御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

七夕

カレー屋フリイダムの二階にある子供部屋で、「お姉ちゃん」と呼ばれる妙齢の女性は少し機嫌が悪そうに五人の子供たちを見守っていた。

 彼女は実年齢的には既に「お姉ちゃん」と呼ばれる年齢でも、そう云われて嬉しい歳でもなければ、本来の性別すら記憶に残っていない。本名も覚えていない。

 其れでも今此処にいる間、彼女には「月宮かぐや」という立派な名前があり、其れを呼んでくれる人たちがいることを月宮は少しむず痒く思い乍も悪い気はしていない。

 さて、今日月宮が此処にいるのは此の子供たちを扶助している織田という男性と待ち合わせしているからなのだが、彼は何時まで経ってもやって来ない。彼が来るまでの間、一階で働いているおやじさんい云われて子供たちの相手をしている。


「おねえちゃんも書かない?」


一番下の少女が月宮に一枚の黄色い紙を渡した。

 今日の五人は子供らしく、七夕飾りの短冊を書いていた。此れを書いた後にはまた、織田を倒すべく作戦を練るのだろう。


「厭、私は良いわ。其れより、早く書かないと織田君来ちゃうわよ」


子供の相手は月宮は苦手である。長く生きても此れだけは仕方ない。此の子たちも早く大人にならないかと思っている。どうせあっという間に成長するのだろうけれどと彼女は考えていた。

 月宮に云われ、織田が来るまでに書き終える為、子供たちは書く速さを上げた。

 忙しない子供たちから少し視線を離して窓を見ると少し離れた道路の歩道に織田の姿が見えた。今はまだお昼時なので今日もカレーを食べたあとに二階に上がってくるだろう。


「ほら、織田君来たわよ。今日の作戦は?」


あと、二十分もしないうちにくることを伝えると子供たちは意気揚々と本日の作戦を決め始める。作戦はいつも事前に考えてあり、其の日のコンディションによってどの作戦にするかを決めているらしい。此の子たち、本当に生きる方向間違えているのではないのかと、ほんの米粒ほど心配になる。月宮が心配出来る立場でもないが。

 そうして月宮の偵察通り二十分後、織田が階段を上がって来る音が聞こえる。月宮は子供たちの指示通り、二段寝台の上段に布団を被って隠れた。一応気配を消して丸くなる。子供たちには関係ないが、織田には効果があるだろう。

 少しするとドアが開く音がして織田の声が聴こえる。そして数秒後、子供たちが彼を一斉に捕えようと行動する。

 其のほんの数秒後、最年長の少年の「うわあ!やめろぉ!」という年相応の声が聴こえたので月宮は顔に被さった布団を少しだけ退けると、開いた隙間から、子供たちが持っていた吹き矢を織田の頬に中てる。吹き矢と云っても先端に吸盤のついた優しいもので、ぺちょ、と可愛らしい音を立てて彼の頬に吹き矢はくっついた。


「……居たのか」

「居るわよ」


頬に吸盤がついたまま、織田は月宮の方に向いた。彼女は布団を除けて起き上がり、寝台から降りる。

 彼女は子供たちを見る。彼等は今日も織田に勝てなかったようで、柔らかい縄で優しく縛られている。


「今日も負けたのね」

「くそぉ……でも姉ちゃんが吹き矢中てたから今日は引き分けだ!」

「……? 月宮には負けたがお前たちには勝ったぞ?」

「だってさ」


頬に吸盤を付けたまま小首を傾げる姿はまるで少年のようだ。月宮は無理矢理吸盤を引っ張って外した。其のせいで彼の頬に赤い丸いあとが付いてしまった。其の姿が間抜けで月宮は可笑しそうに鼻で笑った。

 暫くして、子供たちが降伏したあと縄を外し、少しの間、七人で遊ぶことになる。織田は今日は此の後から非番だという。


「何を書いているんだ?」

「七夕の短冊らしいわよ」


入口に飾られた笹があったでしょう。と月宮は話す。織田は「ああ……在ったな」と返す。

 織田は子供たちから青色の短冊を受け取る。何か書いてほしいらしい。


「月宮は書かないのか?」

「願っても叶わないものはあるのよ」


そう云って断り、織田が何か書いているのを黙って見守っている。


「書いてみるだけでも、喜ぶと思うがな」


織田の呟きを訊かなかったことにする。

 そして結局、織田と月宮が此処から帰ることになったのは夕方だった。六人が書いた短冊も笹に飾られている。

 帰る時、月宮は其のうちの一枚に目が留まった。末っ子の少女の書いた短冊だ。


「〝お姉ちゃんと皆でお出かけできますように〟」


もう少し他の事をお願いすればいいのにと彼女は思った。

 前に一度、七人でヨコハマから少し離れた所まで出かけたことがあった。あの時は織田が途中で呼び出され中断になったことを子供たちはずっと不満に思っていたのだろう。子供の言動は常図ね恐ろしいものだと実感する。

 一先ず、此処に願い事を書いたということは叶えて欲しいということだ。此れまでに重い見返りと引き換えに人々の願い、欲望を叶えてきた彼女は今までとしてることは変わらないなと、心中苦笑を浮かべた。


「出掛けるか?」

「善処するわ……」


とは云え、七夕当日には信者と会う用がある。実現は正直難しい。


「私抜きで出掛けてきなさいよ」


自分でも少し驚くほど冷え切った声が出た。




七夕当日は雨だった。

 ヨコハマでは雨が降っていなかったのだが、少し離れた場所にある自然公園に出掛けてきたのだが、その地域はあいにくの雨で、織田と子供たちの服や髪をしっとりさせるほどに降りしきっている。

 そして、月宮の姿はどこにもなかった。織田は一応、彼女があとから来れるように連絡、もといBarに言伝を置いたがそもそもBarに来たのかどうかも定かではない。


「お姉ちゃん来ないのかな?」


屋根のある休憩場で雨宿りをしていると一人が呟いた。其れに続いて皆が織田を見た。


「どうだろうな」


織田にも判らず、灰色の空を眺めた。雨音が大きくなっているように思える。




「私は本当に莫迦だわ……また、同じことを繰り返すのかしら」


自分に甘く接しては行けないと何度も釘を刺した。今なら止められる、また元に戻れるといつも思い乍、本心では自分に逆らえなかった。

 わざわざ、敵対異能組織に居場所を晒すような行為をして、一定の個体を作り、知り合いを作り、無用な誰かの願いまで叶えようとしている。そうして特定の誰かと関わり、ずっとこのままで居たいと思っている自分がいること。

 其れではいずれ自らで壊してしまうことは明白だ。其れでも結局止められそうにない。


「愛というのは身を滅ぼす。お互いに愛おしい存在過ぎたが故に離れ離れになった彦星と織姫みたいに」


星座である二人は深く愛し合っていたからこそ、するべき仕事に手が付かなくなり、天の川によって切り離された。其れはまるで彼女にとっては時間と異能のようなものだ。


「――」


在る言葉を云うと、異能が発動して、空を覆っていた雨雲が見る間に消えていく。雨が止み、太陽が見えると月宮はいつもの姿になって、木の影から織田たちのいる休憩所に向かって歩き始める。

 雨で濡れた草を踏むと、しゃく、しゃくと音が鳴るのが何処か心地よい。雨の後の湿った冷たい風が彼女の黒髪を妖艶に揺らす。

 近づくと織田たちが月宮に気が付いて駆け寄ってくる。いつもはタイトスーツのような格好をしている彼女が、今日は涼しそうな白いワンピースを着て、白いつばの大きい帽子を被り、胸元で織田が聖夜に贈った月長石のネックレスが輝いているのを見て目を輝かせる。


「……」

「何…? 白が似合わないとか云わないでよ」

「いや、白は似合っている」


お世辞でもなく、平然と云うのだから、此の男は末恐ろしいのだ。

 織田は、雨が止みさっそく遊ぼうとはしゃいでいる子供たちをゆっくり追いかけるそぶりを見せ乍、月宮に耳打ちする。


「すまない。助かった。ありがとう」


そうして彼女の横を通って、彼女の後ろで子供たちと一緒に追いかけっこをしたり、ボールで遊び始める。

 何に対してお礼を云ったのか。此処に来たことか?其れとも雨を晴らしたことに気が付いたのか。其の両方か。彼ならあり得るのだろうかと思考は回る。

 月宮は帽子のつばをぎゅっと強く両手で下に引っ張って顔を隠そうとする。俯いて、歯を食いしばって何かを耐えているような彼女は耳が紅い。

 そして何かを耐えきり、耳の紅が引いた後、六人に近寄る。すると子供たちが彼女に群がる。そのうちの一人はカメラを持っている。


「一緒に写真撮ろ!」


無邪気にカメラを向けられる。月宮は正直写真は取りたくなかった。今の見た目でヨコハマを徘徊しないようにしているとは云え、カレー屋の近くで集中して誰かに目撃されている可能性ある状態で写真を残されるのは拙い。けれど、最近毒されている彼女に、無邪気な子供の要求は拒否しにくい。なので結局「良いわよ……」と一言で返事をしてしまった。

 七人で撮影した写真は織田のスマホの待ち受けになった。其れを後日、飲み仲間の太宰と坂口は見ることになる。


「綺麗な女性ですね」

「彼女が織田作の云ってた気になる女性?」


待ち受けを見て楽しそうに話す太宰に対して織田は小さく頷く。表情はいつも通り。


「へえ……安吾の云う通りご麗人だ。でもまあ!私の紫の上には敵わないけれどね」

「まだ貴方のではないでしょう、太宰君。そもそも、君の云う紫の上と此の女性では美しいのベクトルが違うのではないですか」


織田が前に裏路地で出逢った修学旅行生の紫の上は、どちらかと云えば磨けば陽の美しさを持つ。そして月宮は陰の美しさを持っている。二人は対極の美しさを持っていると比喩出来る。


「太宰は紫の上が居ればいい。俺も此奴が居ればいい」


良い事云うね!と太宰はウイスキイが進む。坂口は大きな溜息を吐く。織田は……画面に映る彼女の仄かな笑みを見ていた。今の此の儚い現実が少しでも長く続けば良いと思い乍……。




著作者の他の作品

なの様宅「ドス月」をお借りしました!!ドス月+月宮(ほんのり織月)

FGO夢うちよそ