汚れた月に吠える。

緋寄@🍏🍎
@Enph_hiyo12

泣けない子

渋々帰ってきて荻原の顔も見る事にした彼は彼女の部屋に向かった。扉をノックするが返事は無い。しかし鍵は開いていたので中に入った。

 彼女の部屋は六畳ほどの小さな部屋。其処にユニットバスの個室があり、洗面台も其の中にある。他に部屋はなく此の二部屋だけで彼女は生活をしている。部屋に窓は無く密閉され圧迫感が強いが今までも軟禁状態に遭っていた彼女には大差ないのか文句もない。そんな部屋に彼女は静かに座っていた。蒲団から起き上がり壁の一点を見つめているだけの状態だが、昼の話を訊いた後だと、今迄もこんな風に過ごしていたのだろうと想像出来て冷や汗が背中を伝う。


「おい、調子は如何だ?」

「……あ…大丈夫です」


中原が入って来ていた事に気が付いていなかったようで、話しかけられて漸く気付いた。


「何か私に付いて判りましたか?」

「……」


首を横に振る。異能で記憶を封じているとは云え、何かきっかけで戻らないとも云い切れないため真実を云うのは避けた。すると彼女は中原に初めての表情を見せた。

 悲しそうな歪んだ口元、其れでも朔乃は如何してだか微笑んでいる。無理矢理に笑顔を作り、辛そうにしながらも絶対に涙を流そうとしない。厭、流れない。どれだけ崩れそうな儚い笑みでも、彼女の紅色の瞳から透明な雫は零れない。


「何で無理して笑うんだ。怖いと思うなら泣くのが女だろ?不安に涙が自然に出るのが普通じゃねえのか…?」

「…泣けないよ……泣くなんて厭だ…………泣てたら余計に虐められるもん」


泣けない代わりに笑うのだと、彼女は中原に教えた。虐めの主犯たちに虐められ泣いたら「自分たちを悪者にした」と余計虐められた。だから笑うしかなかったと荻原は云う。けれど笑っていたら「調子に乗ってる」と罵された。そうしていたら何時からか泣くことを拒絶していたという。


「如何して私は虐められてたの…?如何して私は異能を持ってたの?……なんで?」


中原は荻原と出逢った頃に云っていた事と昼の情報、そして今彼女が云っている事に違和感を感じた。

 最初の頃、彼女は異能が突然開花してハブられることになったと云っていた。家の資料では学校で揶揄われた事が引き金で異能が発動したと書かれていた。この時点で虐めは異能が開花してから始まったと中原は思っていた。しかし、今の荻原の発言でその考えは否定された。彼女は異能とは関係なく以前から虐めを受けており、資料に掛かれていた「揶揄われた」は虐めの行為の一つであったことが判る。

 そうなると以前から虐められていた要因が何になるのかが問題になって来るのだが、其の部分の記憶を彼女は失っている、となると思い付くのは異能力。彼女の異能は親が気が付く前から発動の兆しがあった。其の前触れを荻原が感じていたのかは、記憶改ざんの異能薬を飲んだ今では確認が取れない。


「……異能を自分が不幸な云い訳にするなよ」


中原は荻原の頭を軽く撫でた。彼女は驚いたようにして中原を見た。


「気休めの言葉かもしれねぇが、きっと他にも理由があったんだろ…」


本当に無責任な言葉だと自覚している。其れでも今にも崩れそうな荻原を中原は無視出来なかった。けれど自分でもまだ完全に把握できていない異能の話をして彼女を混乱させたくは無かった。


「昨日の清原って奴は手前の異能に関して調査してくれてる、〝氷島〟に関してもいずれ判るだろ」


荻原の異能、〝氷島〟は本来どの様な異能なのか。その答えを出す事は簡単に出来る。しかし、無暗に白日に晒せは彼女の精神は保たない。保護していくしか無いだろう。


「中原さん……お願いしてもいいですか…?」


震える声で彼女は呟いた。


「震えを止めて……」


助けを乞う紅色の瞳、大きく震える手、そして身体全体。今にも崩れそうな脆そうな彼女を、割れ物を扱うように中原はそっと抱きしめる。距離が無くなり、彼女の不安が余計に伝わる。

 抱きしめると案外と彼女が小さい事に気付き、不安を完全に払拭させてやれない事を悔い、彼は荻原に気付かれないよう唇を噛む。




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