御伽草子

☀海棠緋寄🔪
@Enph_hiyo12

素直

IF、もし織田作が死なず太宰が幹部から首領になり、紫織が17歳の時点でマフィアに入っていたなら。




「ねぇねぇ、太宰首領ってどう思う~?」


またこの話かと、式部は脳内で溜息を吐く。

 本部ビルの食堂で女構成員たちの会話が聞こえて来て式部は呆れ顔になる。

 太宰という男にマフィアにほぼ誘拐という形で加入した彼女は現在は彼の補佐及び幹部を任されている。


「やっぱり良いよね~恰好いい」


彼は見た目が良いため女性たちにとても人気だ。

 確かに彼の見た目はとてもいい。けれど中身を知っているとこんな風に話せない。


「お早うございます」

「ぁ、おはよう」


隣良いですか、と話し掛けて来たのは芥川ふみという部下の一人。遊撃部隊に所属しており、その芥川龍之介と銀とは兄妹である。

 食い気の強い彼女は丼や麺類の乗ったお盆を持って式部の隣に座った。


「幹部は、其れだけで足りるのですか?」


ふみは式部の昼食であるミニサイズの肉丼を見て呟いた。此れと後セットの味噌汁だけで充分だというと彼女は「私にはとても足りません」と呟いたと同時に腹が鳴る。

 照れるようにすみませんと謝ると我慢出来ないのか丼を食べ始める。

 式部は黙々と箸を進めるふみを呆然と見つめる。


「もう少し落ち着いて食べたら?」

「食べている間にも空腹に耐えられないのです」


そう…と食事の邪魔は良くないと式部も黙々と食べ進め、二人の食べ終わるタイミングは丁度一緒だった。


「…ふぅ。甘味でも食べようか……」

「まだ食べるんだ」

「良かったら幹部も如何ですか?食堂のフルーツゼリーはかなり美味です」


じゃあ食べてみるよ。と呟くと「買ってきます!」と代金も貰わず彼女は食券を買いに行った。少ししてゼリーを持ってきた彼女は、初めてのおつかいを成功させた子供のように目を輝かせている。

 式部が財布を取り出すとふみは全力で首を横に振った。


「結構です。私が幹部の為に買ってきたのですから!」


式部が小銭を押し付け其れを跳ねのけるふみの攻防戦が数分続いたあと、幹部命令と囁くとようやくふみが折れた。

 小銭と交換したフルーツゼリーは慥かに美味しかった。果肉以外にも味替わりに寒天が入っている。

 美味しいと呟くとふみは満足そうに笑みを浮かべる。


「其れにしても首領の話題は尽きませんね」

「うん。飽きないよね」


式部に何か話題を振りたかったのか、いまだに太宰の事を話している女性構成員たちの事を会話に上げた。彼女らにはギリギリ聴こえない範囲で。


「ふみさんは首領の事嫌いだもんねぇ」

「……違います」


「嫌い」と云うとふみは首を横に振った。彼女の表情は明らかに嫌いという顔だったが。


「別に態々、周りの事を気にしなくても良いのに」

「違います……私は……」


彼女が太宰を嫌いと思う理由も、そして嫌いと云えない理由も式部は判っている。式部がマフィアに入った頃、その時こそが彼女の転換期でもあったから。

 彼女は双子で片割れである芥川龍之介に見放されたく無ければ、嫌われたくもないのだ。けれど彼が太宰に心酔しているが故にふみは、太宰を嫌いとも云えなく、苦手と云うしかないのだ。


「幹部こそ、苦手は人はいらっしゃるでしょう」

「私は素直に嫌いと云うわ」


式部はにっこりと如何にもな笑みをふみに向ける。ふみの云う式部の嫌いな人物は、マフィアの雇い暗殺者で、かなり優秀な人物であり、先々代の首領の頃からマフィア預かりで暗殺を行っており、マフィアの本部にも顔を出すことが多い。式部は彼を見るたびに顔を歪ませているので、式部に心酔しているふみも其の人物の事を良く知っている。


「彼は別に悪い人ではないと思うのですが……基本的に」

「なんか、こう、生理的に無理。見てるだけで無理。視線が合うとぞっとする」


人には生きているとそう思う人物は少なからず居ると云うので彼が、式部に対しての其れなのだろうと思う他ない。


「……其れよりも、午後からの仕事は何をするの?」

「はい、我々の市場で密売買を行っている者どもの始末を」


会話を流し、仕事の話題をすると式部は「私も行こうかな」と呟く。


「え、態々幹部に来て頂くような相手でもありません!」

「偶には私も現場に出ないと腕が訛るからね」


そう云うと承りましたとふみは頷く。すると式部は首領に仕事に出る事を伝えに彼の執務室に向うことにして一旦ふみと別れた。

 食堂から出て、競歩で太宰のいる部屋へ向かう。彼は今頃、執務室で大量の紙の山の前で寝こけているだろう。

 式部の仕事は主に太宰の補佐、詰まり秘書のようなもので、彼の仕事内容を完全に把握している。彼にサボり癖があるのも判っている為、式部も彼の仕事を手伝っているのだ。

 扉をノックし返事が入ると式部は執務室に入る。今日は珍しく起きているようだ。


「あ、ちょっ」

「ナイスキャッチ」


中に入った瞬間を見計らったように太宰から紙飛行機が飛んでくる。その紙を広げるとペンで大きく「付き合って」と書いてある。


「資料に落書きは止めてください」

「内容に関しては今日も無視かい?」


紙を広げると他組織からの手紙だった。内容を見る限り、特に必要もないものなので式部は安心した。


「ねえ、紫織ちゃん。如何して私が君をマフィアにしたと思ってる?」

「そのくだりは耳に蛸が出来る程訊きましたが」

「ならいい加減に年貢の収め時とは思わないかい?太宰の名に収まる時だよ!」


太宰は豪華な椅子から離れて机の前にいる式部に寄ってきて腰を前から抱き寄せる。

 甘えるように寄り添って接吻しそうな程顔を近づける。

 式部は黙っている。澄ましたように無表情で太宰を見つめる。

 太宰の紙飛行機に書いてあったように二人はまだ付き合っていない。これは太宰の求愛行動だ。彼女がマフィアに加入して五年、この求愛はずっと続いている。最初はされる度に焦っていた式部だがここまで来ると慣れてくる。


「ちゅーしちゃお」

「……」

「太宰」


式部と同じように無表情で淡々とした織田が部屋に入って来て声を掛ける。太宰が式部を抱きしめている情景を見て彼は、


「午後の食事会はどうする?」

「紫織ちゃんとの食事に変更で!」

「待って待って!!」


式部は太宰を突き飛ばして織田の方へ逃げる。

 織田は特に二人の様子を気にすること無く内容をメモをとる。

 取らなくて良いし勝手な変更は駄目!とメモ帳を奪い取る。


「食事会はちゃんと出てください。織田さんも首領を甘やかしたら駄目です!」

「俺は太宰の要望に応えてるだけだが?」

「それを甘やかすっていうんです!!」


大体もうお昼食べて来ましたと云うと太宰は「誘ってよぅ」と頬を膨らませた。

 その後も彼の説得をして食事会に出る準備をする。


「で、勿論紫織ちゃんも来るでしょ?」

「私は別に仕事が……」

「じゃ行かない」

「仕方ないですね行きましょう」


太宰はそれは嬉しそうに黒い笑を浮かべる。こいつ若しかして私が別の仕事に行くことを判ってて態と云ったな。と勘づいてしまう。ふみに謝らければと溜息を付いた。


「んふふふ。私は紫織ちゃんの行動を判っていないとでも?」

「ストーカーは嫌われますよ」

「まだ紫織ちゃんに嫌われてないから善いの!!」


こんな緩い首領で良いのかと時折心配になる。




移動の為に乗っている社内で先ほどまで上機嫌だった太宰の機嫌は急降下。式部と二人きりだと思っていたのに他の同行人に中原を抜擢されたのだ。式部的には妥当な判断だ。


「紫織ちゃんと、二人だと思ったのに。真逆、中也を抜擢されるなんて……織田作……」

「善い判断でしょう。私だけでは護衛は出来ませんから」


と云っても付いてきた中原も幾ら今では上司とは云え、自身の一番嫌いな人物と一緒に行動するのは嫌なようだった。苛立ちが顕著に見える。


「俺だけで善かったと思えよ。芥川も呼んでやろうか?あぁ?」


最悪だから其れは止めて呉れ給えと太宰は渋々認める。

 式部は移動の間にふみに矢張り行けなくなった事を伝えた。


「ごめんね。私が急に云ったのに、結局行けなくて」

『いえ、問題はありません。其れは首領命令ですから』


式部の事を想っていながらも声質はかなり太宰に対して嫌悪感を出していた。今度何かお詫びを持て行くべきかと考える。食べ物でないと彼女はきっと受け取ってもらえないだろう。

 なんとも云えない複雑な雰囲気が続く中で目的の食事会の会場に到着し、まず最初に中原が外に出て受付人に確認を取った。

 その間はまだ太宰は緩い表情で式部を眺めていたが、中原が帰ってきて向かうぞとジェスチャーすると太宰の顔付きはマフィアの首領としてのものに変わる。


(この時は普通に格好いいんだけどな)


黒い装いの男女が三人で並んで歩いていると結構異彩を放つもので回りの人から無数に視線を向けられる

 けれど、其の恐怖と畏れの眼差しは慣れると心地良いものへと変わる。




食事会を終え、今後の意向について話していると時間があっという間に過ぎて本部に戻る頃には夕刻を過ぎていた。

 帰りの車内で先約と云われ、夕食を太宰から誘われた式部は、其れまでの時間にふみを探した。まだ帰っていない筈なので本部を歩いたり、異能であちこちに飛んでみたりして、漸く見つけた。


「ふみさん!漸く見つけた!」


小走りでふみを探していたので彼女は驚いたように式部を見る。


「如何かなさったのですか?」

「一寸、昼間の事で謝りたくて」


そう云うとお気になさらずとも…とふみは逆に困ったような表情で…いや少し嬉しそうな顔をしていた。

 電話で善かったのです。と呟くと式部は直接が良いと云うと彼女は更にに嬉しそうな顔をした。

 そして式部は彼女の白い手を取って、


「今度何処かスイーツでも食べに行かない?お詫びに」


するとふみは何から来るものなのか小刻みに震えて、頬を紅潮させてから開いたもう片手で口元を抑えた。多分口元が緩んでいるのだろう。


「……は、はい!是非…!」


式部が手を離して「また明日!」と手を振って太宰の元に行く後ろ姿をふみはずっと見送っていた。

 すると途中で式部が「あっ」と声を上げる。

 振り返って一言。


「私も翌々考えれば周りの事を気にしてたからおあいこね!」


ふみは小首を傾げたが、式部からのお誘いでふわふわしていてもうどうでもよかった。




「だざいさん!」


執務室の扉が開き、暫くの間「首領」としか呼ばれていなかったので苗字とはあれ、他の呼び方をされて少し嬉しい太宰。


「如何したの紫織ちゃん」

「如何したのじゃないですよ。夕飯食べに行くんでしょう?」


案外乗り気な式部に太宰は更に嬉しくなる。わーっと思い切って抱き着いても顔を背けられないし、其れ処か抱き返してくる。

 太宰は逆に式部が優しすぎて狼狽えて「大丈夫?風邪でも引いた?」と訊いて来る。


「失礼な。普通ですよ。少し貴方にも素直になろうかと思っただけです」


太宰は暫くの間、面喰ったように黙っていたが、真面目な面持ちと声で「紫織ちゃん」と彼女を呼ぶ。彼女は「はい?」と訊いた。


「此れに署名しない?」


彼が出して来たのは既に太宰の印が押された婚姻届け。


「其れは駄目です」


一言できっぱりと告げる式部に太宰は「あぁん。冷たい」と気にしていないように返した。

 式部は其の代わり、と続ける。


「デートでも食事でも添い寝でも付き添いましょう」


微笑んだ彼女と一瞬の間呆然とする太宰。


「添い寝!?添い寝いいの!!紫織ちゃんとあんなことやこんなことを!?」

「あんなことやそんなことはしません」


二人は手を繋いで、軽口をたたき合いながら夜の横浜に繰り出した。




お鈴さん宅、芥川ふみさんをお借りしました。ありがとうございました。

著作者の他の作品

異能力使用可能のサバイバルゲーム・流血表現アリ・うちよそ要素アリ

なの様宅「ドス月」をお借りしました!!ドス月+月宮(ほんのり織月)