御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

避暑


暑く、容赦なく無慈悲に照り付ける太陽の下。滝や川の水の音。木陰の中で優雅に軟式庭球を楽しむ上流階級の人たち。そんな人たちに向かって「避暑地にまで来てスポーツか……」とノースリーブの白いレースのようなワンピースを着て、華奢な飾りの付いたサンダルを履き、黒いレースの付いた日傘を差している式部は思った。

 今、式部、そして探偵社員たちは彼女の親の持つ別荘を借りて軽井沢に避暑をしにやって来ていた。

 夏なら熱海の方が近いのだが、此の遠出の前に海での任務があり、社員の大半が「海は暫く厭だ」と発言したことから「其れなら、軽井沢に別荘がありますよ」と式部が発言したため、少し遠いが軽井沢に避暑となった。


「避暑地で庭球をするのが彼等のお決まりなのかい?」


避暑地なのに全く避暑する気の無い格好をした太宰が呟く。彼は夏仕様の涼しい素材のズボンやシャツを着ているのに包帯を四肢全てに巻いている為殆ど意味が無い。見ている式部が熱く感じる。一応日よけを意識しているのか麦わら帽子は被っている。


「水捌けが善いのでコートを作り易い事もあり庭球は定番ですよ。私は暑いのでしたく無いですけど」


学校の体育で出来る事をわざわざ外でする必要も無いですし、と呟き式部は止めていた足を動かす。


「私は此処の別荘で冷房を付け、一日中本を読んだり課題や論文などを書いて過ごしました」

「家で出来る事を態々?」

「家に居ても息苦しいですし、そもそも夏の京都は生きにくい。其れに別荘なら最低限の使用人だけで善いですから」


肉親で此処に来ることは全くなかったという。親の仕事の関係もあり、従弟や使用人で来る事が大半だったらしい。


「そう云えば、紫織ちゃんって本当に従弟居たんだね」

「云ってませんでしたっけ…」


更科君の嘘以外は訊いてないと太宰は呟いた。

 そして彼がふと二手に分かれている道の片方に目を向けた。其処には此方を凝視している十代後半ぐらいの男がいた。黒が強い紫色の直毛の髪。藤色の瞳。背丈は170ぐらいで細身だ。


「お姉ちゃん…!!」

「葵惟…!?」


太宰は噂をすれば…と冷静に二人の関係について察した。特に考えるまでもなく二人の容姿はとても似ている。


「えっと、彼は式部葵惟しきぶあおい。私の母方の四つ下の従弟です」


其れから彼の方に太宰の事を紹介した。彼の方は太宰の事を知っているようで気さくに笑いかけた。


「宜しくお願いします。太宰治さん」




「すみません。急に一人増えてしまって」

「俺たちは借りている方だから文句は云えん。其れに一人ぐらいこの場所だけなのだから気にしてはいない……敦たちも同年の知り合いが出来て楽しそうだしな」


それ程饒舌ではない彼女に打って変わり、従弟である彼は舌が快調で、初対面の社員たちと楽しそうに話している。四つ下、つまり敦たちと同い年なこともあり馬が合うのかもしれない。特に敦や谷崎と仲良くしているようだ。


「……そう云えばは彼は異能を知っているのか?」

「私が実家に戻った時に粗方話しているので存在自体は……ただ葵惟は異能者じゃないので詳しくは知らないかと」


国木田が去ったあと、椅子に座っている式部の隣に太宰は座った。麦茶を持ってきたようで一つを式部に渡した。そして自分の分にも一度口を付けたあと、葵惟の様子を観察し始めた。最初は興味なさそうにしていたのだが矢張り少しになるようだ。


「従弟なのにかなり似ているよね。其れにお姉ちゃんなんて直接的だ」

「…あぁ、一緒の家に住んでるんです。母の妹の子供なんですが、其の私の叔母は彼が四歳の時に病気で他界して……父親の方も其の二年前に亡くなっているので其れからずっと一緒に住んでいます」


容姿は二人共母似なのだと彼女は話す。彼女の母と叔母は一卵性の双子。容姿はまるで映し鏡のようでそこから生まれた彼女と葵惟は、まるで一人の母から生まれたようにそっくりなのだ。


「そんな小さい頃から一緒だと、向こうは私を本当の姉のように接してくるので困ることも多くありました」


式部の此れまでの境遇上、独りで居たい事が沢山あった筈なのだが、最低限の使用人を連れてやってきた此処、軽井沢でも彼が付いてきて中々独りにさせて呉れなかったらしい。


「お姉ちゃん何の話してるのー?」


葵惟は特に気にすることなく太宰とは反対の彼女の隣に座った。


「一寸ね……」


暫し、三人の間に沈黙が通る。二人は如何して今、葵惟が此処にやって来たのか大体を察していた。

 彼は太宰に会いに来たのだ。従姉とは云え、本当の姉のように慕ってきた彼女の選んだ相手がどの様な男なのかを確認してきたのだ。


「葵惟さ……若しかして母様に云われて来たの?」

「違うよ。俺が勝手に会いに来たんだよ。此処はお姉ちゃんとの思い出の場所だもん」


思い出とも云えるような事は特になかったが、何度か彼の押しに負けて庭球をしたり川辺で遊んだりした事を式部は思い出した。


「お姉ちゃんが記憶力善いの知ってるんだから」


異能の事は知らなかったけど、其れだけは知ってるよ。と葵惟は呟いて反対側の太宰を見つめた。彼の眼差しが、明るいものから一瞬、彼女が時折見せるような暗いものに変わって太宰は唾を飲んだ。矢張り二人はとても似ている。型はかなり違うが彼も式部と同じように内側に溜める人間なのだろう。


「……お姉ちゃんをお願いしますね。太宰さん」


葵惟は少し深めに頭を下げたあと、今まで通りに気さくな笑顔を浮かべ、料理を行っていた鏡花たちの元に手伝いに行った。

 テーブルに置かれた麦茶の入ったコップは汗をかき、木製のテーブルに大きな染みを作っていた。




従弟、葵惟の名前は紫式部の弟(諸説あり)藤原惟規から。

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