御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

家族Ⅱ

一人暮らしには広すぎる一軒家の二階窓から、青年は正面の家を眺めていた。

 彼がこうやって正面の家を眺めているのは家主たちが絶対にいない時のみであり、もしこの行動が家主たちに見つければ其の目的が勘のいい人たちに気付かれてしまうからである。

 家主である太宰夫婦と知り合ってからそろそろ一年が経とうとしている時に彼は思ったのだ。六月十九日は夫の誕生日であることに。

 知り合ってから少ししてからそれとなく聞いていたのでなんの疑問も持たれることなく贈り物が渡せるだろうと青年は思っていた。

 茫然としていると聞きなれた車の排気音が聞こえたので帰って来たのだろう。彼は一旦、窓から離れ、あの家族が車から降りるのを耳を澄まして待っていた。そして、


「みなさ~ん!」


青年は窓から顔を出して車庫の前で話している夫婦と其の息子娘に向かって声をかけて手を振った。

 すると夫婦はもう三十歳を超えたとは思えないような若い笑みを浮かべて手を振りかえした。


「今行きますから待っててくださいね~」


青年は意気揚々と声をあげたあと、家中の階段を飛ぶように降り、リビングに準備していた花束を持って玄関に出た。

 彼の持っている花束を見ると夫である太宰治は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうにはにかんだ。

 太宰が受け取ったのは彼の誕生花である黄色い薔薇の花束。


「有難う薫君。態々用意してくれたんだ」

「いえいえ、一人身の僕にも優しくしてくださっているのでお礼です。先月は紫織さんに渡せなくて済みません」


軽く頭を下げると、先月誕生日を迎えている彼女は気にしなくても良いのに…と笑みを浮かべる。


「それより良いのかい?この花束、大きいし高価なんじゃない?」

「大丈夫です。店員割引効いてますから」


すると太宰は「では、遠慮なく受け取るよ」と其の花束を抱える腕に力を加えたように思う。

 紫織の方はまだ小さな子供二人の手をぎゅっと握って「よかったね」と彼に声をかけた。


「ぱぱおなはもらったのー?なおもなおもー」


紫織の手を握ったまま父親である彼に向かって手を伸ばす、娘の直。

 すると青年は五歳の少女に目線を合わせて頭を撫でる。


「じゃあ次の直ちゃんの誕生日にもお花を準備するよ」

「ほんとぉ!」


無邪気に喜ぶ直は、青年の足元に抱きついて「だいしゅき!」と蕩けるような表情を見せる。


「え、良いのかい?」

「ええ勿論。お二人の子供ですからね」


すると紫織は彼の優しさに心打たれたのか顔を後ろに伏せ、小刻みに震えながら「良い子過ぎる……」と呟いた。直とは反対の手を握っていた光も照れ隠しをし乍もお花が楽しみそうに思える。光の誕生日は今月の二十九日で近いのだ。


「そうだ、良かったら家に上がらないかい。ホールケーキを買ったのだよ」


家族四人が是非来てほしいという眼差しを向ける中で青年はとても申し訳なさそうに其れを断った。


「いえ、今日は買ってきたサルビアを庭に植えようかと思っていたので」


彼の云う通りには道路に面した玄関側の側面にはリビングが覗けるほどの大きな窓があり、その窓の前には小庭のスペースには、花を植える為に土を耕した跡がある。そして彼の云う赤や青、紫、白のサルビアの鉢植えが置かれている。


「大変嬉しいんですけど……」

「あなら、切り分けてくるから後で休憩中にでも召し上がって!」


手を打って案を出した紫織。其の案に夫も乗る。


「有難うございます…!」


心の底から嬉しそうに彼はお礼を云った。

 そして彼の分を切り分けたケーキを太宰から受け取った。


「サルビアって様々な色があるのだねぇ」


少し関心深そうに太宰は呟いた。青年は彼からケーキを受け取った後、其れを冷蔵庫に入れ、庭の作業に移る。


「ええ、色とりどりで綺麗だったので衝動買いしたんです」


上手く咲くと良いなぁ……彼はそう呟いた。


「……家族愛か」

「えっ」


太宰の呟きに青年は不意を突かれたように声をあげた。太宰は優しい笑みを浮かべている。


「此の花の花言葉らしいよ?良い言葉だ」


青年は、薫は緊張から鼓動のスピードを上げていた。此の鼓動を彼に知られるわけには行かない。


「太宰さんにとっては、其れは如何いう意味ですか?」


薫の質問に太宰は幸せそうに答えた。


「私の、生きる糧さ。紫織ちゃんや子供たちが居なかったら私に生きる意味はないからね」


想い言葉。けれど其れは真実で、薫は其れを深く理解している。

 太宰の抱えているものも、紫織の業も、そして自らの生きる意味、目的も。此の家族の事を薫は理解している。


「……綺麗に咲いたら写真を撮らせてくれるかい?」

「ええ、是非」


太宰は手を振り、家に戻っていく。此れから彼が主役の誕生日会が始まる。時間はもう夕方だった。

 梅雨だというのに晴れている今日は、少し湿った風が彼の頬を撫でる。湿気で、直毛にしていた染めている髪が少しうねる。


「当て直さないとな……」


太宰が家に入ったのを見た後、うねった髪を見ながら彼は独り言を呟いた。

 そう云い乍も、今は、庭に花を植えることにした。

 そんな彼を彼の家の屋根から眺めている女性が一人。彼女は異能を使い、姿を消していた為、誰にも気づかれてはいないようだった。


「誕生日おめでとう。太宰治。――」


女性は二人の男性の名前を呼んだ。一人は今日の誕生日を。もう一人へは、もうその日に祝われることはない一人の為に。

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