御伽草子

☀海棠緋寄🔪
@Enph_hiyo12

降雪

雪が降り始めた。しんしんと、静かに、ふわふわと舞い落ちてくる白い其れは、彼女の紫かかった黒髪や細くしなやかな首筋に落ちてじんわりと溶ける。寒さがじわじわと彼女を襲い、身震いさせた。

 不幸なことに彼女は傘を忘れてきていた。異能で持ってくることも出来るが、無暗に使うことは抑えているので大人しく降られることにして、駅前で灰色の空を眺めるのを止めて歩き出す。

 別に電車に乗っていたわけではない。駅地下の飲食店コーナーに用があっただけだ。……弁解しておくが、いつも駅地下で買い物をしているわけではない。今回は探偵社に来たお客用の茶菓子を買いにやって来ただけである。今まで茶菓子の見立ては事務員がやっていたようだが、今日は偶々彼女が買いに来た。

 途中で信号に捕まった。足を止めて空を見る。雪は降り続いている。紙袋を持つ指先が悴んで腕に掛けるようにして持ち替えた。

 朝のニュースで冷えると訊いてタイツにしてよかったと式部はしみじみ、何時もは太ももの見える足をチラ見して、信号の色が変わったので再び歩き始める。


「あ、いた紫織ちゃん」


雰囲気柔らかい声がして俯き気味だった顔を上げる。目の前にいたのは傘も差していない、彼女の同僚で恋人の男。彼はいつも通り何を考えているか判らないような表情を浮かべ、道化臭く、其の細く長い、骨ばった身体を動かしていた。


「傘も差さずにこんな港近くで突っ立っているとは。凍死でも試してたんですか」

「凍死は冷たいし痛いから厭だ。私は独り寒い中、買い出しに向かった恋人を迎えに来ただけなのだよ?」


胡散臭く笑い、手を差し伸べる。彼女は彼の手に抵抗なく手を伸ばし、彼によって握られた。彼の手は冷え切っていていた。


「傘も持たずに?どうせ国木田さんから逃げてきたんでしょ」

「うふふ……そうとも云う」


彼女の口調や言葉が冷えびえとし、敬語という隔たりが無くなっていく度に太宰はとても嬉しそうな反応を見せる。まるで幼い、子供のような笑みを浮かべるのだ。

 式部が「帰りますよ」と手を引いて歩き始めると太宰は、彼女の手をぎゅっと強く離さないように離されないように握ったあと歩き出す。歩みを進めると彼女と並んで、近い距離を楽しむようになる。

 太宰がにんまりと笑みを浮かべていると、最初は珍妙なものを見るような目をしていた式部も自然と微笑を浮かべるようになった。


「……なんなんですか。そんなに笑って」

「いや?其れにしても紫織ちゃんって結構笑い上戸だよね。初めの頃は終始ぶっすとしてたり無表情だったりしてたのに」


出逢った頃は、作り笑いを浮かべてふとした瞬間に無表情だったりして、太宰に告白されてすぐの頃はずっと不貞腐れたように不機嫌な顔をしていた。そんな彼女の変化を最近は顕著に感じるようになった。


「其れを云うなら太宰さんも、多少変わりましたよ」


式部の言葉に太宰は小首を傾げた。


「最近は少し、吹っ切れたように見えます。私が知っている範囲での話。ですがね」


変わったと云えるのか判らない太宰だった。少なくとも紫織と付き合うようになって少しは変わった所もある。しかしガラリと変わったとは云えない。其処が彼女の云う「知っている範囲」なのだろう。太宰が初めて追い求め、手に入れた式部は慥かに、太宰の孤独を埋めつつあるのだから。


「紫織ちゃんのおかげだ」


太宰の他意のない笑みに、式部は面食らったあと、微笑返した。


「こちらこそ」


雪は二人の元に降り続いている。




人のいない夜の海浜公園で、彼女は独りだった。雪が降り、芝生に積もった雪の上にダイブした。白金色の長い髪が白い雪の上に広がる。

 彼女は仰向けで寝ころんだまま、くすんだ紺色の空に向かって手を伸ばした。鼠を脱退して以降、つけ始めた黒手袋に白い雪が吸い込まれる。

 祖国よりは寒くないだろうと高をくくっていたが其れでも十分に寒い。そしてこうやって雪の中で寝ていると昔を思い出して少し感傷的になったので、まだ暫くは寝ておく。

 こんな雪の日の夜に出てきたのはほんの気まぐれだった。日本に来て初めての雪だったからかもしれない。ただ一寸、雪に触れてみたかったのだ。祖国とも亜米利加とも違う、此の国の雪を。

 とは云え、幾ら祖国よりは寒くないとは云っても何時もの恰好で来たため薄着で冷える。此のままでは朝には雪と同化して死んでしまう。そう思って本気で寝ないように目を開けた。すると目に雪が入って「つめたっ」と声を上げて目を擦った。

 目が見えない間にしゃく、しゃくと音がして、寝ころんだまま其方に顔を向ける。其処には大分探したと云わんばかりに肩で息をしているポオが紺鼠色の傘を持って立っていた。


「やあ。エドガー」

「や、やあではないのであるっ」


普段、怒りという感情が余りない彼がプンスコと可愛らしく怒っているのを見てチェーホフはつい吹き出してしまった。そんな彼女を見てポオは更に慣れないように声量を上げた。


「笑いごとではないっ 我輩がどれだけ心配したと」


判っている。彼は私がまた、自分を置いて行方を晦まし、何処かに行ってしまうのでないかと。はたまた何処かで死んでしまうのではないかと心配していたのだろう。そうでなければ極度のインドアで、引き籠り体質の彼がこんな冷える日に出てくる訳がない。


「今日は雪を楽しみたかっただけ。他意はないわよ……」


彼女は起き上がり、髪に付いた草を掃う。

 何事も無かったように笑みを浮かべるチェーホフを見て、ポオは口元を歪める。彼女からは目は見えない。


「時々、心配になるのだ。チェーホフは本当に我輩のことを思っているのかと」


肩を竦めて俯く。立ち上がった彼女はそんなポオから目線を離さない。そんな彼女の目線を感じて、彼女が怒っているように思ったのかポオは更に肩を小さくした。


「…………オーリャって呼んでみて」

「……は?」

「良いからはやく」

「お、オーリャ…!」


彼女にすごまれポオはどもり乍も彼女の愛称を呼んだ。怒ったような彼女の顔は其のまま、彼女はずんずんとポオに近づく。彼は逃げるように後退するので彼の腕を掴み逃げないようにした。何を云われるかを恐れてポオはぎゅっと目を瞑る。


「私の事を愛称で呼ぶのはフェージャとエドガーだけよ。其れにアイツのことは信用しなくても大丈夫よ」


どうせ呼び合うだけの愛称だったと彼女はそっぽを向き吐き捨てた。そして一転するように彼の方に振り向き笑みを向けた。


「云わなかった?私、きっと貴方が引くほどに貴方の事が好きなの!」


全ての呪縛から解き放たれた眩い輝きがポオには見えた。暗い街の中で彼女は慥かに瞬いた。

 そして満足そうに気分を高揚させて帰路に向かった。


「わ、我輩も、す、好きであるっ…!」


だから置いて行くなっと彼女を追いかけ、追いつくと彼女に傘を差しだす。するとチェーホフは彼の腰を掴んで引き寄せたので、ポオはぼっと熱気を噴出して顔から耳まで赤くさせた。

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