御伽草子

海棠緋寄⚔️
@Enph_hiyo12

妖怪

「貴方を救いたい……絶望の闇の中で迷う、貴方を……。紫織」


 もう何百年も前の事。私はある人間に恋をしていた。

 その人はもういないけれど、私は貴方の事を何時までも思っています。






 ある時代。ある神社には殺生石という妖力を持った石が封印されている。その石には九本の尾をもつ狐の妖怪が封じ込められているとか。

 其の狐は時代ごとに姿を変え、平安時代には鳥羽皇王の寵姫であった玉藻前がその九尾狐であったという伝説もある。

 表向きには九尾狐は討伐されていると伝えられているが、実際には陰陽師により封印され、陰陽道に通ずる巫女の血統にとって封印を保ってきたのだ。

 そしてある世代、巫女の一族の中で、男の当主が生まれた時代。其れが始まりだった。


「今日もお勤めとは……神主も暇じゃないものだねぇ」


 神社の縁側で面倒臭さそうにぼやいたのは此の神社の当主、太宰治。彼は一日に一度、殺生石の前の祭壇で封印の舞を踊る勤めがある。彼はまだ其れを休んだことはないが、いつも其れを行う前にこうやって文句を云うのだ。


「当主様!そろそろ勤めに出てください!」

「やあ敦君。判ってるよ……其れと当主様って呼ぶの止めてくれないかい?」


 中島敦。彼は此の神社で働いている雇い神主。主に一般公開されている神社で働いている。

 此の神社では太宰が経営をしている事になっているが、彼は殆ど仕事をしないので他に雇っている国木田に仕事を任せている。敦に関しても同じで、彼も一般の平社員だが殺生石の事も知っている。


「いえ、一応、立場的に……早くしないと九尾が怒っちゃいますよ」


 そんな事で怒らないと思うけどね。と太宰は呟きながら舞を踊るため殺生石が眠る神社の地下に潜っていく。

 地下の殺生石の間。其処に辿り付くと、太宰は片手に鈴、左手に扇を持ち。狐の面をつけ、舞い始める。

 彼の世代までは当主は代々女が勤めていた。だか、太宰の母親は妹を出産することなく他界。父親も太宰が成人する前に他界し、太宰が当主となったのだ。

 だが、心配することは世継ぎぐらいで済んでいた。彼は今までのどの巫女よりも凛と、美しく舞っていたからだ。舞っている時の彼は、普段の生活からは想像も付かないほどに、澄きった心を持って九尾狐と向き合っていた。

 舞を踊る者は雑念を持っていてはいけない。雑念は迷いに繋がり、迷いは九尾狐に心を漬け込まれ、妖怪堕ちしてしまう要因となる。

 だから、誰よりも美しく舞う太宰に誰も異論はなかった。


「はあ…今日も疲れた」

「ならばもう踊らなくて善いよ」


 勤めのあと、太宰は誰もいない神社の裏の縁側で堕らけていると美しい女性の声が聞こえてきた。声の若さは太宰と同じ20代後半という所。

 顔を上げて太宰は其の声の主を確認すると判っていたように笑い、微笑みを向けた。

 濃い紫色の女袴を着て、髪を高い位置で纏めた女性。一見普通の女性にも見えるが、彼女にはフサフサとした狐の尻尾が一本出ている。


「紫織。今日も可愛いね」

「其の可愛い私を今日も封印して楽しい?」

「此れが私の勤めだからね」


 そう云うが太宰は彼女に近づき、正面から女狐を抱きしめた。背中と頭に手を回してしっかりと抑える。


「……だってちゃんと封印して置かないと、君は此処から逃げて行くだろう…?」

「近いうち、別の女性と子供を作る男が何ってるのかな」


 彼女が揶揄うように笑うと、太宰は少し顔を顰めて彼女の唇を奪う。何度も角度を変え、舌を絡めると漸く唇を離す。


「厭だよ。私は、君以外…認めないよ」

「…私は安倍晴明を産んだ葛の葉狐みたいにはならないからね」


 文句を云われてもそういう約束でしょ。と彼女は太宰を宥める。

 太宰は世継ぎを産ませるため、近々他の神社の巫女と結婚する事が決まっている。太宰は其れが気に入っていなく、其れ処か封印対象の九尾狐。現代の名は紫織と恋仲に発展していた。


「其れに、人間と妖怪が交わるって善い事無いからね。其れに私的に貴方と一緒になるなんて御免だわ」


 彼女は太宰を冷たく突き放し、太宰から離れると後ろで手を組み、少し悲しそうに笑う。


「どう考えたって私の方が長く生きるんだもの。貴方だけ満足して死ぬなんて厭よ」


 千年以上も生きて来た彼女は此処で孤独を感じ今まで生きて来た。彼女は一種の不死で、其れが原因で封印されているとも考えられている。そんな彼女が一人の人間を愛したら、相手の寿命が尽きた時のことなど考えなたくも無いのだ。彼女は深い絶望の中にいるのだ。


「…君の力なら私を妖怪堕ちさせる事ぐらい容易いだろう?……私は貴方を救いたい……絶望の闇の中で迷う、貴方を……。紫織」

「駄目。尻尾を見て判るでしょう。私の力は一尾分しかない、妖力は今無いに等しい。こうやって人の姿を保つだけで一杯なの。……其れに矢張り貴方は人間の方が善い」


 自ら離れた彼女。しかし少し迷ったようにした事を見破られ太宰は彼女の捕まえ再び抱きしめた。さっきよりも力を込めて逃がさないと必死に。


「大丈夫。私は消えないから。…君の嫁さんが来たら自重して姿は見せないかもしれないけど」

「厭だッ!私は……紫織以外厭だッ!!」


 すると彼女は太宰の背中に手を回した。突然の事で太宰は驚き目を見開いた後、涙を零し始める。


「私だって厭だよ。でも、君の血を受け継いだ女の子を見たら、きっと私は母子を呪ってしまう……」


 彼女は背伸びをして自分の唇を彼のと重ねた。触れるだけの優しい接吻。離したあと、彼女は名残惜しそうに目を細め、瞳を潤ませた。


「ああ…治。藤が咲いてるよ……」


 太宰の後ろを見てそう呟いた。

 此の神社には藤棚がある。何世代か前に彼女が当時の当主にお願いして植えさせたという。


「君が子供の頃……あの藤の滝壺の中で云われたね。私の事が好きだって。…其れに私に『紫織』という名前も呉れた」


 呼ぶ名前がないのは困ったと、太宰が幼少期に付けた名前。藤の薄紫色から取った名前。

 彼女の昔話に太宰は余計に顔を歪めた。


「…私は何時でも藤の花弁の下で君を見守る。ずっと…ずっと……治が死んでも。だから」


 人の子らしく生きて死ね。

 彼女はまるで幻のように太宰の腕から抜け出し、彼の前から姿を消した。


 それ以降、太宰の前に紫織が姿を現すことは無くなった。




「紫織、凄く綺麗…」

「そ、そう…?」


 太宰は柔らかそうな黒髪の上に藤の花で作った冠を乗せた。座っている彼女に、まだ小さな太宰は背伸びして冠を乗せる。乗せ終わると彼は瞳をキラキラさせて笑った。彼女も嬉しそうにはにかんだ。

 すると太宰は其の幼い唇を彼女に重ねるのだ。


「紫織は私のお姫様だから、私のお嫁さんになって」


 最初は、子供の云う事、する事、と彼女も本気では無かった。けれど、徐々に彼に惹かれて行った。人間と妖怪の禁断の恋。


 最期の時、太宰は藤の花房の下で眠るようにして亡くなったという。三十路も行かない歳で太宰はこの世を去ったと訊く。

著作者の他の作品

異能力使用可能のサバイバルゲーム・流血表現アリ・うちよそ要素アリ

自傷、少しのグロ描写あり。