御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

海賊

もし、出逢ってしまったなら――



私の居る部屋から海が見える。青い綺麗な海、周りには海賊が時折やってくる港があり、私の居る街には海賊が寄り集まる酒場も沢山あるという。深窓の姫君扱いの私は屋敷の外なんて出た事など一度もないし、海賊という存在がどのような物なのか噂と偏見でしかしらない。そんな私の元に一人の海賊が通うようになったのは街にある噂が出回ったあとだった。


「今日も広い部屋に空しく一人だね、お嬢様」


貴族と云われる私達とは全く違うが高価と云えるような素材で作られたコートやシャツ、ズボンに首、手首に包帯を巻いたアンバランスな蓬髪男。此の男は私の部屋の窓を壊すことなく開け侵入し、出窓に座って私に話しかけて来る。底が見えない不思議な笑みを向け私に気軽に話題を振るのだ。


「昨日より部屋に花が増えたね、飾ってあるジュエリーも増えているし、婚約者からかい?」


婚約者というのは海から少し離れた場所にある貴族の男性で私は近々そちらの方に結婚して移るのだ。其の男性とは何か想いがあるわけではない、所謂政略結婚だ。向こう側の策に乗るような形のため相手、特に親の方は必死なようでよく贈り物を送って来る。男性事態に意欲が特に無いのだと判ったのは数度あった時に察してしまったからだ。だから贈り物の宝石などは身に着けることはしていない。


「相変わらずむすっとして…折角愛らしい顔をしているのに勿体ないよ?」

「面白くもなんともないのに笑えません」


笑ったら絶対可愛いのに、と海賊の太宰という男は云うが私はつっけんどんに返す。ずっと私はこんな調子なのに彼も彼で同じように此処毎日ずっと通って来る。


「毎日暇なのです?海賊の仕事は?」

「今は船長が他の海賊と商談中、私達のようなただの船員は街で遊んでいるのさ」


海賊の遊びと云うのは碌な物がないと使用人たちが話しているのを訊いたことがある。特に女受けの良さそうな顔をした男は要注意だと訊いた。不潔感極まりない。


「うわぁ…なぜだが何時もよりお嬢様の目付きが鋭い、塵を見る目だぁ…」


「誤解しているだろうから訂正しておくけど、私は其処まで飢えているわけではないからね」と呟いた。此の男は人の心を読む妖か何かなのだろうかと時折思う。


「如何でしょうね。最近、巷では他の良家の娘を誘拐して不潔な事をしていると噂で訊きました。其れは皆、海賊のせいだと」


其れも貴方が私の元に来るようになった頃より少し前から。と付け加えると「偶然だよ」と彼は微笑んだ。

 海賊は信用出来ない、そうお母様が話しているのを何度も訊いた。彼等はすぐに約束を破り、貴族から宝や金を奪う、そして海賊同士でも争う。私は知らないがお母様が云いうのならそうなのだろう。


「噂の信憑性は兎も角、お嬢様は私の事を信用しているじゃあないか」


そう云って彼は出窓から離れて椅子に座っている私に近づいて、私の手にそっと触れた。


「私がお嬢様を慕っている想いが伝わっている証拠だよね」


そっと握った私の手を自分の口元にやり、私の手の甲に彼の柔らかな唇の感触が伝わって来る。頭の中が心臓が五月蠅い、彼に触れている手が熱い、美しい顔立ち、すらっとした身体、甘い声と吐息、その全てで私を蕩けさせようとする。心臓ではなく何処にあるか判らない心がきゅんと疼く。


「……さ、さわらないで…ください」


其れでも私は彼の手を無理矢理振りほどいた。本能ではなく、理性が私を止めている。「此の男は私を騙しているのよ」「本気になった瞬間捨てられるわ」と理性が私に囁く。それもそうだ、海賊である彼が本当に貴族の私を好きになるわけがない。だから演技でも悲しそうな顔をするのは止めて欲しい。


「次に勝手に触れて来たら使用人を呼びますからねっ」


必死に彼を遠くに追いやると丁度いいタイミングに使用人が此方にやって来る足音が聞こえて来る。


「…おや、今日は来るのが速いなぁ。お嬢様の云う噂のせいだね」


また明日も来るよ。と云って彼は入って来た出窓から出て行った。


「お嬢様?何か御変わりありませんか」

「…いえ、なにも」


もう来ないでくださいと私は脳内で叫んだ。




次の日もまた彼はやって来た。今度は使用人も寝静まっている深夜に。


「お嬢様……紫織お嬢様、ねえ、起きて」


甘い声と優しい手つきで揺さぶられ私はベッドの中でまどろんだ。


「起きないとベッドの中に入っちゃうよ…?」


下手したらキスだけじゃ済まなくなっちゃうかもねぇ、と耳元で囁く彼。


「不潔です…っ。矢張り海賊は不潔ですっ」


彼を押しやり私はベッドから起き上がった。彼は何時もの格好で何時ものように微笑み「こんばんわ」と呑気に呟く。そして彼はさも当たり前のように私のベッドに腰かけて私に話しかける。


「ねぇ、此れから散歩しない?浜辺の方まで。今日は月も綺麗だし」


下心は何故か感じなかった。此処で其れを感じれば断ることも出来るのになぜか感じなくて私は咄嗟に頷いてしまう。


「あ、でも私、今服が…」


私の今の格好は薄紫の絹とレースのネグリジェで出かける格好ではない。しかし着替えている暇も無いだろう。すると彼は元から準備していたようでコートを貸してくれた。流石にネグリジェとは不釣り合いで違和感があるが其れは大きく私の身体を包み、ほんのり彼の香りに包まれた。


「では行こうか!」


彼は自然に私の手を取り、出窓から外に出た。


「だから勝手に触らないでとっ」

「手を繋がないとはぐれちゃうし、出れないでしょう」


手を繋ぐ処か彼は私を横抱きにして屋敷から脱出した。

 細腕乍ら私をしっかりと支え小走りで屋敷から離れて街の方へ出て来る。屋敷の外は人生で数度しか出ていない、しかも街など来たことが無い。どれもが初めて見るものばかりで新鮮だった。


「落ちそうで怖かったら首に手を回しても善いのだよ?」

「遠慮しますっ」


楽しそうに呟く彼にそっぽを向くが折角なので彼の背中辺りの服を掴んでおく。其れだけでも彼は嬉しそうに口元を緩めた。

 少しして港もない砂浜に辿り着いた。咄嗟の事で靴を履くのを忘れて来たのにどこまで準備が善いのか履きやすい素足で履ける靴を彼は持って来ていた。地面に足をつけて砂浜をしっかりと踏みしめる。沈んでいきそうで沈まない初めての感覚。今までより濃い潮の香り。濃紺の海。海に映る空に浮かぶ望月。その全てが幻想的でまるで夢のようだった。

 海水と砂の境界線ぎりぎりの所を手を繋ぎながらゆっくりと歩き景色を楽しんだ。彼は海の話をしてくれた。航海の話、海賊仲間の話、どれも屋敷の中では絶対に知り得ないことばかりで私は新鮮だった。けれど今この瞬間を幸福に感じるほどこの後は絶望が深くなる。


「太宰さん。此れからはこう云う事は止めてくださいね」


彼がまだ話している最中で私は呟いた。二人の足が止まる。


「…昼間、私の婚約の日が決まりました。一週間後には私は此処を離れてもっと内陸に移ります。だから……」


もう会いたくない。会っても空しいだけ。そう云うと彼の私の手を握る力が強まった。昨日のように彼の顔に悲しみが映る。


「別に私は構わない…お嬢様が内陸に渡るなら尚更だ、直前まで傍に…!」

「明日から相手の男が私に会いに来るのです。部屋にも入り浸る。そうなれば貴方は入って来れない」

「そんなの関係ない、今日みたいに深夜に抜け出せば良い」

「彼はっ…彼は、きっと私の部屋で寝るでしょう…子供を産む、其れが私の結婚の大前提です」

「そんなのっ……そんな事…私は、私は……」


彼の腕が私を引き寄せて抱きしめた。甘い声が掠れて、悔しそうで悲しそうだった。


「私の方が絶対、紫織の事を想っているのに…っ。絶対、誰にも負けないのにっ」


彼の私を抱きしめる力が強まる。彼の熱が、想いが伝わって私は泣きそうになってしまう。


「傍に居たいよ…紫織。好きな紫織の傍に居たい」

「……私は…」


云ってしまっても善いのだろうか。云ったら余計に離れ難くなってしまう事は明白なのに、云わなかったら後悔することは確かで、私も好き、という簡単な言葉がとても重く感じる。


「紫織」


揺らぐ櫨色の目が私を求めているのは判るのに。これ以上触れ合ったら駄目だ。

 私は今にも触れ合いそうな唇を遠ざけた。途端に彼の腕の力が抜けてしまう。


「屋敷に返してください」


それ以降彼は何も話さないまま私を屋敷の部屋に戻した後、還って行ってしまった。




紫織に振られて船に戻った私は仁王立ちで甲板にいた国木田君に深夜にも関わらず怒鳴られた。


「太宰ィ!!また街の屋敷に行きおって!!止めろとあれ程!」


何時ものように怒鳴るが私の気分が最底辺な事に気が付いたのか急に静かになった。


「振られることぐらい判るだろうが」

「彼女は本気だったよ。でも彼女には捨てられない道徳というものがある。紫織には婚約者がいるのだから」


国木田君は、私だったらそんなこと気にせずに攫って来るだろうと云う。確かに彼女に出逢う私ならそうだっただろう。けれど今は。


「私は本気で紫織が好きなんだ。彼女はとても潔癖で嫌がる事はしたくない、無理矢理攫ったら其れは、彼女が噂に訊く海賊と一緒になってしまう。…私はね国木田君、紫織の一番になりたいのだよ」


無理に笑う私。口元は笑えてもきっと目は笑えていないだろう。


「貴様がどう思おうが勝手だが、船長の商談も終わった、明日には此の街を出るからな」


私は此れから、未練を残して生きていくのだろうか……。




次の日の昼。今街にいる海賊船が今日、此処を出るという話を聞いた。タイミングが善かった。此れで彼も私もそれぞれを忘れることが出来るだろう。

 出逢ってしまったなら其れを変えることは出来ない。けれど、無かった風に忘れる事はきっと出来る。出来ると信じたい。


「紫織さん?」


婚約者の男が私に声をかけて心配そうに顔を覗き込んでくる。今までは何とも思わなかったのに今ではそれも何故か耐えられない。一緒に居て辛い。

 その時、何時も彼が入っていた出窓の硝子が外から割られた。そして見るからに危険そうな強靭な男たちが其処から侵入してくる。


「だ、誰だお前たち!!」

「其処の娘を貰いに来た」


彼等が噂に訊く誘拐犯の海賊たちなのだと察した。男の一人が私の腕を掴む。


「は、離してっ…助けて!」


助けてと懇願しても誰も助けては呉れない。婚約者は「助けて呉れ!」と一目散に逃げてしまった。海賊の男たちが嘲笑うのを私はどのような気持ちで見て居れば善いのか判らなかった。




一言挨拶だけでもしようと昼間に紫織の屋敷に向かった。彼女に最初に出逢って以来に昼間に訪問してみた。始めて彼女にあったのは此の街に来た初日、何もすることもなく暇だったので街の中で一番大きな屋敷を覗きに来たら部屋で一人でいる自分と同い年ぐらいのお嬢様を見つけた。紫が入った黒髪に藤色の瞳、焼けていない白い肌、楽しそうに本を読む姿。そんな彼女に一目惚れで、其の夜から彼女の部屋に侵入するようになった。

 屋敷に付くと異変に気が付いた。やけに騒がしい、窓から使用人たちが慌てふためき走り回っている。紫織の部屋の窓を見るといつも私は入っていた窓硝子が割られている。そして部屋の中に紫織は居ない。よく耳を凝らすと「お嬢様が攫われた」と叫ぶ声が聞こえる。


「紫織ッ!」


私はすぐに引き返して船に戻った。




私は如何なるのだろう。


「善い女だな。如何する?」

「さあ、船長に見せてからだな」


醜悪な笑みを見せる男たちを不快に感じながら縄で自由を奪われた私は成すすべが無くて此のまま殺されてしまいたかった。


「でもよ、ちょっと味見したいよなぁ。だって此奴、処女だろ?」

「だからこそだろ、船長はそういうのが燃える趣味だし」


気持ち悪い、不快だ。汚い、会話を訊きたくない。耳を塞ぎたくても塞げなくて私は目を閉じて俯いた。

 如何して、如何してこうなったの。私が太宰さんを受け入れなかったからなの?ごめんなさい、なら謝るから。殺されても良いから。だから此の醜悪な男たちに穢されるぐらいなら貴方に首を絞められても良いから。出逢った事を無かった事にしたいなんて思わないから。だから。


「助けて……太宰さん…」


貴方の目の前で好きだと云うから。……助けて。

 目から熱い物が流れて男たちの嘲笑う声が聞こえるが同時に地面が大きく揺らいで何かが衝突してきたような鈍い音がした。

 揺れの後は外から聞こえる男たちの叫び声、剣同士のぶつかる音、銃声、けれどそれらはすぐに止み、いつの間にか目の前の男たちもいなくなっていた。代わりに。


「紫織!大丈夫かい!何もされてない!?」


助けを呼んだ其の本人が目の前にいる。彼は短刀で私の身体に巻かれた縄を切る。身体の自由が戻ると何方が先かお互いに抱きしめあった。


「善かった…善かった……」

「…太宰さん……」


彼を私を抱きしめる力は昨日の時の様にとても強かったけれどすぐに其れは離れてしまう。


「すぐに君を返すよ」


其れは厭だと云うように私から彼に縋った。


「厭です…っ。私は、もう還らない。太宰さんの傍に居るっ」


太宰さんは当然戸惑っているようだった。昨日とは全く違う事を云っている私、其れでも私はもう絶対彼から離れたくない。


「好きですっ。私も太宰さんが好きですっ…だから、傍に居たいんです……」


ぎゅっと私の背中に腕が回って来た。優しい香りのする太宰さんが私を抱きしめ返している。「嬉し過ぎて今、紫織に顔を見せられない」と彼は云うがそんな彼でも私は見たいというと彼は私を見た。似合わず顔が赤くて瞳は潤んでいるけれど確かに彼だ。

 心がまた疼く。漸く深い所で彼に触れられるのだと喜びを表現するように私は唇を重ねた。



パロネタ提供はお鈴さんから。海賊太宰と貴族紫織。

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橙オレンジ様宅のアーネストと清原とのうちよそ。公式キャラは出て来ません。