御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

翡翠

家の床に血を流して倒れている人だったものを見つめていた。其処に倒れていたのは大好きだった両親だったものと、其れを殺しに来た暗殺者たち。其の人たちを見ていると、木の床が少し軋んで私は其の人に気が付いた。初めてみる其の人の目は酷く冷たく、生きてる人の眼差しではなかった。


「君が殺した……訳ではなさそうだね」


彼の手には刀が握られていたけれど、鮮血はついていなかった。そして彼は周りを見渡したあと、其れが必要ないと判断したのか刀から手を離す。手から離れた其れは床に落ちる前に役目を終えたように、砕けるように消えた。

 そして両親の死体に近づいて触れ観察を始めた。そして死因が刀で切られたことによる斬殺だと見抜くと、私の方に振り返った。


「君に異能が渡ったってことか」


娘の為に自分の命を捨てるなんて親の鑑だ。なんて小さい声で云っているのが聴こえた。当時の私にはまだよく判らなかった。


「……あなたは?」

「ん、僕?さっきの刀を見てなんの用か判らない?」

「だったら……私もころさないの…?」


すると彼は血で汚れていない方の手で私の頭を撫でた。


「だとしたら最初の出逢いがしらに殺ってるよ。今更、君だけを殺してもなんの利益もない。でも、」


すると私と彼の視界の端で微かに動いた暗殺者の腕を目にもとまらぬ速さで彼は切った。何処から刀が出てきたのか、如何やって振り下ろしたのかも判らなかった。この人は暗殺者としてとても強い人だと判った。だから、今の彼の言葉も子ども乍に信用出来た。


「こういった死に損ないを始末しておくのは大切だ」


そしてまた消える刀を目で追い。そのあと、立ち上がった彼の目を見た。

 最初と変わらず冷たい目をしていたけれど、モノクロに見えていた彼の姿の中の唯一の色が見えた。彼の瞳はとても綺麗な翡翠色をしている。冷たく感じるのに何故か強く惹きつけられる。そんな色。自分でも彼を見て、目を輝かせているという行動が判った。


「もう此処も君にとっては安全じゃないから、此処から出て行った方が良いよ」


彼は私から視線を離すと家の窓から出て行こうとする。私は咄嗟に彼の黒い上着をぎゅっと強く掴んで引き留めた。彼が顔を此方に向けた。

 待って、という言葉が中々出てこなかった。


「……っ……つ……」


口をはくはくさせている間、彼はずっと黙って私が何か云うのを待っていた。


「わ、わたっ……私も、つれて行って…!」


両親を失って頼れる人もいなくて、生きていく為に彼について行くしかないと思った。其れと同時に私は彼に憧れのような感情を覚えた。両親に対して抱いていた、親愛や憧れとはまた違う種類の憧れを。

 漸く出た言葉を彼はいとも容易く切ってしまったけれど。


「無理。幾ら君の両親が優れた暗殺者だったからと云って、君に同じ能力は求められないし、だからこそ、君は普通に生きるべきなんじゃない?」


そう云って私を連れて行くことは拒んだけれど、此処にいても仕方ないということでヨコハマの貧民街近くにある孤児院に私を置いて行った。

 其れから暫く、彼とは会うことはなくなった。其れでもあの時にみた彼の瞳をずっと忘れることは出来なかった。




ある時、仕事の依頼で、ある界隈では有名な暗殺者一家の始末を依頼された。其の家族は他の暗殺者にも狙われているとかで迅速な依頼達成が課せられた。

 一家の中には殺戮の異能力を使う者もいると訊いていたので実を云うと乗り気でなかったことは覚えている。そして其の家で僕は泉鏡花に出逢った。


「…ぁ」


対象の家に着いた時には既に先を越され、一人娘である彼女以外、既に殺されていた。暗殺者も其処に倒れていた為、相討ちだと判った。

 少女は後からやって来た僕に警戒はしていなかった。僕が出現させておいた刀を消したからだろう。

 此の子の母親は〝夜叉白雪〟という異能を持っていた。夜叉という女性を具現化させ、切ることで殺戮を行う異能力。刀を出すだけの僕の異能に比べれば、上位互換と云うべきだろう。マフィアにいる知り合いの尾崎紅葉の〝金色夜叉〟に似た能力だ。

 そして相討ちになっている暗殺者の顔を確認すると其の人物が「血液の媒介に人体を操る異能力」を持っている者だということが判った。

 加え、彼女から彼女のものではない殺気を感じた為、彼女に母親の異能力がなぜか譲渡されていることも判った。自らの異能を他の人に譲渡する方法があると以前に訊いたことがある。


「……あなたは?」


と訊かれたので適当にはぐらかした。すると私も殺さないの?と訊かれた。一瞬考えたが、もう獲物が此の少女一人となってしまい、此の子だけでは報酬の価値もないと判断して適当に云い訳をした。出逢い頭に殺してしまわなかったのは、彼女の後姿が、昔の自分に重なったとかそういう余計なことは云う必要がない。

 そしてそんな云い訳を云っている間に、僕と彼女の視界の端にいた死に損ないが一瞬動いた為、動いた腕を切り離してやった。

 彼女も気付いたようだったが、僕の間合いが見えなかったのか目を見開いて驚いている。僕の再び消える刀を見た後、彼女と目が合った。僕には無い純真で澄んでいて、深い青色をしていた。両親が目の前で死んでいるのに彼女の目はまだ死んでいなかった。

 僕は咄嗟に目を離した。目に毒だ。無意識にそう思ったのかもしれない。

 そして窓から帰ろうとすると彼女が僕の上着を掴んで引き留めた。

 振り向くと彼女は必死に口を動かしていたが声が中々出ないようで、其の様子が少し面白くて眺めていた。


「わ、わたっ……私も、つれて行って…!」


彼女の必死の訴えも、僕は特に考えることなく断る。まあ当然の答えだろう。見た所、彼女はまだ小学生も卒業していないような子ども。其れにほぼ宿無しの僕を一緒に行動させるのは酷というものだろう。折角死んでまで娘を護った両親の死霊に憑りつかれるのは御免だ。そして何故か、彼女は僕に憧れに近い眼差しを向けている。此の子は此れから両親のように優れた暗殺者にきっとなれてしまう。そんな彼女を僕は連れていられない。

 

「……」


彼女が俯く姿を見て、あることを思いついた。

 僕が自らの手で家族や使用人を殺した後、一歩遅れた育ての親がしたように、僕も多少は道を作ってあげようと気まぐれに思い付いた。其処からどうやって生きるかは、彼女次第だ。

 だから僕は彼女を孤児院まで連れて行って、其処で彼女とはさよならした。




マフィアに拾われ、暗殺者として仕事を熟すようになり、私を孤児院に連れて行った青年の事をふと思い出した。

 最初、マフィアに拾われた頃は、彼の恰好からマフィアの構成員などだと思っていた。けれど暗殺を受け持っている尾崎紅葉の部隊にも、他の幹部の下にも姿はなく、彼は他の組織にいるのだと思った。彼ほどの能力を持つ人は此の世界ではどれだけの人物なのだろうと知りたくなった。けれど訊くことも出来ず、時間が過ぎて行った。


「……可笑しい」


今日の仕事は民家に忍び込み五人殺すこと。けれど指定された時間には家族全員いるという情報とは違い、人の気配が一切しない。しかし生活音は聴こえてくる。

 一先ず中の確認をしようと思い、屋根裏に忍び込み、ダイニングまで進む。幸いにもダイニングの上には二階が無いため簡単に真上を取ることが出来、下を確認できる。


「……っ」


微かな隙間から確認できたのは一般人の団らんではなかった。此の家はダイニングキッチンで繋がっており、すぐ隣にリビングもある。けれど、其の広い部屋全体が赤く染まっている。テレビは映像を流し続けている。目の前のソファーには小さな子ども三人が仲良く並んでいる風であったが、皆大動脈を切り裂かれている。キッチンでは水が流れたままで、すぐ前に倒れている女性の手には泡が付いたままだ。恐らく食器を洗っていた最中だったのだろう。ダイニングのテーブルには男性が突っ伏し乍、血を流して死んでいる。全員、普通の生活感を残したまま死んでいる。こんなことは、マフィアにいる暗殺者でも出来るものなどいないだろう。

 唖然としていると、突然、私のいる天井が裂け、私は地獄のような一階に落ちた。すぐさま体制を立てなおそうとするが、首元に見えるように刀を中てられた。


「動くな」


如何して?という感情が一番に出てきた。部屋を一通り見たはずなのに生きている人に気が付かなかったこと。そしてもう一つ。人を殺すということは暗殺者は殺気を放つ。私も殺気を隠すのは上手いと云われるが其れでも完全に隠せるものではない。けれど此の人物は何も感じなかった。首に刀が中てられた時も視覚情報で判ったが触れたという感覚は一切無かった。此の人は殺気と気配を自在に零へと消すことが出来ることに私は驚いた。


「一歩遅かったね。君の獲物、頂いちゃったよ」


優しい口調に声。少し低い声から男性だと判る。そして同時に此の男性が今までずっと会いたいと思っていた人物だと気が付いた。

 矢張り、此の人は凄い人だと私は危ない状態でも関心し、余計に憧れの念を抱いた。


「君、マフィアでしょう。此処の人、マフィア関係の金融にも借金して踏み倒して、勢いで構成員をやっちゃったらしいね」


恐ろしい言葉の筈なのに彼が云うと全くそう感じない。若しかしたら私の感覚が麻痺してきたのかもしれないけれど。


「さてと…」


彼の呟きと同時に両腕を片手で掴まれ、壁に背中を付けて押さえつけられる。向き合い視線があると矢張り、三年前の青年だった。


「マフィアってこんな小さな子も暗殺者に使うんだ……あの人も相変わらずだ」


此の人はマフィアではない。けれどマフィアにいる人を知っているようだ。


「一応訊いておくけど、君は誰?」


彼は私を覚えては居ないようだった。其れも当然なのかもしれない。彼は私と違い、もっと沢山の人たちを殺してきた筈だ。そんな殺人の天才が一々、たった一人の子どもを覚えているわけがない。


「……私は、泉鏡花。好きなものは豆腐と兎。嫌いなものは雷と犬。マフィアの暗殺者」


初めて出逢った時のように冷たい翡翠色の瞳が微かに動いた。何か考えている目の動きだ。


「泉……はぁ…君、マフィアになったの?」


私は、今初めて人間らしい彼の動さを見た。彼は呆れるように溜息をついたのだ。一度だけでなく二度も。其れがどんな意味なのかは分かりえない。でも、今の彼の表情は普通の人の顔だった。


「君がいる部隊って尾崎紅葉が幹部でしょ?」


私がゆっくり頷くと、彼は直ぐに腕を離して刀も消した。そして降参したようし両手を上げた。


「無理無理。紅葉の部下を殺すのは無理。僕が殺されちゃうよ」


本当に恐れているようには見えなかった。どちらかというと、道化臭く、ふざけているように見えた。けれど、彼があの人を知っていることは確実だ。


「君の手柄で良いから、僕が君と接触したの黙っててよ」

「……駄目、私の行動は監視されてる。多分、盗聴されてる」


そう云うと彼は無表情になった。今まで通りの冷たい目だ。そして其のまま「最悪」と呟いた。

 そして其れ以上、余計なことを云わないように彼は此の家から逃げようとする。


「待って…!」


今度は一度で呼び止めることが出来た。彼は昔のように振り向いた。

 今日、二回目に逢って、私は自覚した。暗殺者として他よりも圧倒的に勝る彼も、何処か冷やかで、そして道化臭い彼に対して私の持つ、此の感情は唯の憧れではなかったことを。


「貴方は誰?」


貴方の事を知りたいと思う、此の感情。


「僕は清原納言。唯のしがない暗殺者だよ」


最後の最後まで彼の翡翠色から目が離せなかった。

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自傷、少しのグロ描写あり。