御伽草子

☀海棠緋寄🔪
@Enph_hiyo12

恋歌

障子を開けた縁側の方から紅葉が一枚、紫織が文を認めていた紙の上にひらひらと舞い落ちた。紅く染まった其れを手に取り日の光で透かすように頭上にあげて眺めた。葉脈が善く見え、光を受けて薄っすらと輝いて見えた。


「姫様。お茶をお持ちしました」


襖の向こうから声を掛けて来たのは側近の女性。紫織は「はい」と返事をすると礼儀正しく襖を開け、彼女の元にやって来る。

 黒い髪で、少し青白いがきめ細やかな肌など、彼女は美しい女性の分類に入る。しかし彼女は双子で、周りから不幸の象徴と迫害を受けていたため紫織の側近として宮内に勤めるまではかなり苦労をしているようであった。

 宮内で無名であったが、彼女の礼儀の良さ、仕事への熱心さなどに惹かれて紫織は自分の側近に彼女を置くように、家臣を使い命を下させたのだ。本当はもう一人、彼女の双子の片割れも家に迎え入れる心算だったのが、そちらはすでに別の人物に先を越されたようだった。

 そして其の人物が、今、紫織が書いていた文を送る人物だ。


「次に贈られるのは其の文ですか」

「ええ、お願いします」


最後の一行を書き終えると紫織は側近にお願いごとをした。


「一枚、綺麗な楓の葉を取ってきてくれませんか?」


紫織は縁側の更に奥に広がる庭園に目を向けた。其処には紅葉の紅色が美しく広がっている。側近は返事をしてすぐに葉を一枚取って来た。

 其れを姫の白く綺麗な手を上に乗せると彼女は甘く蕩けそうな笑みを浮かべた。


「有難う。……却説、此れを出して来てくれませんか」


文の中に受け取った葉を入れると、完成させたものを側近に手渡す。「受け賜りました」そう云い部屋の外へ向かう。しかし彼女は直ぐに行かず一度、紫織の方に振り返った。


「貴女様が持っている方は私が頂いても宜しいでしょうか……」

「ええ…?構わないけれど」


紫織の元に降って来た葉を側近に手渡す。すると彼女はとても嬉しそうに目を細めた。彼女は紫織と出会った紅葉の季節が大好きなのだ。だから彼女の持っている葉を欲しがったのかもしれない。

 満足して、彼女に一礼したあと側近は部屋から出て行った。

 彼女が部屋から去った後、姫は物思いにふけるように庭を眺めた。


「紫の上。何をお思いで?」

「……太宰様」


御簾で遮られた向こうから姫を誘う甘い声が聞こえてくる。白と紫の文官束帯を着ている此の男性は、噂では帝のご落胤らしい。産みの母が帝の愛人の中でも庶民だったため、地位を与えても権力までは与えなかったという。

 紫織も姫と呼ばれるだけあり、家柄は上々。帝に使える左大臣の一人娘。権力を持たない彼が紫織に近づく理由はなんとなく判っていた。


「貴方は本当に忍び入るのがお得意ですね」

「姫様に褒めて頂けるなんて光栄です」


彼が姿を見せるのは決まって彼女の傍に側近がいない時だ。文をやりとりしている仲でありながら彼はこうやって夜だけでなく昼間の間までも顔を見せに来る。


「文なら今出させに行ってますが」

「そうではありません」


彼の笑みが御簾越しに薄っすらと見える。そして二人を隔てる御簾に太宰が近づいて呟く。


「貴女の美しい声、愛しい姿を見に来たのです」


熱を孕んだ甘い声、文を出すのには時間がかかる。今なら大丈夫だろうかと紫織は少し葛藤したあと、太宰に此方に来ても善いと声を掛けた。すると直ぐにこちら側に入ってきて、紫織の小さな手を握り引き寄せた。


「ああ。紫の上。私は貴方に逢いたかった……恋しかった」

「私もです」


姫を抱きしめる腕に更に力が入る。何処か不器用で不安定で焦っているようだった。


「未婚の貴女が他の者に獲られるのではないかと私が気が気ではなかったのです」


権力を持たない彼なら自分より地位の上の者には負けてしまう。大臣位の者に彼女が気に入られ、愛人以上の扱いを受ければ太宰に勝ち目はない。其のことを彼は焦っているのだろう。

 彼が姫を手に入れるには左大臣に取り入り、娘を貰うように頼む他ない。

 

「紫の上……否、紫織。私は必ず迎えに来ます。其れまでどうか、他の男に触れられないで」


誓うように太宰は彼女の唇に口づけをする。優しく。しかし情熱的に。彼女を愛していると伝えるように。

 唇を離すと名残惜しそうに彼女を見つめたあと、宮内の者に見つからないよう直ぐに出て行ってしまった。彼が出て行ったあと、紫織は熱く火照った顔に手を当てる。接吻されたことを思い出して顔を赤らめている。

 教養があり歌も上手く、琴もでき、容姿も善いが恋愛経験は無かった。其れは過保護な従兄や親のせいでもあり、彼女自体、縁談に興味も無かった。

 恋い慕う、太宰にあったのは藤の花が咲く、春だったことを紫織は思い出す。




其の日は藤を見ようと側近を連れて牛車で出かけていた。車についている小窓から風景を楽しんでいると側近から一枚の和紙に書かれた歌と藤の花房が渡された。此れを渡して来た男性は、牛車の小窓から薄っすらと姿が確認出来た。一人の狩衣の側近を連れた、白と紫の文官束帯を着た背の高い男性。歳は紫織と同じぐらいだろうか。

 歌の内容は藤の滝から微かに聞こえる貴女の声はまるで天女のように美しい。などと云った紫織を褒めちぎる内容。露骨な内容ではあったが其れでも何故か紫織はその歌を気に入った。なので紫織は咄嗟に持っていた扇子に返事の歌を書いて側近を使って其れを送ったのだ。


「姫様。あの者が名前を知りたいと」


如何なさいますか。と側近が訊いてきた。身内に呼ばれる本命は止そうと適当に答えたのが、


「では『紫』とお答えしてください」


それ以来、側近の女性と相手の側近が双子同士だったことを知り、向こうから文のやり取りが始まり、其の男性。太宰との関係が始まったのだ。

 彼は何度も文を送り、直接会いに来るようになった。そうしているうちに彼は紫織という本命すらも知るようになったのだった。




「失礼します」


日が暮れ初めて薄暗くなって来た頃、側近の女性が帰ってきて、蝋に光を灯し始める。

 紫織が縁側の方で座っている事に疑問を感じたのか彼女は訊いた。


「何をなさっているのですか?」

「熱くなった顔を冷やそうかと……」


今は涼しいのに。と側近は首を傾げたが深くは考えず、「体調を崩します故」そう云って彼女を奥の帳台に連れて行った。


「何時になったら貴方は迎えにいらっしゃるのでしょう」


帳台から見える外に向かって吐息交じりに、待ちわびるように呟いた。

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