2人初めてのバレンタイン

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バレンタインデー当日。


定時とは言わないまでも、日付が変わる前に退庁できた玲が庁舎のドアを抜けた瞬間に目に入れたのは。


「あ、玲、お疲れ~」


「菅野くん」


庁舎前のガードレールに腰を預けていた夏樹が、軽く手を振りながら玲の元へと近づいてくる。


待ち合わせをしていたわけではないから、いつからここにいたのかはわからないけれど。


街灯に照らされた夏樹の鼻は赤くなっていた。


「連絡くれれば良かったのに」


「一回入れたじゃん」


「でも、待ってるなんて聞いてなかったよ?」


ちょうどお昼休みの頃、夏樹からLIMEが届いた。


それはただ『定時で終わりそう?』と聞いてきた短いもので、玲は定時は無理そうだということを告げただけだった。


バレンタインデーだから、という理由で仕事は待ってはくれず、それでも優しい上司が報告書の類は期限はあるから大丈夫、と玲を早めに返すように気を回してくれたのだ。


「結構待ったでしょ」


「うーん、こっちもそれなりに忙しかったから、まぁちょっとだけだよ」


笑顔で大丈夫、と告げられてしまうと、それ以上詰め寄ることもできない。


何より、今日は恋人達にとっては特別な日、バレンタインデーなんだし、こういうことでいざこざになるのは避けたい。


(そうだ、バレンタインデー…)


もちろん、玲だって女子の端くれ、夏樹という恋人がいるのだからそれなりに用意はしているのだが。


それはそれとして、気になることがあった。


玲の視線は自然と夏樹の両手へと下がっていく。


そこにあるのは夏樹のバッグだけで他に荷物らしきものは見当たらなかった。


「玲、どうかした?」


視線を下に向けていたせいか、夏樹が身を屈めて玲の顔を覗き込むようにしてくる。


あまりに邪気のない目に、色々もやっとしていたのが悪い気持ちにすらさせられる。


「菅野くん、チョコ貰ってないの?」


ここまで来たら隠すのもなんだし、とド直球で聞いてみると、夏樹はきょとんとした顔の後、ちょっとだけ渋い顔をした。


「あー…もしかして去年までの話聞いた?」


「まぁ…」


「蒼生さん? 司さん?」


「…あと服部さんにも」


「えぇー! 燿さんも!? もーあの人のことだから尾ひれつきまくりで喋ってたんじゃない!?」


頭を抱えた夏樹に、玲は一課の面々から聞いた去年までの話を思い返していた。


夏樹はその人懐っこい性格ゆえかバレンタインデーでのチョコ収集率が異常に高かったという。


貰うというのはもちろん、自ら庁内を回って「渡せぬなら回収しよっかチョコレート」と言っていたらしい。


そうして文字通り山になったいっぱいのチョコをホクホク顔で持って帰る…という。


その話をここ数日捜査一課の面々と出会う度に聞かされ、複雑な心境に至っていたのだが。


今日、夏樹の手にはチョコらしきものは一つも見えない。


もしかしたらこっちへ寄る前に運んだ後なのかもしれない…と彼女としては面白くない想像をしていると。


「玲」


指先まで冷えた夏樹の手が、玲の手を包んだ。


ひやりとした感触にビクッと肩を跳ねさせた玲だったけれど、じんわりと自分の熱が彼へと届いていくのを感じ、なぜかホッとしたのも事実だった。


「それ、ホントに去年までの話だから。ことしは玲がいるし、他はいらないって言ってある」


真剣な瞳をして、夏樹はまっすぐにそう伝えてくれる。


くい、と引っ張られた手。


近づいた距離で、こつん、と額と額がぶつかった。


「俺が欲しいの、玲からのチョコだけなんだけど」


「うん」


「ある…よね?」


息が触れ合うほどの距離の中、貰えるかどうかと不安げに瞳を揺らす夏樹に、玲はそれまで抱えていた不安とかモヤモヤが晴れていくのを感じていた。


「…部屋に置いてあるよ」


「ホント?」


「うん、…うち、来る?」


忙しさゆえ、もしかしたら当日会えないかもしれない。


持ってきてあのクセのある先輩達にからかわれ取られかねないことを心配していた玲は、夏樹用のチョコは部屋に大事にしまっていた。


もし会えたら、時間が許すなら、ゆっくり過ごしたい…とそんなちょっとしたシタゴコロも実はありつつ。


玲からのお誘いに、夏樹は一瞬目を瞠ったあと、満面の笑顔を浮かべた。


「行く!」


目を細めて笑う夏樹が犬っぽくて、彼の背後に大きなしっぽまで見えそうだった。


「早く!」


子供のようにはしゃぐ夏樹に手を引かれ、玲は白い息を吐き出しながら掛けていく。


きっと夏樹に今年も渡したい人はいただろう。


その人たちの思いを無下にしてしまうことは申し訳ないけれど、ここへきて楽しまないのは丁重に断った夏樹にも、その人たちに対しても失礼だろうから。


明日も仕事、時間的にはゆっくりできないかもしれないけれど、限られた時間だからこそ濃密に。


初めての夏樹とのバレンタインデー。


心から楽しんでやろう、と玲は意気込んでいた。




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