御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

恋歌2

或る日の昼。宮内の一角で貴族同士の歌会が行われていた。此処ではそれぞれが自分の教養を皆に広め、歌の交流を行う貴族たちが集う場。此処には帝の親類や、次期帝なども訪れることも偶にある。……例えば今日も。


「あ~ぁ、暇だなぁ。紫の上が来るまで暇だぁ」


帝の愛人の子である太宰も此の会に参加していた。目的は今日、参加すると噂されていた左大臣の娘、紫の上。もとい太宰と恋仲にある紫織。今日の会は教養があり歌が上手な彼女が来ると前々から噂が広まっており、普段姿を見せない彼女を一目見ようと来た輩も沢山いる。


「手前……此処は歌会なんだから一寸は何か歌を詠え」

「そういう中也もまだ詠ってないじゃないか」


太宰に中也と呼ばれた赤紫と深緑の文官束帯を着た明るい髪色の男性は、太宰とは腹違いの兄弟で、今の森帝からの次期帝と云われている。


「俺には手前と違って正室がいるんだ。そうコロコロと歌が出せるか」

「じゃあ何で来たの……」

「手前が紫の上、紫の上煩ぇから何か起こらないか見張りに来たんだよ!幾ら母上が違うからって兄弟を野放しにして事件を起こされたら堪らねぇ」


鬱陶しいなぁ、と太宰は顔を顰めた。

 本人が云うように中也には正室となる姫がいる。名前は朔の宮。紫の上の家とは別の、右大臣家の娘で、彼女の家も左大臣家と同じように帝に使えている一族だ。

 ただ、其の朔の宮と紫の上を比べると異なることが幾つもあり、数えきれない。


「其の正室様は来ないのかい?」

「知ってるだろ。彼奴は歌も出来なければ教養も皆無だ」


朔の宮は、教養が高く、琴もでき、容姿端麗と謳われる紫の上とは真逆で、教養も無ければ、何か楽器が出来る訳でもない。容姿も、この時代に置いて美人の象徴である黒髪ではなく、色の抜けた灰色だ。なので中也の生みの母である女性は欠陥品を掴まされた。紫の上と変えろと癇癪を起すほどだった。


「でも、中也は結構気に入ってるよね。彼女のこと」

「糞生意気で文も碌に返事を書かねぇ奴だけど、根が腐ってる奴じゃねぇからな」


ただ一寸、人生の出だしが残念だっただけだ。と中也は弁論した。「其れって貶してるよね」と太宰に云われても無視した。

 二人が歌を出さないまま雑談をしていると周りの貴族たちが騒ぎ始めた。そして騒ぎの中心には側近に連れられた美しい姫、紫の上の姿があった。滅多に姿を現さない深窓の姫君の登場に会場一帯が浮足立っていた。


「ほら、手前の目当てが来たぞ……って早すぎだろ」


中也が太宰に声を掛けるよりも先に、いつの間にか彼は騒ぎの中心にいる彼女の元にいる。作って来た歌を彼女に贈呈したのだろう。紫の上は嬉しそうに整った美しい顔を綻ばせていた。恋愛感情を彼女に持っていない中也でも少しドキッとしたほどに美しい。

 周りでは美しい容姿と甘い声で貴族たちに受けている太宰と、深窓の姫君と云われる紫の上の掛け合いに溜息を付く者たちが増えていた。


「最近、太宰様は左大臣の姫にご執心だと噂されて居たが本当だったとは……」

「御兄弟である中也様の正室が右大臣の姫だからかしら?お二人は仲が良くないと聞くから、対抗とかかしら」

「まあ其れだと中也様は正室争いでは負けだな。右大臣の朔の宮は歌も得意ではないと聞く。髪も薄い灰色だとか」


良からぬ噂を立てる貴族を中也は睨みつける。彼に睨まれた者たちは皆、蛇に睨まれたようにブルブルと震え、口を閉じた。


「幾ら彼奴と仲が良くねぇからって正室で争ったりしねぇし。彼奴だってそんな理由で姫を狙ってる訳じゃねぇよ」


太宰が紫の上と話している時の表情は、本当に幸せそうで頬を少し紅潮させて、恋している事が判る。太宰は本当に姫に惚れているのだと中也は判っている。だから、対決とかそのような下らないものに思いを穢されたくは無かった。


「……っち。興が覚めたから帰る。…おい太宰!そんなに嵌めを外すなよ!」


少し離れた場所で歌を詠み合っていた太宰に声を掛ける。「心配しないで呉れ給え。他の貴族たちもいるしね」と返って来た。紫の上にも、太宰にも双子の側近が付いているから問題ないだろう。あの二人はとても優秀な側近だと中也は訊いていた。なので、彼は自分の側近を連れて会場を後にした。




「おい。先に戻っててくれ」


側近にそう命令したあと、中也は歌会でも話題になっていた朔の宮の元を訪れようとしていた。

 中也の正室ではあるが彼の母から嫌われているため彼女は右大臣の家にいる。中也の家からは少し遠いが彼はほぼ毎日通っている。


「ちゅうや~!」

「!…ってめ!飛び出すなっ、姫が簡単に姿出していいもんじゃねぇって何度云えば判るんだよっ」


御簾からではなく、横の襖から部屋に入って来た中也に朔の宮。もとい右大臣の娘、朔乃が飛び掛かるように抱き着いた。少し勢いがあったため彼が後ろにふら付いたため朔の宮の姿が廊下から丸見えだ。中也は直ぐに彼女を部屋の中に押し込み自分の中に入った。


「ごめんごめん。つい。其れにしても今日は遅かったね。もうすぐ日が暮れるよ?」

「ああ。悪かったな。一寸歌会に出てたんだ」


そういうと元気な子供らしい笑顔を浮かべていた彼女の顔が一瞬暗くなった。


「中也も歌が上手い子が好きなの?左大臣の姫様みたいな子が好きなの??」

「違ぇよ。付き添いだ」


彼女自身も劣等感を感じているのかもしれない。一族同士で「何方かが帝の妃となる姫を育てるか」長く争っている為、娘たちにその気は無くても噂は広まって来る。


「んふふ。じゃあ今日も私が作った歌を聴いて?」

「勿論だ」


彼女の作った歌は紫の上の詠う、雅やかで光るものがあるもとのは全く違い、とても上手いものとは云えない。しかし其れでも中也は良かった。

 朔の宮は中也よりも四つ若い姫で、年相応にまだ幼い所が多々ある。其れでも固い姫よりはずっと良く彼は思っている。

 彼女は生まれた時かなりの難産だったと聞く。生まれた時の大きさも他の赤子よりずっと小さく、何か下手があればすぐに死んでしまう危険を持っている程だった。そして成長してからも病に弱く、祈祷を頻繁に受け、教養を磨く時間を割いていたことが彼女の教養の無さを産んでいる。

 学問というものは幼少期から積み重ねる必要がある。其れが無かった彼女は結局今も学問が進んでいない。楽器などの音楽も同じことだった。


「一寸は上手くなったんじゃねぇか?」

「本当!?私上手になった?」


無邪気に喜ぶ姫の頭を撫でると子犬のように喜んだ。褒めると伸びるのだと中也は気が付いていた。

 すると急に彼女は顔を伏せてしまう。如何したと問うとぶつぶつと呟いた。


「今日も女房たちに影で云われたよ……私は異質なんだって……本当は物の怪の子なんじゃないかって」


普段は笑顔で振るまっている彼女も中也の前では暗い表情を見せる。彼女の無くなった母曰く「笑っていれば誰もが悪いようにしない」と。

 彼女の生みの母は彼女が八つも行かない頃に病で無くなっている。其の無くなる前に彼女に残した言葉なのだという。それ以来、彼女は一切泣くことをせず、すっと笑みを絶やさない。

 中也の前でこうやって暗い表情を浮かべる事はあっても泣くことは一度もない。


「お前は物の怪の子なんかじゃねぇよ。灰色の髪がなんだよ。俺なんてもっと明るいし、太宰の側近には真っ白な奴もいるぞ」


中也の言葉に驚いたよな表情をして顔を上げた。紅色の瞳が彼を映している。


「大丈夫だ。俺はお前を誰にも劣ってるなんて云わねぇよ」

「……うん」


嬉しそうに微笑み自分を抱きしめる中也に縋りついた。

 普通の女性なら泣きそうな場面で彼女は矢張り涙を流さない。中也は朔乃を泣きたい時に泣けない子にしたくないと切実に思った。

著作者の他の作品

自傷、少しのグロ描写あり。

FGO夢主と銀腕の騎士の夢小説。うちよそ要素ありあり。