御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

奇病

花吐き病。正式名称は嘔吐中枢花被性疾患。古くから存在していた奇病で、主だった治療方法はなく、吐き出された花に接触すると感染するという特徴もあり、永く影で人々を苦しめて来た。この病気は片想いを拗らせることで発症し、唯一完治させる方法はその恋を成就させ両想いになり、銀色の百合を吐き出すこと。



※お鈴さま宅、芥川ふみさんをお借りしました。



 式部マフィア期。

 ポートマフィアの本部ビル。仕事を終え首領に報告すべき事を終え、新しく手配された自分の部屋に彼女は戻る途中だった。つい数日までは部屋が準備出来て居らず中原の部屋に一週間程お世話になっていたが漸く部屋を与えられ、式部も中原も安堵した所だった。

 何より彼女には隠していたい事を更に抱えていた。


「…っ、げほッげほッ…ッッ」


何度も息も付けない程に連続で咳が込み上げ、式部は廊下の端に寄り、壁に身体の側面を縋るように凭れかかり咳が落ち着くまで待った。乾いた咳から痰の絡んだ鈍い音の咳に変わり、落ち着いた頃には式部の顔は真っ赤で、呼吸が上がり肩で息をしていた。そして、口元を抑えていた手の中にある柔らかな感触に嫌気が刺した。


「式部さん、大丈夫ですか…?」


咄嗟に開けようとした手を隠し後ろを振り返り声の主を確認すると居たのは芥川兄妹、銀の方ではなく、双子の片割れであるふみの方だ。

 式部は二人に気付かれないように異能〝源氏物語〟で手の中のものを自分の部屋に転送した。そうして二人に何でもないように微笑みかけた。


「ただの風邪だから大丈夫だよ。二人は心配性だね」


特にふみの方は片割れが呼吸器官が弱いため咳が多いなので咳にかなり敏感なこともあり、式部にも心配の眼差しを向けていた。


「…顔が紅潮するほど咳き込まれるならすぐ帰った方が宜しいかと」


ふみが心配している隣で芥川が何時ものように咳き込んだので「そうするよ」と式部も呟いた。顔の熱はまだ引いてはいないが先ほどの激しい咳き込みからは想像の付かない爽やかな笑みを浮かべていた。普通なら長いこと痛く苦しく咳き込めば精気を持っていかれることもある。しかし彼女はそのような素振りを一切見せず、逆にふみたちを不安がらせた。

 式部は二人に終始にこやかに手をふり廊下を歩いて行った。


「……」

「ふみ、如何かしたのか」


云われて彼女は少し視線を落として何か考えるような素振りを取った。ふみには一つ心当たりがあったのだ。




「敦、花吐き病は治ったのか」

「はい!お騒がせしました」


探偵社の事務所、少し敦を心配していた風な国木田の言葉に敦はにこやかに答えた。つい昨日まで敦は花吐き病に感染していた。彼は周りに自分の吐いた花に触れないように勝手に社から離れていたのだが、太宰の説得で彼の想い人であるふみが敦の片想いを解消したため彼の病気は完治した。


「あの…太宰さんは…?」

「奴なら今日も引き籠っている。花袋のような不摂生な輩の面倒は見てられん」


九日前からずっと太宰は自分の寮室に引き籠ったままなのだ。敦の件の時は彼の命が掛かっていたため人肌脱いだようだが、彼自身は身動きを取っていない状態だった。発端は式部が探偵社から抜け出て家出してしまったことだ。それも太宰が贈った髪飾りを置いて。

 此の数日、敦や国木田たちが仕事に出るように云っても反応はなく、夜遅くにコンビニに向かう太宰の姿を数度見たぐらいだった。


「でも、ふみさんに電話した太宰さんは何時もと変らない感じだったらしいですけど」

「太宰の精神状態など知らん。式部のように情緒不安定なのかも知れんしな」


式部は情緒が不安定で、太宰の元恋人に会ったことで心を乱し、太宰の元を去った。置手紙には生きる理由を流血と暴力の世界で見つけると書かれていた。


「僕実は少し心配なことがあるんですよね…」


太宰の引き籠りの事から何か思い出したのか敦は呟いた。国木田は「なんだ」と訊いた。


「僕が仕事で花吐き病の方と会った時、また此処にいた式部さんと太宰さんとで依頼に行ったんですけど、その時、二人も花に触ったんですよね。…その時はまだ揉める前で関係無いって思ってたんですけど……」


敦の言葉に国木田は耳を疑うように目を見開いた。そしてその時の様子を説明させた。



敦、太宰、式部の三人は、花吐き病に苦しむ依頼人の元に向かってどうにかして完治出来ないかと策を練っていた。


「げほッ…っ」


咳き込む依頼人。その人の手の隙間から黄色く細長い菊の花弁がぽろぽろと零れて行く。そして悪戯のように開いていた窓から風が入り込み、菊の花弁を舞い散らせた。其れに三人共が触れてしまったのだ。



「太宰が出てこないのは式部が去ったショックと、其れか…」


花吐き病は、其の吐き出した花に触れただけで感染する。そして与謝野の異能でも直すことが出来ない。両想いになるまで治らず、最終的には呼吸を奪い死に至る。特定のことをしない限り治らない半不治の病。

 式部が去ったと同時に感染することを悟った太宰は部屋から出ずに引き籠るようになったのだ。




「ごほッ…げほっげほッッ…ぐっ…」


何とか部屋に辿り着いた式部は、部屋に入ってすぐ寝台に飛び込み、隠すことなく咳き込み始め、手も抑えることも無く、口からは青い小さな花が次々と零れた。寝台の掛蒲団に広がる青い花――勿忘草は、式部が咳をし息を吐くごとに幾つも幾つも口から零れ、白い蒲団を青くした。

 喉が爛れたように痛く、苦しく、花と一緒に透明な涙の粒もぽろぽろと落としていた。

 式部はここ最近ずっと太宰の夢を見る。彼の傍にいる夢、幸福そうに手を握り指を絡め合う夢。そんな夢を見る度に、起きたあと死にたくなり、咳き込み、勿忘草を吐き出す。


「…っ…忘れなきゃ…ごほッ…忘れないと…ッッ」


何度も、何度も、暗示のように式部は呟き、涙で濡れた花弁の束を抱きしめた。




太宰は自室でノートパソコンを使い、情報を集めていた。式部の情報だ。

 彼女がマフィアにいる事は彼女の手紙が今までの関係から大体判っていた。だから彼女の行動を知るため、昔のある特殊な手を使いマフィアの様子を観察していた。


「…ッッ」


太宰はキィを打つ手を時折止めて咳き込む。手の中には茎の先との接着付近辺りが白い赤い花がある。アネモネだ。ここ数日で吐き出す花弁の量は更に増えて、つい昨日、敦とふみの背中を押した同一人物とは思えない程に弱っていた。

 太宰が式部の事を気に掛けているのは片想いの相手であり、自分の元恋人の事で揉めてしまった事と、もう一つ、彼女が同じく花吐き病に感染することが判っているからだ。

 彼自体、苦しい死に方は厭なのと、式部を死なせてしまっては自分も死ぬこともあり、そして何より式部には死んでほしくないと彼は思っているからだ。だから太宰は式部を連れ戻す機会を狙っているが、彼女の置手紙に探すなと書いてあったこともあり、社長から探すことは止めるように云われているため場所が判っていても連れ戻すことが出来なかった。


「紫織ちゃん……私、恋がこんなに苦しいなんて思わなかったよ…」


太宰は弱々しく呟き、アネモネを吐きながら何度も咳き込んだ。




約三ヶ月後、マフィアから抜けた式部は親と、正式に横浜に住むための話をしに実家に戻るため新幹線の駅にいた。


「太宰さん、もう少し髪飾りは預かっていてくださいね」


肩に付くぐらいの髪の長さの式部は手に持っていた桜の形をした髪飾りを太宰の手の上に置いた。彼は自分の手に彼女の手が重なった瞬間にもう片手の手を重ねて離さないように握った。


「必ず戻って来るよね…?」


太宰は珍しく人前に弱々しい姿を見せた。そんな彼に式部は念を押し何度も「はい、還ってきます」と答えた。子供のように顔を歪ませて心配する太宰を安心させようと微笑んでいた式部は何を思いついたのか太宰に少ししゃがむように云った。そして位置が下がった彼の震える唇に自分の唇を軽く合わせた。式部からされた事に驚いたのか、一瞬の触れ合いのあと、太宰は目を見開いて頬から耳まで紅潮させた。


「少しは信用してくれました?」


首を少し傾け目を細めて聞くと太宰は何度も首を縦に振る。そして急に動きを止めて、彼女から顔を反らして、片手を彼女の手から離し自分の口元にすぐさまやると一度咳をした。彼の口から吐き出されたのは銀色の百合の花だった。

 太宰の手にある花を見たあと式部も同じように咳き込み、出て来たのは同じ銀色の百合。


「行ってらっしゃい!」

「行ってきます!」


出て来た花を見て、数秒見つめ合い、可笑しそうに微笑み合ったあと、お互いに抱きしめ合い、声を掛け合い、そして再び唇を合わせた。そして新幹線に乗り込む式部の背中を太宰は笑顔で見送った。


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