メルファリア戦記「アヌスの拡大」

強肩猛打fez
@omisoshirumoda

穴があったら

                   


 部下が乱心しているとの報を受けて、カセドリア連合王国「ふる~つこぽんち」部隊長キトウはガルム遊技場へ飛んだ。


                   ◇    


 …いくらなんでも玉を転がす場所でそっちの玉まで丸出しにするのはまずいのでは――

キトウは青ざめた。


 もはや目の前の男の股間の一物にファンタジーなどはない。萎縮した何かが無力に揺れているその姿はもはや彼自身であった。時と場合によっては生命まで賭けることもある玉と、彼の次代の生命が濃縮された玉の――おそらくこの場の誰も望まない――悲劇的な共演は、この綺羅びやかな会場に立ち込める熱気を一瞬で掻っさらい氷点下に落とし込むのに十分であった。凍りついた会場に、一人あつあつになった全裸の男が歪な湯気を放っていた。

                   

                    ◇



 メルファリア世界地図を広げてみよう。


 メルファリア世界は、エスセティア大陸を中心として周囲を5大陸がほぼ等間隔に並ぶかたちで構成されているのがわかる。それらの6大陸にはほとんど面積の差はなく、あたかも神がわざわざそう配置したかのように美しい輪を描いている。そして、どんな運命の悪戯なのだろうか、あるいは地勢の必然か、現在エスセティア中央大陸の周囲の5大陸にはちょうど大陸ごとに一つの勢力が都を置き、5大国が中央大陸の覇権をめぐって終わりの見えない領土争いが続いている。そんな統一感のある世界地図の西端にポツリと取り残されたかのように浮かぶ島。ヴィネル島と名付けられているその島は、メルファリア世界で5大国のどの勢力にも属さない唯一の地であり、城壁によって囲まれた中立都市とよばれる地区では島民や大陸各国の国民が自由に出入りし交流することができる憩いの場となっている。


 さて中立都市は2つの隣接した地区によって構成されるが、そのうちの一つ、ガルム遊技場は特に観光客に人気のスポットである。城門をくぐりガルム遊技場に入ると、整然とした石レンガの町並みが視界に広がることだろう。石畳の道を歩きながら高級店をめぐり、欲望のままにオーブをじゃぶじゃぶ消費するのもいいし、ちょっとした脇道にかかる洗練された石のアーチに見惚れるのもいいかもしれない。そこからもう少し歩を進めて遊技場の中心部へ向かうと、大きくひらけた広場があなたの視界に飛び込んでくることだろう。ここが、隣の地区であるル・ヴェルザ闘技場の大階段と並んで世界的に有名なあの広場、通称「チェス盤」である。広場の中心には石畳で大きなチェス盤を模したものがあり、主に大陸の兵士たちからそう呼ばれている。人々は、さながらチェスの駒のように各々チェス盤の上に佇み、あるいは固まって座り込み談笑している。言うまでもなく、盤上の駒たちに色の区別はない。日常的に中央大陸でやり合っている敵国の兵士の間でさえこの模擬戦場では争わない。戦場はチェス盤の奥の階段を上った建物の中だ。このヴィネル島の収益の大部分を担い、島を急速に発展させたといわれている――巨大カジノ施設である。


                  ◇


 ルーレット・テーブルの前で一糸まとわぬ長身の男がピカつく尻をくねらせ悶えていた。色白の肌はシャンデリアの光をよく拡散させ、歓声と悲鳴の喧騒の中にルーレットに興じている他のギャンブラーたちがそのあられもない姿を目の端に捉えることは容易なことであった。細身の身体ながらそのよく引き締まった太腿からは彼の日々の鍛錬が窺い知れるが、その筋肉を覆う透き通った白い肌には鳥肌百科事典の表紙に相応しいあまりにタイピカルな鳥肌の大砂漠が広がり、冷や汗なのか迷子の涙なのか、はたまた失禁したのかもわからない謎の体液が、突然表出した涸れ川のように一筋の線を描いて滴っていた。カジノにいた五十余人のギャンブラーたちが自らの勝負も忘れてその悲惨な身体の行く末――一部の者はその丸出しの局部――に釘付けになっていた。


 「フランク…もういい。一体どうしちまったんだお前は…」


丸出しの主フランクのそばで、うなだれる彼の肩に手をかける男、キトウがいた。鈍色の大きな鎧姿はこの兵士たちがひしめく会場においてもなお周囲を威圧するに十分な貫禄があったが、この部下のあまりに乱れた姿に震えて縮こまってしまっているのが窺える。前方に長く弧を描く、巨大な2本の角の装飾が施された牛のような兜の前方に開けられたT字型のスリットの奥から僅かに彼の血の気が引いた表情が認められた。皮肉にも、彼のその皮膚の露出を最大にまで抑えた鎧姿は、すぐ隣にいるあまりにも身軽な部下の姿の貧しさをより一層際立たせていた。


「…ところで、脱いだ服はどうした?」


「全部売ってリングにしたよ…」


「全部――下着も?なんで!?えええ…」


「…うふふふ」


フランクは無理矢理に口角を上げた不自然な口元から乾ききった声を発している。


 キトウは絶句する他なかった。服を売ること自体はここでは珍しいことではない。このカジノには個人の武器や防具などを買い取る業者が常駐しており、熱くなって我を忘れたギャンブラー達が資金調達のために身につけているものをほぼ全て売ってしまうこともある。だとしても、なにも大切な部分を隠すものまで好きこのんで買い取る業者など聞いたこともないし、だいいちギャンブルにいくら脳を焼かれているとはいえ、まともな人間はその一線を越えない。


「…ほら、もう帰ろう。防具は今度用意してやるよ。ほっほらお前の好きなネイド一式が倉庫にあるんだ。なっ帰ろう…」


今はそっとしておこう。全裸のフランクの肩を担ぐ。フランクはエリン…エリン…と呟きながら、瞼の裏に視線を泳がせていたが、次の瞬間かっと目を見開き、首がちぎれんほどの勢いで百二十度後方のディーラーの男を振り返り言い放った。


「覚えてろよ…」


勢いに反してその声はあまりにか細く、投げ捨てたその言葉は弱々しく虚空を漂い、ついに男に届くことはなかった。


                    ◇


 ズルズルとキトウに引きずられ、この哀れな男はルーレット・テーブルを後にした。頭の熱は次第に冷め、理性が頭をもたげはじめた。と同時に、世界中から人々があつまるこの公の場で、ドレスコードへのアンチテーゼともとれる自身のあまりに場違いな格好に目を伏せた。そしてこの身体を支えている隣の牛兜の大男がそれに関して何の配慮も出来ていないことに唇を噛んだ。


「おい…どこへ連れてゆくつもりだ」


「決まってるだろ。国へ帰ろう。シーナのところだ」


キトウはカジノに勤務している転送管理官の名を口に出した。このままいくのかよ…と、フランクは顔をひきつらせる。


「まずは――」


服だろ…。キトウはまるでたった今気づいたかのように、ああそうだと支えていた手を離した。突然支えを失ったフランクは若干よろめきながらも、その丸出しの卑猥な体幹によって容易に体勢を立て直した。この不器用な男はいつもそうだ。何故先代はこの男を隊長に選んだんだ…俺のほうがキトウよりも早くから部隊に所属していたし、今はもはやギャンブルの泡と化してしまったが、銀色に輝く大斧に恐怖して背中を向ける敵兵の頭をかち割って、クリスタルを我が物にすることにかけても俺のほうが断然上だった。それに――。


 ほら、と、牛兜の大男は鎧の外に巻いていた赤い腰布をするすると外し、フランクに手渡した。


「すまんな」


急いで自らの腰に巻きつけ、五十余人の視線を浴びて萎縮した愛息を封印する。遠目に見て、単に上半身を脱いだだけの軽装にも見えなくもない。フランクは腰に手を当て、ようやく胸を張ることが出来た。


「キトウさん、詳しいことはあとで話すよ…今日は家でゆっくりさせてくれ。ありがとうな。」


「――おう…それがいい。次の部隊活動は明後日だ。待ってるぞ」


多くは語らず、手を振って別れる。不器用でよくドジをやらかす奴だが、なんだかんだ言ってもあいつは良いやつだ。もっとも隊長には俺のほうが相応しいが…。


「カセドリア国兵だ。アズルウッドまで」


キトウが目の前の女性、シーナに身分証を提示している姿が見える。俺も準備しないとな…。胸ポケットをまさぐる。なるほどこれは乳首だ。


「――あっ…」


トランスポート・クリスタルによって転送されてゆくキトウの残像を虚しく見送りながら、再び絶望のスパイラルに堕ちてゆく感覚に口元を歪めた。再び熱気を取り戻したカジノ会場、人々の視線はもうほとんど感じない。自らの左乳首をつついて唖然としている身元不明の布一枚の変態男と、その醜態に目を丸くして笑顔を引きつらせるシーナが薄ら寒い結界を張っているだけだった。