御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

状況

「も~!さっぱり判りませぇ~ん!分数なんて私にはむ~り~」


机に向かっていた少女はシャーペンをその場に置くと駄々をこね、机をバンバンと叩く。目の前には彼女の叩く机で頬杖をついて勉強を教えていた中原のが。

 萩原に教えている算数が漸く小学生卒業に近い所まで来たのだか諦めが速く飽き性な彼女は何度もペンを捨ててしまう。中原はそんな彼女にすっかり慣れて呆れたり怒ったりもせず無


の境地で「さっさとシャーペン持て。あと少しだろ」と云うばかり。


「さっきも聞いた!これで三回目だよ!」

「張と記憶力はあんじゃねェか」


すると彼女は彼に、殺人マフィアだの、チビ幹部と云い対抗するが効果が無く逆にチビが癇に障ったのか頬を抓られた。結構痛かった。

 萩原は拗ねてしまって算数の問題集を閉じた。


「もー知らない!私が勉強しなくてちゅうやさんが困ればいい!」


と云って顔を背けても中原は特に慌てる事も無く「そうか。なら今日は帰る」とあっけなく答えた。

 椅子から立ち上がるので萩原が慌てて彼の外套にしがみ付いて止める。待って待って!と必死に引っ張る彼女と、帰らせろと前に進もうとする中原。


「もう一寸頑張ってやらせようとしてよ!」

「面倒臭いなお前!」


渋々椅子に座る中原の隣に座って勉強を再開する。

 中原は未だに彼女のやる気スイッチという物が判らない。余程一人で勉強するのが厭なのか、勉強する時は必ず中原を傍に起きたがる。

 彼女が飽きて中原が帰ろうとすると大体は今の方に必死に引き留めるのだ。其れに引き留めに成功しても彼女の勉強効率が上がるわけでは無い。

 中原は何時も興味なさそうな顔をして彼女のやる気の出る事を考えていた。


「おい」

「はい?」


咄嗟に声をかけたが彼女が返事をして顔を向けてくると云おうとしたことが散漫して言葉が詰まってしまった。

 中原が黙っているので萩原は算数の問題集に目を戻す。彼は何とも云えないもどかしい心境になり頭を両手で掻いた。そうしていると彼女が最後の問題を解き終わって晴々とした顔で


問題集を中原に押し付けた。


「はっはっは!私もやればできる子!YDK!!」

「変な言葉ばっかり覚えてンじゃねェよ」


すると彼女は突然くねくねと挙動になり中原におねだりをした。何か褒美が欲しいと云う。


「褒美なぁ……」


今のところ彼女は何をあげても大体喜んでいる為特に特定にあげられるようなものがない。

 思いつくものもなく、何かないかとまじまじと彼女の顔を見つめる。そしてなんとなく彼女の頬を抓った時の感触を思い出した。萩原は中原の返答をずっと待って目を輝かせている。

 中原はつい出来心で彼女の頬に口を寄せてみる。


「へっ…?」


と、彼女のとても驚いた声がすぐ近くで聞こえる。

 唇で触れた彼女の頬はとても柔らかく、歯を立てて感触を更に楽しんでみたい気にさせた。


「あの……ちゅうやさん?」


珍しく彼女の照れた声を聴いて中原は正気になる。彼女の肩を掴んで遠ざける。彼女の顔より自分の顔の方が赤く染まっていそうで嫌になる。

 萩原の驚きに満ちた表情を見て彼は大きな後悔に襲われる。

 彼女は頬にキスされたことには照れていない。というか多分、キスというものが判っていない。


「今のは?」

「……褒美」


と云うとやはり彼女から苦情の嵐が起こる。

 血迷ったことはするものでないと中原は思った。




徳田は最大の危機に見舞われていた。


「ね、君はいい加減、白状しなよ」


乱歩の部屋にいつものように彼女は頼まれたお菓子を買って届けに来た。いつもと特に変わった事もなく、お菓子を持って、渡された合鍵を使って部屋の中に入って彼にお菓子の入った


袋を手渡した。なのに、突然床に押し倒され、彼にこんな風に脅されている。


「え、は…何を……」


驚きと羞恥心でいっぱいで目を合わせることも出来ない侭訊くといつもの様に「本当に秋梨は莫迦だね」と確定で云われてしまう。彼よりは其れは莫迦だが彼女の自尊心が傷つかないわ


けではないのだが、彼のことだからそんなこと考えていないだろうと半ば諦めている。


「如何して僕が、こんなことを態々すると思っているのさ」


徳田にはさっぱりだった。

 この際に説明しておくが、二人は別に交際をしている間柄ではない。徳田的な考えでは主人と下僕の関係に近いと思っている。彼女には乱歩に対する恩義や尊敬の念があっても乱歩に


とっては便利な使いとしか考えていない筈だ。探偵社でバイトする時になった時もパシリと自分で云ったのだから。


「僕がこんなに意思表示してるのに」

「乱歩さ……っ」


彼女の言葉を遮るように彼女の口を塞ぐ。

 徳田が驚いて目を見開かせるが、驚きが多すぎて抵抗は出来なかったが、目を開いていることによって、同じく目を開けていた彼の緑色の瞳と視線が合った。途端に感情が爆発したよ


うに言葉にならないような声が喉から上がってくる。


「判らないの?本当に?僕の考えてること」


唇が離れて少し苛ついた声で云われる。徳田も此処までされると流石に判る。けれど本当のところ、なんでこんなことになったのかは判らない。


「なんで……急に、こんなの…」


顔を逸らすと両手を頭の上で纏められ、乱歩は片手で彼女の腕を掴み、もう片手で彼女の頬をむぎゅっと掴んだ。


「君がいつまで経っても云ってこないから。僕に判らないことがあると思う?……自分から迫ったら恰好つかないし……」


乱歩は子供のように不貞腐れた顔で徳田を睨んだ。今の彼は彼女からみて同年代の子供のように見える。


「秋梨が悪い。君側から云ってきたらゆっくり相手していこうって思ってたけど、もう僕が好いようにしていくから」

「ちょ、一寸待ってください!一体何時から!?」


徳田の質問に乱歩は、先ほどから一遍し、大人の色というものを見せながら呟いた。


「そんなの……秋梨が僕のことを好きになった時から判ってる」


其の言葉に彼女は真っ白な頬を少し赤くさせて、何から来るものか判らない涙を浮かべてもう一度聞いた。


「乱歩さんは何時から私を……」


彼は彼女の目尻に溜まる涙を拭いてあげるともう一度口を寄せた。「何時からだと思う?」と逆に質問で聞き返して……




織田の頬から月宮は顔を離す。すると嫌そうに顔を顰めて呟いた。


「髭が当って痛い」

「そう云われてもな……」


頬近くまで浸食する無精髭、其れが彼女のお気に召さないのか、其れ以降ずっと嫌そうな顔をしている。元々髭が濃いのはそんなに好きではないらしい。


「ちゃんと剃ってるの?」

「ああ。朝に剃っているが、夜になる頃には既に駄目だ」


月宮は「美少年は矢張りつるつるすべすべに限るわ。まだ二十代っていうケツが青い餓鬼の癖に髭なんて見せないで」と散々に云う。


「そんな日本の例えも知っているのか。流石だな」

「は?蒙古斑なんて黄色人種の殆どがなるのよ。私は元々黄色人種だから知ってるわ。其れに変なところにつっこまないで」


最近彼女は自分の身の上をかなり薄くだが話すようになってきており、織田にとって嬉しい変化だった。


「では月宮が生やしたら似合うか?」

「似合う以前に厭よ。個人的には絶対にね」


すると織田は黙った。急に黙るので月宮は横目に彼を見る。何か考えているようだった。

 そして何か思いついたように云った。


「なら別の場所にキスすれば良い」

「厭よ」


例えば…と織田が云い切る前に月宮は彼の言葉を切る。彼女は織田の提案した場所も察したのだろう。


「私、貴方を親しくは思っているけれど、愛情は持っていないもの」


そうか、と織田は下を見る。月宮は大きく溜息を付く。彼が態々演技をする人物でもないことを知っているので、本心を知って面倒臭いことになったと溜息をついたのだ。


「愛情は出会ってすぐに生まれるものではないわ。時間を重ねて、相手を知って、相手にも自分を知ってもらって初めて生まれるのよ。織田君は私を知らなさすぎる。そんな相手に愛情


なんて持てないわ」


だから諦めなさいと月宮は織田を言葉で突き放す。けれど彼は月宮から離れようとせず髪を一房掬うと、彼女の絹糸のような黒い髪にキスをした。


「恋は愛情とは違うぞ?」

「……はぁ~…織田君面倒くさぁ……」


天井を見て、天を仰ぐよう月宮は云った。




「……」


探偵社内に気まずい雰囲気が流れる。

 太宰が式部に場所も構わずキスを繰り返すのだ。其れも軽く触れるような甘いものではない。

 式部はキスされた後もまるで何事もなかったように仕事を続けるが、仕事をサボり続けている太宰は彼女の後ろに張り付き、まるで飲み物を飲む感覚で式部にキスを繰り返す。

 前々から、二人が給湯室や医務室で接吻を行っていたのは知っていた。其れ以上のことは流石に職場なのでしていないが、仕事の合間にするのは流石に気まずい。探偵社には歳的には


中学生相当もいる為教育に宜しくない。初心な社員たちにも作業妨害になる。特に国木田は仕事をサボり、この様な行為を繰り返す太宰を脳内で何度も刺す程だ。


「間隔狭すぎです」

「そんな事ないよ?」


式部もこんな風に云うが行為自体は止めない。完全に目が座っている。 そしてまた、太宰は式部の顔に自身の顔を近づける。すると事務室の扉が勢いよく開いた。

 突然の

出来事に太宰もキスをする寸前で動きを止めて入口を見る。

 入口には清原が鏡花を担いだ姿で立っていた。表情はいつものように涼やかだが、肩で息をしていた。鏡花は少し頬を紅潮させていた。


「太宰君……!」


いつもより切羽詰まった声で清原は太宰の方へ歩いていく。




事は約十分前、街で偶々、清原と鏡花が顔を合わせたところから始まる。清原は最近彼女と会う頻度が高いことに疑問を持っていたが一先ず彼女の身長に合わせてしゃがんで「こんにち


は鏡花ちゃん」と挨拶した。


「こんにちは……」


と彼女はもじもじして挨拶を返す。しかし次の彼女の行動に清原は度肝を抜かれることになる。

 鏡花は彼のネクタイをひっぱり更に背伸びをして口元にキスをする。唇ぎりぎりな場所で、彼女も唇にする勇気は流石に無かったのだろう。けれど十分に清原は動揺していた。


「鏡花ちゃん……此れ、誰に倣ったの……」

「前に太宰さんが……」


平静を保とうと低い声が出て鏡花は少し怯え乍呟いた。彼を怒らせたと思ったのだろう。


「ふっ……否、君には怒ってないよ……君には怒ってないけど…」


殆ど息を吐くだけの笑みを零したあと、彼は無言で鏡花担いで走り始めた。




「君っ…鏡花ちゃんに何見せたの?今も何してたの??莫迦なの??」


鏡花を離し、太宰の胸倉を掴み、抗議した。

 太宰はお道化にニコニコして答える。


「何もしてませんよ。私は何も」

「してない訳ないでしょ、彼女が僕のネクタイ引っ張ってきて口元にキスして来たんだよ??こんなのどこで覚えるっていうのさ」


其れに今のは現行犯でしょ、こんな昼間に莫迦なの?阿保なの??と清原は珍しく饒舌だった。相当錯乱しているようだ。

 すると隣にいた式部が「あ…」と声を漏らした。


「何、紫織さん。何か僕がされたことに心当たりがあるの?」


ずずいと顔を近づけるので、式部に近いうざいとと額を押される。そして何を思い出したのかほんのりと頬を染めて答える。


「其れ……やったの私……」


此処にいた殆どの人物が「お前かよ」と式部につっこみを入れた。


「……給湯室で…見られてないと思って……鏡花ちゃんに見られてたとは……」


詳細は式部も太宰も鏡花も云わなかったが、どうやら式部が太宰のループタイを引っ張ってキスをしたところを偶々鏡花が目撃して真似たらしい。

 真顔になった清原は低い声で呟いた。


「教育に悪過ぎるから今此処で苦情云って帰る」


清原の苦情は二時間続いた。




一方その頃。一階の喫茶うずまきで、鼠をやめたチェーホフは元同僚のモンゴメリと同じく働いていた。

 彼女は此の近くに部屋を借りて生活しており時折ポオと会ったりなどして少しずつ距離を縮めていたのだが、最近少し変化があった。


「チェーホフ?手が止まっているけど」


彼女は心此処に在らずでモンゴメリの言葉にも無反応で、茫然と洗い物の途中で止まっていた。

 進展があったのは昨日。彼女の部屋だった。


「今日もお疲れさまである」


椅子に座っている彼の前に珈琲を置いて出迎えると彼が口角をあげて呟いた。声の大きさの制御が苦手な彼だが、最近は緊張も少なくなっているようで彼女は嬉しく感じている。


спасибоありがとう


ふいに出た露西亜語の後、チェーホフは思い切って彼の隣に座ってみる。すると彼は面白いぐらいに肩を跳ねさせて、頬をじわじわと赤く染めていく。

 チェーホフは更に悪戯心が湧いて彼の肩に頭を倒して置いてみた。彼がどんな反応をしているのか楽しみで、彼女は上目で彼の表情を伺った。

 ポオは頬を紅潮させていたが目は本気だった。彼女が幾度となく見てきた男の目だった。彼女は言葉を詰まらせて何も云えなかったがポオは口を開いた。


「我輩が慣れていないと思って煽っていたら……其れは間違いであるよ」


低い男らしい声と発言に心を打ち抜かれたような思いになり、口が自然に開いて放心状態になってしまう。

 其の隙をついて触れるだけの優しいキスにチェーホフは此れでもかと目を見開いた。彼の長い前髪が顔にかかってくすぐったいのもなんの問題にならない。

 強引に引き寄せ乍も優しいキス、先ほどの男らしい発言、けれど真っ赤になった彼の顔、其の全てに彼女は虜になってしまった。


「わっ!一寸!?鼻血出てるわよ!!」

「胸が苦しい……死にそう……」


チェーホフはそう呟き、モンゴメリが狼狽えている隣で鼻血を出して倒れた。其れは其れは幸福そうな顔だったという。

 

著作者の他の作品

自傷、少しのグロ描写あり。

異能力使用可能のサバイバルゲーム・流血表現アリ・うちよそ要素アリ