御伽草子

🐙海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

誕生日

「式部。お前は今日、一人で輸入品受け取りの護衛に出て呉れ」


護衛だけで特に危険がないと国木田から訊き、仕事に出かけた式部。探偵社の仕事は基本二人ほどのチームで組む事が多いが今回は他の殆どが出払っているという。そう云われると文句も云えるわけがなく、式部は一人で、密かに護衛の任務についていた。

 予め、依頼人に訊いた輸入品も式部は確認していたので一人で仕事をしている事も納得がいった。護衛対象の品は普通の食料品などだからだ。其れぐらいの仕事なら探偵社に回って来るのだろうか、と疑問の少しはあったが何も起こらないなら其れでも善かった。

 現に、護衛が終わる夕方近くまで何も問題が無かった。其れまでは――

 式部が隠れていたコンテナから見える場所で品を運んでいる用務員数名が、見覚えがあるような黒いスーツに身を包んだ集団に囲まれている。


「其の箱の中を改めさせて貰おう」

「な、なんだ貴様ら!」


スーツの男が段ボールに入った品を強引に奪い取り中身を探った。しかし其れには目当ての物が無かったのか、直ぐに付き返し、仲間に何か指示を出して、まだ輸入品が残っている船と、既に積み込まれたトラックに乗り込んで行った。

 指示を出した男が用務員を脅し、何か訊き出しているようだったので、式部はもう少し近づき話の内容を盗み聞いた。


「Sは何処にある!」

「え、S!?知りませんよ!俺たちは品を運べって云われているだけで!」


「S」とは隠語だ。此れを使う者たちがその存在を隠す為の言葉。其の隠語は、式部は一時期マフィアに居る時に大抵覚え、最近は定期的にこういう仕事の時の為に確認している事があった。そして「S」とは覚せい剤の意味をしている。つまり此の輸送船は薬物を運ぶために用意され、食品の輸入は其れを隠蔽するための偽装という事になる。若しかしたら今回のような偽装が何度かあり、此の船での可能性を見て国木田が式部に任せたのかもしれない。隠語に精通していると云えば、元マフィア幹部の太宰や、様々な仕事を受け持っている国木田ぐらいだろうし、与謝野が知っていても護衛には不向きなのもあるだろう。

 そして此の黒い連中に対しても大方の予測が付いている。式部は端末を取り出して、連絡帳の履歴を遡ってある名前を見つけた。そして通話を入れる。


「横浜輸送船港、第四区域」


通話が繋がった瞬間にそれだけを伝え、相手の返事の無いまま通話を切った。

 式部は男に気付かれないように背後から近寄り、下から首を絞めるようにして相手の首に腕を回した。突然視界に現れた式部に驚き、なんとか振り払おうとする男に回転式の銃を向けた。此れはつい先ほど、此の男からくすねたものだ。


「Sはどんな人物から回された物?如何やって手配した?S以外に何か隠してる物はある?」


男に油断させないよう、そして舐められないように殺気を滲み出させ、男を睨みつけながら幾つか質問するが、当然のように男は答えない。今のうちに用務員には荷物を置かせて、式部がいたコンテナの方に避難させた。そもそも、荷物を人力で運んでいる事自体が怪しかったのだ。普通は運び出しようの機械があるはずなのに此処にはない。其れは機械では安全が保障出来ない何かがあるからだ。


「話さないと撃つ」

「…脅しにもならない。一般の女の持つ銃なんてよ」


矢張り油断しているようだ。其れは其れで好都合なわけだが。


「其れは如何かな?普通の女がこんなとこいるわけないでしょう。ポートマフィアの中でも下級さん」


事態に気が付いた他の男たちがやって来るのか判った。すると式部は捕まえた男から銃口を離すと向かってきた男の一人に向けて発砲した。其の銃弾は男の肩を霞めた。

 次は自分が銃口を向けられたので、捕まえた男ごと〝源氏物語〟を使って移動して交わし、撃って来た男の急所を蹴って倒した。他の数人にも威嚇の意を籠めて二回発砲。一つは一人の腕に、もう一つは足に命中した。


「ポートマフィアは私情での売買を禁止する」


銃口を捕まえた男に向け直し、他の男たちから距離を置くように数歩下がりながら口を開いた。其のことを何故知っていると云いたげに彼等は目を見開いている。


「特にS……覚せい剤などの脱法物については首領、森さんの指示が無い限り幹部でも管理は出来ない。其れを下級構成員が、管理処か使用していたなんて密告するればどうなるかな?」


男たちの目の色が判ったのか式部には判った。男たちは何としても式部を殺そうを狙っている。だか式部は余裕の表情で嘲笑った。


「確実に、処分されるね。君たち全員、横浜港の藻屑だ」


式部が云うのが速いかぐらい、男たちの身体を無数の漆黒の刃が無残にも突き刺し、八つ裂きに切り裂いた。

 彼女は鮮血が噴き出す直前で回避したお陰で肉の塊になった者たちの血を浴びなかったが、此れを起こした犯人は返り血を浴びて、顔も黒髪も赤黒くなっていた。


「…中也さんに電話したのに、芥川君が来たの」

「中原幹部が下級構成員の始末などに参加することなどない」


彼は其れだけ口を開くと、彼は荷物を積み込んだトラックから取り出された段ボールを覗いた。中には、輸入品の缶詰の奥に隠され、袋に厳重に詰められた白い粉が入っていた。式部が他の出された箱を確認すると同じ手口で薬物が見つかった。


「彼の者たちは此れを売り利益を得て、使用も行っていた。主犯の者の確定が不完全だったので首領の指示で泳がせていたが、目星を付けられていたことに気が付いていなかったのか」

「こんな同じ手口を繰り返して気付かれないわけがない、薬で狂ってたんじゃない?」


正しい判断も出来ないまま、大量の薬物を接種し、届くはずだった物を強行してまで手に入れたいと思う禁断衝動。冷静な判断なの出来るわけがない。


「…何故、既にマフィアが追っていると気づいた」

「だって、マフィアの根は深く広い。マフィアを取り巻く物事は、現代の情報社会のように広まりが速いもの。何より森さんは、誰よりも先に最適解の先手を撃つ。恐らく相手を泳がせていたのもあの人の策でしょう?」


芥川はゆっくりと瞬きをした。そして顔を式部の方に向けた。


「マフィアに戻ってきませんか?」

「其れは森さんの指示?」


彼は頷いた。すると式部は即答で拒否した。そして覚せい剤の入った袋を一つを担いで芥川に声をかけた。


「私がマフィアに行くとしたら其れは太宰さんもマフィアに戻る時。彼がマフィアに戻るのは、森さんの幼女趣味が治ること以上にあり得ないけど」


「一袋、市警に連絡するために貰っていくね」と声をかけて式部は港を後にした。




時間は遡り、前日の事。


「紫織ちゃんの誕生日会を開きたいのだけど」


太宰の突然の提案に乱歩以外が驚きの表情を彼に向けた。式部の誕生日は5月8日。敦の誕生日と近いためつい一昨日、同じ日に彼女の誕生日も一緒に祝ったのだが、太宰は矢張り別でしたいと提案した。


「貴様…何のために同じ日にしたか判ってるのか、経費と時間の削減のためだぞ……明日にまた開いては月末になる前に月の経費が底を付く。其れに敦の会を開く時に式部本人にも了承を得た。奴も今更、祝ってもらう歳でもないだろう」

「其れがサプライズなのではないか。敦君も善いと思わないかい?」

「えぇっ!?…其れは…この前のは実質、僕が主役みたいな感じで式部さんは適当な感じだったので、別でした方が善いとは思いましたけど…」


急に話を振られた敦は小さなの声でボソボソと云うのは、訊いている国木田が顔を顰めて、眉間に皺をやり何か考えている顔が怒っているように見えるからだろう。

 太宰はニコニコと何時ものように笑顔を浮かべ国木田が何か云うのを待ている。他のメンバーと云えば、国木田の反応を待っている状態だ。


「……判った…代わりに手配は貴様が全て行う事…善いな?」

「勿論だとも!流石国木田君、話が判るねぇ!」


仕事でも面倒がって指示を余り出すことのない太宰が式部の為に奮闘することになった。

 予算が限られているため準備は出来るだけ最小限。谷崎と仕事に出ている式部が帰って来ないうちに明日の当日までに出来る事を整えた。やれば様々な事をそつなく熟す太宰、社員への指示も的確で短い時間で準備を終わらせてしまった。


「太宰。明日の式部の仕事は如何する気だ。勘が善い式部なら下手な扱いをすれば気付かれるぞ」

「其れなら問題ないのだよ。乱歩さん、前に云っていた薬の輸入、明日でしたよね?」

「んーそうだけどー」


自分の席で駄菓子を貪る乱歩は何時ものように軽く答えた。薬、薬物の密輸入は以前から乱歩に見破られており、其れを訊いた太宰は販売者を抑える日を考えていた。その仕事を式部に任せようというのだ。


「普通の貨物船の護衛と云って仕事をさせておく。鋭い彼女なら其れが麻薬密輸入の為の偽装だと気づくだろう。そうすれば夜ぐらいまでは時間を潰せる」




太宰の想像通り、式部は密輸犯を捕まえて、証拠の薬を市警に引き渡したと探偵社の方に報告が入った。其れが午後6時。其れから事情を訊いたあとに市警を出て来るというので帰って来るまでにはもう少しかかるだろう。


「式部さんによると、犯人はマフィアだって云ってた…」

「らしいね、其れにしても抜けてるよ、船をわざわざ襲うなんてさ」


マフィアの中でも薬に溺れるのに碌なのは居ないよと太宰は鏡花に向けて呟いた。市警に其の犯人の事を訊かれているらしいが式部は何と答えたのか鏡花は気になっていた。式部本人から、マフィアに密告し、処分に来た芥川と遭遇したと訊いたからだ。


「おや?誰か来たかな?」


事務所の扉を誰かが叩いた。式部が還って来るにはまだ速い。太宰が向かい扉を開けると以外な人物がこれまた以外な人物を連れて来た。


「清原さん、よく来てくれましたね」


清原がもう一人、男性を連れてやってきた。彼がやってきた事によって鏡花が少し嬉しそうに微笑み、清原に歩み寄ったので、彼は彼女の頭を触れるだけで撫でた。


「僕が来ても紫織さんが機嫌悪くなるだけと思うんだけど」

「頼んだもの持ってきてくれました?」

「勿論。在原君がね」


彼は後ろにいる在原に視線を向けた。在原元方、其れが彼の名前だ。式部とは幼稚園時代からの同郷で、今迄は特に接点も無かったが、実は彼女の恩人とも云える故人、更科光の親友であり、今では時折連絡を取っている仲だという。


「太宰君ね…人使い荒い、昨日の今日で準備なんて」

「親友の大事な人の誕生日でしょう?」


太宰は在原に意味深な笑みを浮かべる。闇のあるような、含み笑い。在原は人間の動物的本能で少し太宰を警戒した。今は危険は無い筈なのに、式部の命を狙っていた時に在原たちに見せた太宰の剣幕を思い出させるような。


「……君に訊いた通りの数は揃えて置いたよ。確認してくれ」


在原は扉の外側に置かれた段ボールを親指で刺した。太宰が其れを室内に持ってきて箱の中を簡単に確認した。問題無い事が判ると其れを一旦部屋の隅に隠した。


「此れから如何します?居てもいなくても何方でも」

「移動時間の方が長いなんて厭だから俺はいるよ」

「紫織さんの顔を一目みたら僕は帰ろうかな。仕事もあるし」


何もしないで待つのも勿体ないと国木田に云われた2人は、それぞれの仕事を手伝う事にして式部が還って来るのを待った。

 その間、太宰は此の当日に式部に渡すために皆から集めた贈呈品を確認していた。値段を落とすために太宰以外の探偵社員で1つ、太宰から2つ、先ほど来た清原と在原で1つ。太宰の贈り物のうち1つは在原に頼み代金を払い買ってきたものだ。

 すると先ほどまでは其処に無かった5つ目の贈呈品が他の4つの上に置かれていた。太宰は其れを取り合えず手に取り外装を見てみる。

 若紫色の包装紙に白いリボンで飾られた小さな箱。其の側面を見てみると送り主の名前が書かれていた。太宰はふっ、と鼻で笑うと箱を他の2つを式部の仕事机に置き、残り一つを自分の服のポケットに入れた。




午後6時40分過ぎ。式部は少し気だるげに探偵社のある建築物の階段を上がっていた。30分以上の市警による任意による聴取がとても面倒だったからだ。任意と云っても現行犯であった犯人をマフィアに目の前で殺されたという貞で話したのだから余計に面倒な事になった。もし、マフィアに密告したと云えば余計に聴取を受けることになっただろう。

 ゆっくりと階段を上がり、事務所の扉をいつもの調子で軽く開けた。すると一番に目に入って来たのは真っ赤な何か。


「わぁっ!?」

「紫織ちゃん!誕生日おめでとう!」


式部は鳩が豆鉄砲を食らったように目を見開いた。一番に聞こえたのは太宰の声。そのあとに見知った人たちの合わさった声が聴こえた。

 太宰が持っている物が黒身を帯びた赤薔薇だと気が付いたのは其の数秒後だ。ざっと見ただけでも100本は超えて居そうだ。花言葉にもある程度精通している式部は此の花の意味を悟り、徐々に顔から真っ赤に染まっていった。


「流石に察しが善いねえ…はい此れまず受け取って」


式部に大きな花束を渡したあと、太宰は更にポケットから小さな小さな箱を取り出した。混乱し挙動不審になる式部の視界の端の方で社員たちが何やら内緒話をしていたり、太宰の行動に驚き、唖然としている人たちが見えて、此の事は完全に太宰しか知らなかったサプライズなのだと式部は思う。


「改めて……私と結婚を前提に付き合ってください」


緊張し上がっていた肩から力が抜けて、口元や目元が緩んで藤色の瞳がだんだん潤んでいく。小さな白い箱、小さな金剛石ダイヤモンドの輝く指輪の入った箱を持った太宰は、彼女の表情を見て、少し不安そうな顔を見せた。けれど、其れは心配要らなかった。式部は込み上げる涙を堪えて満面の笑みを浮かべた。


「はい。勿論です!」


太宰はありがとう。と其れは嬉しそうに返した。そして彼女の左の手を取り、薬指に指輪をはめた。彼女の左の薬指に穢れを知らない輝きが燈った。そして彼は式部に対になる指輪を渡した。


「私の指にもはめて呉れないかい?」


左手を出して来たので、式部は彼のしなやかで長い指、その中でも同じ薬指に指輪をはめた。

 二人の左が触れ合い、重なると愛おしさが高まったのか太宰は式部に渡した薔薇の花束ごと彼女を抱きしめた。部屋にいる人たちの拍手の音が聞こえ始めて、再び顔に熱が集まり始めた所で太宰が式部の唇に接吻を堂々とするので、歓声というか「おおー」という声が部屋中に響いた。式部は耳、首まで赤くなってその場に蹲ってしまった。




真っ赤になった顔の熱が冷め始めた頃。周りの人たちは酒をしこたま呑み、既に潰れている者が若干名。未成年勢は周りに付いていけず若干引いている状態だ。現在の目玉は来客の在原と与謝野の呑み比べだ。云わずもがな豪主の与謝野と爽やかな見た目と反し、次々に瓶を空にしていく在原。二人の争いは勢いを増していく。


「…今晩は、なのである……」


騒ぎの中で入口の方から消えそうな小さな声がしたので振り向くと其処には元組合のポオがいた。エドガー・アラン・ポオ。彼は乱歩の友人のような関係で、時折自身の書いた推理小説を社に持ってくるので式部とも多少の面識があった。様々な種類の本を読む式部は彼の書く話にも興味があり、最近は異能でない普通の本を読ませて貰ってもいる。


「ああ、ポオさん。今晩は!今日は如何なさいました?」

「…乱歩君に、今日は君の生誕日だと聞いて来たのである」


そう云われて渡された本は何時も読ませて貰っている本より倍ほど長い大長編になっていた。式部は其れを受け取り目を輝かせて本を抱きしめた。そして笑みを浮かべた。


「有難う御座います!ポオさん」


明るく笑顔を向けると、彼は俊敏に後退し扉の外側に出て隠れながら「な、なら、よ、善かった…」と挙動不審に答えた。対人恐怖症にもほどがあると式部は苦笑いを彼に向けた。

 賑やかな場所は居てられないと云い、帰った彼を見送ったあと、部屋に戻ると呑み比べに決着がついたことが判った。与謝野は部屋の手前にあるソファーに座ってぐったりとし、在原はまだまだ余裕そうに酒瓶に手を伸ばしている。そして周りの人たちは死屍累々と周りに転がっている。危害が回っていないのは呑み比べを回避したであろう太宰。未成年の社員、乱歩は事態を逸早く察知したのか姿が見当たらない。


「阿鼻叫喚…」

「あ、式部ちゃん。俺と呑まない?暇でさ~」

「え……は?」


国木田も、与謝野も、すぐ帰ると云っていた清原も潰され、太宰には全力で拒否され乱歩にも逃げられた彼の次の獲物は式部に決まった。周りの未成年たちは、標的にされなくもこれまでの惨状を見て震えあがっていた。


「あ…うん」


心配の眼差しを受けながら彼を言葉を了承し、酒瓶を手にした。しかし、酒を進められるまま呑んだことを式部は生まれて初めて後悔することになった。……気が付いた時には周りは真っ暗の闇に包まれていた。

 起きて頭が岩のように重いという感覚を式部は初めて感じながら身体を起き上がらせた。部屋のソファーで寝ていて身体には太宰の私物の毛布が掛けられていた。周りを見ると目の前のもう一つのソファーには与謝野とナオミが寄りかかりあい寝ており、近くに谷崎と賢治が雑魚寝をしていた。

 部屋は此れまでの騒ぎがあったとは思えない程に今まで通りに片付けられていて、其々の机に敦と国木田は突っ伏して眠っていた。鏡花は窓際に黒いスーツの上着が掛けられた状態で丸まって寝ている。清原と在原の姿は既になく、帰ったようだ。

 時間は午前3時。もう少しで沈もうとしている若潮の月。朧な月光に照らされた一部が式部の机を霞めていた。静かな幻想的な風景の中、会の途中には確認出来なかった贈り物を彼女は見る事にした。


「わあ…ペンだ……この前、壊したの皆さん覚えてたんだ」


探偵社員から贈られたのはインクを取り換えられるペンだった。長い期間使える物を彼女は少し前に仕事で壊してしまったので新しいのを買おうとしていたので大変助かった。アンティーク調のレトロな細工がされたペンは手になじみ、使いやすそうだった。

 もう一つは樹脂硝子製の写真立てだった。二枚の樹脂硝子に写真を挟むもので、二組入っており、一枚には既に写真が挟まっていた。


「……こんなのあったんだ…」


其れは式部たちが小学生の時に撮った写真で式部や更科や、自殺した曽根も映った、歌仙たちの写真だった。メモ用紙が添えられていて、曽根が持っていたらしいので更科が消去されていなかったらしい。

 もう一つの箱は一見誰からの物なのか判らなかった。若紫色の包装紙を丁寧に開け、箱を開けると入っていたのは赤いリボン帯だった。今彼女が付けているネクタイと同じ色で、手に取ってみると肌触りが善くて、善い素材なのだとすぐ判った、恐らく絹だ。

 ふと包装紙に目をやると箱の側面に位置していた場所に何か書かれていることが判った。見てみると見覚えのある文字で「婚約祝い。マフィア一同より」と書かれていた。思考を巡らせ乍ら、如何して婚約の事を知っていたのかを考えながら貰ったリボンを早速胸元に飾った。長さも丁度よく、ぴったりだ。

 式部は此処に居ない太宰を探しにまず屋上に向かった。若潮の月が見える屋上には横浜港の方から吹く風で、屋上の鉄格子に腕を乗せ景色を見ている太宰の砂色の外套が大きく揺らめていた。


「起きたのかい、紫織ちゃん」


顔だけを式部に向けて微笑みかける太宰。そして自分の隣に来るように手招きをしたので彼女は大人しく隣に立った。


「酔いはどう?」

「少し頭が重いですけど、大丈夫です」


太宰の話によると部屋は在原が片付けたという。式部は酔い潰れたあと、太宰も寝てしまったため、確定ではないが、式部が起きて来る少し前に太宰が起きた時には既に片付けがされていたので、帰った在原と清原が片付けたのではないかと考えたらしい。


「…太宰さん」

「ん?」


その…と式部は口籠りながら話しかけた。心臓が出そうに思う程に大きく、そして早く動き、何か云う為に緊張しているのがまる判りだ。彼は変わらず何時もの笑みを浮かべている。


「婚約は嬉しいんですけど……皆さんのいる所で云う必要は無かったと思うんですけど…」


「あはは、其のことか」と太宰は笑った。そして「意思表示だよ」と答えた。微かに笑みを浮かべ乍らも何処か真剣さが判る眼差しを式部に向け、彼女から目を離さない。


「意思は当事者だけでなく、周りの人々に宣言する事によって、其れを実行しようという意欲が生まれる。……私はもう二度と、君を離さないと決めたからね」


彼は自分の右側にいる彼女の左手を握った。その手には渡したばかりの指輪が輝いている。

 何かを手に入れたいと思い、其れを手に入れた時には其れを失う事が約束される。太宰は何度も式部を手に入れようとし、その度に失いかけ、そして今、二人は漸く添い遂げることを約束した。

 太宰も、式部も大切な人を失った経験があるからこそ、お互いを何時か失うのでは無いかと心の何処かで思っていたため、婚約、結婚という認識が余りなかった。


「私も…貴方から離れる気は無いですよ」

「んふふ!もう本当に大好き紫織ちゃん!」


手を握ったまま太宰は式部に飛びつくように抱き着いた。式部が酔い潰れて寝た時に太宰が彼女の髪を解いたのか髪は下ろされているので彼の腕や、彼女の頭に触れた手に彼女の濃い紫を帯びた黒髪が絡み、こそばゆさを感じ乍らも、しなやかな感触を彼は楽しんでいた。


「此れからも一緒にいよう、紫織」

「ええ、だざ……治さん」


会の時とは違い、長い間、二人は唇を合わせていた。




著作者の他の作品

異能力使用可能のサバイバルゲーム・流血表現アリ・うちよそ要素アリ

橙オレンジ様宅のアーネストと清原とのうちよそ。公式キャラは出て来ません。