御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

恋心

今まで、付き合ってきた女性は沢山いた。彼女より、女性らしい所があったり、料理が出来たり、体型も理想的と云えるものだったり、彼女よりも優しい子とも、私は付き合ってきた。其れでも私は、結局彼女を選んだ。


「今日のご飯は如何ですか……?」


不安げに私を見上げる彼女は可愛らしい。けれど彼女が作る料理はとてもお世辞でも可愛かったり美味しいものではない。其れでも私が彼女の練習で作ったものを食べるのは彼女の此れからの上達に期待しているからだ。


「私も云えるものではないけれど、少し塩が濃いかなぁ」


今晩は薄口になり過ぎないことを祈ろう。


「はい……!」


努力している時、何かを必死に学ぼうとしている時の彼女の活力に満ちた表情に私は惹かれる。

 探偵社で働いている時も私はずっと彼女の事を考えている。


「……はい。では…………かしこまりました」


真面目に仕事をして、理知的に話す彼女の声が堪らなく愛おしい。普段から落ち着いた穏やか声をしているのに、仕事で電話を受けた時の彼女の外向きの声もまた良い。彼女が応対した依頼人は老若男女反応が良い。恋人としては複雑だが、当然だろう。

 彼女は周りをよく見ているため、気配りも上手い。調査員でありながら事務の仕事も熟し、国木田君からも好印象に思われているようだった。


「ねぇねぇ、お菓子ないの?」

「はいありますよ。ポテチで良いですか?」

「甘いのが良い」

「羊羹があります」


乱歩さんにお菓子を頼まれた彼女は特に気に留めることもなく、給水室の戸棚にあったであろう和菓子を異能で転送してきた。探偵社のお菓子が入った戸棚はよく中身が変わって一々覚えておくのも面倒なくらいなので、矢張り、彼女は随時、探偵社の様子を観察して記憶しているのだろう。其の真面目さも好印象に取れる要因だろうか。


「おい、仕事をしろ太宰」


彼女の事ばかり見ていたら等々、国木田君に怒られた。そして仕事の資料を渡された。正直面倒そうな依頼だ。


「あ、其の仕事と私の交換しませんか?其れ資料整理ですよね?私のは犯罪者のプロファイリングを作る仕事なので」


私に質問した後、私と彼女の仕事内容を交換した。私は面倒なことを顔をに出さないでいるのに、そう思っていたことに気が付いて気を使ってくれたのだ。正直プロファイリングも面倒だが、こちらの方が幾らかマシだ。


「有難う、紫織ちゃん」

「いえいえ」


特に下心もなく出来るところが彼女の優しい所だ。

 今までにも尽くしてくるタイプの女性は何人かいたが、其の殆どが恩着せがましい所があったので、彼女のように無償で優しさを振りまいてくれる所は良くも悪くも彼女の個性の一つだ。




今まで、彼と付き合ってきた女性は沢山いただろう。実際、私の前に付き合っていた女性とはもめた。私は家出して彼に迷惑をかけたこともある。私の重い手記も遺書も彼は読んだ。其れでも彼は、結局私を選んでくれた。


 昼からは普通の探偵の様に子猫探しに出ることになった。探偵社でお世話になっている方の猫だそうで無碍には出来からだろう。お昼を食べ終えて直ぐに出発したのだが、結局子猫を捕獲したのは夕方だった。


「飼われていた子猫で間違いないでしょうか?」


依頼人の家に向かい、抱きかかえた猫を依頼人に引き合わせると相手は確かに子猫を引き取った。


「ありがとう!おねえちゃん!」


依頼人の娘が子猫を抱えて私にお礼を云った。私は少女に笑いかけて少女の頭をふんわりと撫でる。

 見つかって良かったわね。うん、無事に帰ってきてくれた!と喜ぶ母子に手を振って私は帰る。二人の様子を見て、私は横浜に来たばかりの事を思い出す。私はどれほど、社に迷惑をかけたのだろうと。そして、どれほど感謝してもしきれないと、感傷的になる。


「笑ってんじゃないわよ。ブス」


家に帰るまでの駅前ですれ違った女性に云われた気がした。厭、私が振り返ると目線が合った。確かに云われた。そして此の女性、目つきが鋭い。

 殺気に近い感情を向けられたが、足が止まることはなく、お互いに離れていく。途中で相手の女性が私から目を逸らしたので私も前を向いて駅構内に入った。

 黒髪のセミロングぐらいの化粧バッチリの清楚系ギャルだった。ただ発言的に性格は決して良いほではないのだろう。そして見ず知らずの私に喧嘩を売って来たのだ。十中八九、太宰さんの元恋人だ。そういえば、私の一個前の彼女も清楚系だったことを思い出した。


「紫織ちゃん?」

「あ、いえ」


夕飯を終え、風呂上りにのんびりしていた所を彼に声を掛けられた。考え事をしていたのでぼーっとしていたのだろう。人の変化に敏感な彼には私が何か思い悩んでいる事を既に悟ったのだろう。


「……実は、貴方の元カノっぽい人に喧嘩を売られました」


正確にはブスと云われただけなのだが、嘘ではない。ブスと云う時の女の顔の方がブスだ。詰り性格も顔も悪い女に喧嘩を売られたのだ。


「あぁ、すまない。中には過激なのもいるから」


私と付き合う前に相手の片思いからなのか爆弾を用意した人もいたらしい。類友なのだろう。


「どんな子だった?」

「公道でありながらかなりの声量で人の事をブスという女ですね」


私の言葉に一番に心当たりがあったのか、太宰さんは頭を抱えた。其のリアクションは少し演技臭い。

 そして溜息を付く。此れは恐らく本心。


「其の子とは二年前、紫織ちゃんも知っている山崎富栄と付き合う前に知り合ったんだ。付き合っては無かったのだけど、思い込みが強くて嫉妬心も強かった。彼女の方も結構苦労していたようだったから、私からもう二度と関わらないように云ったのだけど」


嫉妬心というものは恐ろしい。其れは私も知っている。彼女から感じた殺気のようなものは嫉妬心だった。


「本当に気を付けて。彼女は一般人とは思えないほどに何でもする女性だ。危険だと思ったら遠慮なく自衛なりしてくれていい」


元マフィア幹部の彼が云うのだ。其の女性はかなり嫉妬で周りは見えない人なんだと察する。


「判りました」


頷くと彼は私の頭を優しく撫でた。




紫織ちゃんが通りすがりの女性に罵倒されたと聞いて翌日、私一人で街をふら付いていると其の例の女性と出逢った。


「治」

「昨日、紫織に声を掛けたらしいね。太田さん」


目の前にいる女性は、昨日、紫織ちゃんが云っていた特徴と同じ清楚系の女性。彼女が私が紫織ちゃんの事を呼び捨てにしたことが気に入らないようで、周りに人がいることも気にせず癇癪を起す。


「前の女のことも富栄って呼び捨てにして、今のブスも私の前では呼び捨てで呼ぶ癖に私の事は他人の様に呼のはなんなのよ!!」

「私は君と付き合ったことないでしょう」

「あるわよ!!私に告白して、今日も綺麗だねって褒めたでしょ!!」


一体どんな言葉を告白と勘違いしたのか判らないが、自分の良いように自己解釈するのは止めて欲しい。紫織ちゃんのように悪い方に解釈してくれた方がまだ良い。そもそも綺麗な女性を褒めるのは当時の私の中ではマナーに近い。大体はお世辞だ。


「ふふっ……良いのよ、私知ってるんだから。治が本当はたった一人の女性、私しか見てないことは」


一体どうなったらそういう妄想が生まれるのか。ただ一つ合っていることもある。


「へぇ、良く判ったね。どうやって知ったんだい?」

「簡単よ。貴方の今までの過去に遊んだ女ども、皆私と系統が近いもの。顔は私の方が良いけどね」


十七歳の時に、修学旅行に来ていた紫織ちゃんと織田作が遭遇した後、気絶した彼女を見て私は彼女を頭の中から消すことが出来なくなってしまった。当時から其れが恋であることはなんとなく察していたが、二十歳の時に葵祭に出ていた彼女を見ても、湧かなかった感情が、横浜の地で本当の意味で出逢った時まで本当に恋というものは自覚が無かった。

 けれどそれ以前から、無意識に彼女に似た女性を求めるようになっていたのは事実だ。十七歳から二十歳までは髪の長く優しく、愛らしい子を。二十歳から最近までは品が良く、学識に恵まれた女性。そして共通して、何処か紫織ちゃんに面影が似ている子を。

 此の子には見た目の雰囲気以外は全く似た要素が無かったから知り合っただけですぐに切り捨てた。

 紫織ちゃんは罵倒されたら同じぐらいで云い返すけれど、普段はある異性一人を覗いてそんなことは云わない。


「ねえ、なんであんなブスと付き合うの?胸だって私の方があるのに」


彼女は私を上目つかいで見上げて寄ってくるので私は彼女を振り払う。


「見た目で付き合ってるわけではないよ」

「嘘。治、あの子にいっつも可愛いねって云ってるじゃない。私知ってるのよ!」


ストーカーまでしていたのかと思うと執念に関心した。本当に嫉妬は恐ろしいものだ。


「あぁそうだね。紫織ちゃんは可愛いし、君みたいに同性の見た目を悪くなんか云わない。君みたいに自分の良いようにだけ補正をかけたり、今みたいに仕事をサボって来たりしない。君よりよっぽど謙虚で努力家で脆いところもある、れっきとした女性だよ」

「……な、なによっ…わ、私が女じゃないって云いたいの!?」

「少なくとも、女性に向かってブスだの大声で云う子は女性じゃなくて、そういう醜い生き物だ」


私の言葉に反論できないのか、彼女は顔を醜悪に赤く染めてぶるぶると震え始めた。少し云いすぎたか、今にも爆発しそうだが、紫織ちゃんを悪く云った者は絶対に許さないと決めたから仕方ない。


「ふざけんなっ……!」


人は論破されると手が出るという。彼女もその例に漏れず、手を振り上げた。

 一回ぐらい殴られて市警にでも突き出そうと思い、弱そうな鉄拳を受けようと思うが、右側からの彼女の手は紫織ちゃんによって受け止められた。


「おまっ」

「太宰さんに触れようとしないでもらえますか」


太田の腕を払うと、私の前に彼女が立った。普通は逆じゃないないかな??


「彼の今までの女性がどんな系統だったとか、私には関係ないですし、貴方の事も関係ありません。そして貴方にも関係ありません。何故なら太宰治は私の恋人ですから!」


そして茫然としている彼女から踵を返し、私の左腕を掴むと彼女は私を引っ張って歩いて行く。歩幅いっぱいに早く此の場から離れようとしている気持ちが伝わってくる。

 暫くの間、周りの音が聴こえないほどに私の心臓は大きく鼓動を鳴らしていた。こんなこと、今までは無かった。彼女と初めて出逢った時も、葵祭の中継を見た時も、お互いに存在を認識し合った時も、こんな風に……顔まで熱い。


「……紫織ちゃん。もう良いよ」


追ってきてないから。私がそういうと彼女はやっと足を止めた。もう社員寮が近い道まで来ていた。狭い歩道の真ん中で止まったが周りに人はいないので大丈夫だろう。


「嬉しかったですよ」


彼女は振り向かず呟いた。


「あんな風に思ってくれていたんだと判って、凄く嬉しかったです」


話を訊いていたのか。ならそれ以前の話も聞いていたのか気になる。

 紫織ちゃんは知らない。私が此の五年間、紫織ちゃんの面影を探して女性と付き合っていたことなど。


「だから、太宰さんの過去の女性なんて興味ありません。此の気持ちはあの時から変わりません」


紫織ちゃんは山崎富栄の時、過去の女性のことなんてどうでも善い、今の方が大切で、此れから一緒にいることを楽しみにしていた。とそんな事を云っていた。

 其れは過去に無頓着な訳ではない。何故なら彼女はずっと過去に囚われていたから。紫織ちゃんが私の過去に拘らないのはきりが無いからだ。気にしていたら埒が明かない。だから興味がないなんて云える。


「だから、今急に云う必要はありません。気が向いたらで良いんです」


漸く、彼女が振り向いた。優しく、私を見ている。微笑んでいる。

 マフィアにいた頃、付き合っていた女性には〝何も聞いてこない女性〟が好みだと云っていたことがある。紫織ちゃんは何も聞いてこない。けれど理解している。理解しようとしている。

 紫織ちゃんと出逢ってから初めて感じる、ある感情。


「うん……有難う」


本当の恋は甘く、苦く、息苦しく、そして蕩けるように優しい。




手を繋いで歩き始めた。掌四分の一ほどまである包帯が少しくすぐったい。けど其の感触もどこか愛しい。

 私が先刻云った言葉で彼は少し、何かを話そうかと迷っているかのように思ったが結局は云わなかった。けど、其れで良いんだ。焦らせる必要はないし、今の所其れを訊かなかった所でデメリットにはならないだろう。


「そういえば仕事は?」

「早上がりさせていただきました」


気が付けば夕方で、今晩は何を作ろうか。今度こそは失敗しないように作らないと。


「今日の夕飯も楽しみだなぁ」


彼の此の心優しい期待に早く答えたい。すると車道と歩道の境目が無い道路に入ると彼がさり気無く車道側に移動して私の肩を抱いた。

 肩を抱かれるのは正直恥ずかしいが此の、さり気無い気遣い、優しさに私は初めて惹かれたことを思い出す。あの時は毛布を掛けて貰った。そして彼の端正な横顔を見て、私は彼に恋をした。

 今も変わらず、彼は優しく肩を抱き、私を護る。あの時、うたた寝していた私が風邪を引かないように毛布をかけてくれたように。

 彼と出逢って初めて自覚した、ある感情。


「今日も頑張ります」


初めて自覚した恋は、眩いほどに輝いて、私を優しく包む。

著作者の他の作品

陽月様宅の企画、「文豪学園」の三次創作。※本編の設定から多少いじり、一部派...

FGO夢主と銀腕の騎士の夢小説。うちよそ要素ありあり。