御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

結納

「紫織ちゃんの所って結納とか張とする家だよね」

「え、多分……え、は?」


呆然としている式部の隣で「結納品如何しようかなぁ」と端末を見ながら悩んでいる太宰の顔は至って真剣だ。


「金には余裕あるし、全国平均では……うーん」


何か彼女の知らない間に結婚(入籍)が迫っているようで驚く。確かに今、彼女の左薬指には誕生日に渡された婚約指輪が輝いている。

 だが、あくまで婚約であり、式の事など一切話さないまま数ヶ月過ぎて今この状態に至っている為混乱した。


「資産では雲泥の差だから五十万ぐらいで良いかな?代わりに品を善い物にしよう」

「……二人共、余り派手じゃないものが好きかな」

「了解」


式部が動揺を隠せない侭、品についてアドバイスすると彼はにっこり笑い頷いた。




仕事場のパソコンを使い、画面を真剣に見つめている太宰に、驚いている国木田が其の画面を覗いた後、首を傾げ、近くで資料を纏めていた式部に話しかけた。


「式部。太宰が真剣に仕事をしていると思えば奴のパソコンの画面はスーツのカタログだったのだが、何かあるのか?」

「お、恐らく結納と、其れと同時にする顔合わせ用のスーツかと……」


其の言葉に彼は面食らったように仰け反り、目を見開いた。


「本当か!?あの太宰が本格的に地に足を付ける気なのか!!」

「国木田君。足は元から地についてるから」


私だって張とする時はするよ。と少し傷ついたように目を細める。其の姿に国木田は更に「真面だ…」と放心した。

 式部も顔合わせの時の服について一抹の不安を感じていた。




太宰はその後もテキパキと段取りを立てて行く。元来、やれば何事も卒なく熟す彼は仕事が速い。式部の両親との連絡を取り合い、日にちも決めたらしい。式部には基本事後報告で、「日にち決まったけれど、大丈夫だった?」と訊く程度だった。文句は無いので問題ない。

 そうしているうちにとうとう、実家を訪ねる日が来てしまう。


「荷物確認大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です…けど」


 朝早くに横浜を出発し、昼には京都の実家に着くようにしているので朝も早いのだが、彼はとても起きるのが速かった。服装も、今は上着は羽織っていないがとても着こなしている。横髪を片方、耳に掛けているので何時もとまた違う印象だ。


「緊張してるの?」

「……はい」


自分だけで親に会う時ですら緊張して萎縮してしまうのに、隣に彼もいて、結納するなんて式部にとっては発狂ものだ。あの高貴で高慢で他人に厳しく、癇癪を持つ母が太宰の前では大人しくしているとは考えにくい。恐怖でしかない。考えるだけでも肝が冷える。

 式部が真っ青でいるので太宰は彼女の頬を優しく撫でる。頭を撫でないのは髪型が乱れてしまわない為の配慮だろう。


「大丈夫だよ。相手は紫織ちゃんの肉親だもの。なんだかんだ云って、君は親に好かれているよ」


親に大切にされてきた子。判り難く、複雑ではあるが、彼女はそんな子供だった。厳しく教育され、礼儀作法を学び、様々な習い事やお稽古は、敵の多い家柄でも生き抜く為。其れは太宰も式部も理解している。そして其れは親の愛情故であることも。

 式部は頷いて「行きましょう」と微笑んだ。




実家に着いたのは予定通りの時間で、屋敷の敷地内からは使用人によって中へと案内され、入れられたのは客用応接室。

 家は和洋折衷の趣ある家で、見た目の通り明治ほどに建て直した事があるらしい。私有しているので中庭には日本庭園のようなもの。外側には洋風の庭園が広がっている。

 長い廊下通ると式部の緊張は更に高まる。実家なのに心休まる感覚が全く無い。


「よくいらっしゃいました。太宰治さん」


式部の母、藤代の表情は仏頂面だった。基本いつもこうで、此の不機嫌なのか普通なのか傍から見たら見分けが付かない所が彼女は苦手だ。何年も一緒にいると雰囲気で判るのだが其れでも矢張り苦手意識はある。

 二人が深々と礼をすると母の隣に座っている男性が穏やかに微笑んで座るように促す。


「ささ、まずはお食事にしましょう」


優しい笑みを零すのは父の桐雄。年中仏頂面の母とは対照的に終始穏やかに微笑み、此の家の癒しだ。従弟の葵惟以外に彼女を気に掛けていた人物であり、式部も父の事は嫌いでない。

 出された料理は家と同じように和洋折衷。様々な料理が並び、ナイフフォーク、箸の使い方も厳しく監視されているように見える。特に藤代は太宰の動きを特に見ているようだった。


(あぁ……此処に住んでた頃と一緒だ)


式部は不意に学生時代の事を想い出す。

 家族と一緒に食事ということは滅多に無かったが、時折起こる其の時、式部は何時も緊張していた。母の見ている前で粗相が無いように全力で心がけ、幼い葵惟の失敗が無いか。自分の粗相で母の機嫌を損なわないか。そんな事を考えて食事をしたせいで物の味がしなかったこと。

 けれど、太宰の方は心配無かった。彼はナイフとフォークの扱いも上手く、箸も美しく使い熟している。マフィア時代に教育されたと聞いていたのでその点安心だ。

 其のあとも事は順調に進む。結納品も無事に受け取って貰えた。


「……式の日取りは決まっていますか?」


藤代が呟いた。他の三人は酷く驚いた。桐雄の方も真逆、彼女がそういうとは思っていなかったのだろう。


「いえ、ただ来年の上半期中にはあげたいと思っています」


彼女は其の仏頂面を最後まで変えない。けれど声だけは最後だけ、少し柔らかかった。


「娘を宜しくお願いいたします。その子は親に反発して家を飛び出すような子ですが、張と勉強して努力して、今の能力を身に着けた勤勉で真面目で、優しい善い子です。愛には少し飢えていますが貴方ならきっと問題ありません」


自慢の娘です。そう云う親に彼女は何を思ったのかずっと俯いて黙っていた。




その後、長いこと話していた為もう夕方で、今日は両親が手配したホテルに泊まることになった。そうとうグレードの善いホテルのようで、太宰は二人に上手く気に入られたらしい。

 式部も安堵の溜息を付いて街を歩いているの何処からか名前を呼ばれているようで周りを見渡す。


「真逆……」

「あ、葵惟君」


太宰が声のする方を見て指を刺した。「お姉ちゃん!」と人混みを上手く避けて走って来たのは従弟でありながら双子のように似ている葵惟。式部とは対照的で、家の誰とも似ていない元気系。どちらかというとワンコ系男子だ。


「今日、結納だったんでしょ?俺も学校が無かったら一緒に居たかったなぁ!」


従弟乍らそっくりな二人に、矢張り判っていても違和感を持つ太宰。余り似ていない兄妹もいるなかでこんなこともあるらしい。

 今日は平日金曜日。彼は式部と同じ大学で学んでおり、今日は一日講義があったらしい。其れが無ければ結納の食事会に出たかったと話している。

 人懐こい性格乍ら、流石名門の生まれというだけあり雰囲気に品があり、服装も余り乱れていない。紫かかった黒髪と藤色の瞳もあり、性別以外では本当に彼女のようだった。


「ね、明日は何時ぐらいまでこっちにいるの?良かったら一緒にお出掛けしない??」


彼が本物の犬であれば今、彼の尻尾は大きく振られているであろう。目をキラキラさせて期待の眼差しを向けている。

 根負けして、三時ぐらいまでなら大丈夫と伝えると「散歩しよ!散歩!善いカフェとか知ってるよ!」と云うので本格的に犬だ。太宰も両親以外の家族と交流も必要だと思ったのか其れを了解した。集合場所と時間を決めて、一旦解散した。




ホテルに到着し、部屋に入ると太宰は荷物を置いて式部ごとベットに雪崩込んだ。彼女が動揺していると「つかれた……」と呻るような声が聞こえる。ずっと平気そうな顔をしていたが矢張り気を貼っていたのらしい。


「私頑張ったよ……紫織ちゃんと一緒に居る為に、頑張った」


胸が触れ合っていると判る。彼の心臓は大きく鼓動している。彼も又、緊張していた。けれど、一緒に居る為に彼はいつも以上に考え、行動していた。


「有難う。お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」


重みの負荷が増していく中、式部は太宰を抱きしめ、優しく頭を撫でた。


著作者の他の作品

うちよそ短編。清原と三九来さん。

橙オレンジ様宅のアーネストと清原とのうちよそ。公式キャラは出て来ません。