を引き寄せた。数秒の沈黙のあと、彼から離れた。徳田から見た乱歩の顔は大人の顔をしていた。


「……そんな顔してたら、恋人なら気になるに決まってるでしょ」


照れ隠しをするようにつっけんどんに云うと今までとは全く違う速さで傘を持ったまま歩いていってしまう。

 徳田は放心したまま、彼の背中を見ていた。彼女の白い髪や水色のワンピースに大粒の雪が降りかかってくる。


「どんな顔…?」


色素の薄い白い頬を真っ赤に染めて徳田は呟いた。其のまま動かないでいると「ちょっと!傘重いんだけど!」と云う彼の言葉を訊き、正気に戻った彼女は何事もなかったように振舞う彼を追いかけた。




大粒の雪がふわふわと降るヨコハマの海浜公園のベンチでまるで雪など気にせず座って暖かいミルクティーを飲んでいる青年がいる。彼は別にミルクティーが好きという訳でもないが、飲食物に特に拘りがないため空腹時や喉が渇いたときに目に入ったものを適当に買ってきてしまうところがある。流石に寒い中、冷たいものは厭だったのかは知らないが彼が持っているのは暖かいものだった。

 彼の今日の仕事は海外でも活動しているブローカーから新しい情報を得ること。以前、密輸入の護衛を行ったいたことから英語を含め数ヶ国語が堪能な彼は、裏社会から脱した理由となる異能特務課でこういった裏からの情報を集めていた。元マフィア傘下の暗殺者としてはこそこそちまちまとした仕事は苦手ではない。

 しかし、今の彼は情報交換も終え、本部に戻るまでの時間を潰していた。貰った行動時間より少し早く密談が終わったからだ。


「清原さん」


ぼけーっと何も考えず遠くを見ていると一人の少女に声を掛けられた。声と気配ですぐに判った。

 彼女は泉鏡花。数年前、ひょんなことから出会った彼女に彼はすっかり気に入られてしまったのである。清原は押しが強い彼女からいつも逃げているのだ。

 ちらりと目線だけを向けると彼女は一人だった。


「鏡花ちゃん。傘ぐらい差なよ。其れと中島くんは?」


基本一緒にいる少年の名前を挙げた。二人は同じ寮室に住んでいてとても仲がよく兄妹のようだと訊いている彼は何気なく彼のことを云ったのだ。


「……別に。いつも一緒に居るわけじゃないから」


其れが彼女には気に入らなかったのか少し機嫌を害されたように声を低くした。彼女も存外判りやすいと清原は脳内でため息をついた。

 彼女は最近、清原がこうやって休憩している場所に次々と現れてくる。此の前はたまたま見つけた、彼の唯一の好物であるカキ氷屋で見つかったときは鳥肌が立った。しかし、図太そうに見えてまだ十四歳。以前、彼が精神的にも肉体的にもボロ雑巾のようだったときに彼女からの好意を「信用できない。信じられない」と云い切ったときに泣かれて以来、少しは負い目を感じたのか強く云えなくなっていた。其れに以前ほど、人の好意を信用できないわけではないからだ。


「貴方は独りが厭じゃないの?」


真意の判らない質問に清原は黙った。今までの会話にそんな質問をさせる要因などなかったはずだ。


「別に。独りでいること自体、厭じゃない」


ミルクティーに口をつける。一口飲み込んだときに鳴る首元を彼女はじっと見ていた。

 そう云えば、彼女は自分の何処に魅力を持っただろうかと記憶を巡る。好感を持たれるようなところなどないように本人は思っている。


「私は寂しい…わ。貴方が居ないと……」


清原がなぜ、人からの好意を受け入れられなくなったのか、彼女はもう知っている。其れを知った彼女が清原に向かって云った言葉は確かに覚えていた。


「今、此処にいる清原さんを見てると、雪に紛れて…消えてしまいそう」


今日初めて、二人の視線が合わさった。そうだ、彼女は自分の目が好きだと云ったことを清原は思い出した。冷たく精気のない、人を殺しの目を彼女は好きだと云ったのだ。

そして清原はそんなことを云う彼女の青い瞳から目が離せなくなったことも思い出した。


「雪に紛れる……ね。案外とありかもね」


どす黒く汚れた僕を隠してくれる。清原は自虐気味に笑った。口元だけが緩んでいた。

 すると清原はベンチから腰を上げて、持っていたミルクティーのペットボトルを鏡花に渡した。


「飲む?」

「……飲む」


端末で時間を確認したあと、「送るよ」と声を掛けて清原は歩き始めた。

 探偵社のあるビルの前まで来ると清原は彼女に手も振らず元来た道を戻っていた。彼女は其れを見送ったあと社内に戻る。


「鏡花ちゃん。おかえり」

「ただいま」


敦に声を掛けられ返事をした。すると彼は鏡花が大事そうに持っていたペットボトルに目線を動かした。


「買ったの?」


鏡花は首を横に振って「貰った」と云う。最初は心配そうに鏡花の顔を覗き込んだが、其れもすぐやめて微笑ましそうに云った。


「良かったね」


頷いて彼女は其れに口をつける。いつもより甘く感じた。そしてまだ彼の雪で白くなった背中が瞼の裏に焼きついて消えない。


著作者の他の作品

FGO夢主と銀腕の騎士の夢小説。うちよそ要素ありあり。