悪魔に恋して

熊さ
@kumasao8

序章

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「痛っ」


グリップを握る手に痛みが走ってカーリンは顔をしかめた。

追手が迫り来るこの状況でも、 ファーランは妹のかすかな異変を見逃さない。


「どうした!?」


「なんでもない! ちょっとぶつけただけ」


ファーランの顔に心配そうな色が浮かんでいた。

カーリンはまっすぐ前を見つめ直す。


「兄貴!」


リヴァイの隣を飛ぶイザベルが背後を気にしながら叫ぶ。

リヴァイは「ああ」と。


「アイツらなりにふやけた脳味噌使ったようだな。 今回は屑共人数を増やしてやがる」


憲兵たちの立体機動の腕前はこの四人に及ぶものではない。

彼らは人数を増やすことでゴロツキを捕らえるチャンスを狙ったのだろう。

幾つものユニコーンの紋章がスピードを増す。

憲兵を撒こうとする四人は彼らのワイヤーを切りつけた。

次々と悲鳴が上がる。


「バーカ」


イザベルとカーリンは笑い声を上げて互いの手を打ち鳴らした。

それでもわずかに追手は残っている。

リヴァイの指示で四人は急旋回して別方向へと散った。

カーリンは鼻を鳴らして視線だけで振り返る。

ついてきた憲兵は二人。 距離は数十メートル。

少しからかってやりたくなるくらい余裕だ。

さて、 どうしてやろう……。

ただ逃げるだけではつまらないし、 憂さ晴らしには公僕の顔面に泥を投げつけるくらいしてやりたい。

二人の憲兵は必死にカーリンを追っていたが、 カーリンは唇を持ち上げている。

アイツらの顔面に一発ずつでもスカッとするだろうな。

もしくは、 泥だらけの水たまりに突き落としてやろうか……。

リヴァイはともかく、 ファーランとイザベルは笑うだろう。

「俺も見てみたかったぜ」なんて言って。

想像だけでカーリンは小さな笑い声をこぼした。

空気が漏れるように。 そう、 空気が漏れるようにだ。


______え?


しゅん、 と背中で音がした。

ガス切れかと気づいた瞬間には廃屋の上に落ちていた。

背中を打った痛みと衝撃ですぐには動けず、 その瞬間がチャンスだと言わんばかりに追手はカーリンとの距離を縮めている。

立ち上がり、 何度も力強くトリガーを押してみたがびくともしない。

あと少し……あともう少し持ってくれれば、 その僅かな時間で追手を撒いてリヴァイたちと合流できるのに______。

あんな連中に捕まるくらいなら______と考えていた矢先、 下でカーリンに手招きするシルエットが見えた。

うまく飛び降りて、 急いで駆け寄った。

ガラクタと化した立体機動装置が腰でガタガタと音を立てる。

近づいて鮮明になったシルエットにはっとした。

駆けつけてくれた仲間だと思ったが、 それは見知らぬ男。


「こっちだ! さあ早く」


その人物は立ち並ぶ廃屋の死角へカーリンを導こうとする。


「誰!?」


ハンチング帽からのぞく太い眉、 金色の髪、 青い瞳。

無精髭を生やしているせいか老けて見えがちだが、 髭抜きの素顔を見ようとすればリヴァイや兄であるファーランより少し上くらいの歳だろうか……。

カーリンは警戒と同時に懐に忍ばせているナイフがすぐ抜ける体勢を取る。

追手の足音が近づいてきて、 男はカーリンを廃屋の中へと引きこんだ。


「離……せ! なにするんだよ______!」


男はシッと口を鳴らして迫ってきた。


「少し黙っていろ」


窓からカーリンの姿がうっかり見えてしまわないように、 大きな体で覆い隠すように座りこむ。

追手の声が少しずつ遠退いて行った。


「行ったか……だが、 まだ油断は出来ない。 もう少しここにいた方がいいな」


追手の声や足音が完全に消え、 男はカーリンを両腕から解放した。

それと同時にカーリンはナイフを振りかざす。

男は、 素早く避けた。

こう言う類いのものに慣れているのか、 ベテラン兵士であるかのように______


「おまえ……っ、 誰なんだよ!? 憲兵共の仲間なのか!?」


「いや、 アイツらの仲間ではないよ」


男の大きな手がカーリンの手首を掴むと、 ナイフは糸のようにするりと抜き取られた。


「立体機動の腕前、 見事だったな。 君は何者なんだ?」


「……まずは自分が何者であるか名乗るべきじゃないの? オッサン」


手首を掴まれたままカーリンは男を睨み上げる。

オッサン呼ばわりされ、 男は大袈裟に眉を持ち上げた。


「ああ、 これは失礼。 私は______」


名乗りかけたくせに勿体ぶられ、 カーリンは苛立つ。


「アンタは? 誰なんだよ?」


「私の名はエルンスト」


エルンストと名乗られ、 カーリンはへえ……とだけ声にした。


「君は?」


「……カーリン」


仕方がないので名乗ってやる。


「カーリン……か。 可愛らしい名だ」


「それはどうも。 じゃあいい加減その手を離してもらえるかなオッサ______エルンスト」


ああ悪いとエルンストと名乗るその男は、 ぱっと手を離した。

ようやく解放された手をカーリンは宙で振る。


「その手はどうした?」


「は!? アンタが力加減しないでつかんだんだろ」


「違う。 反対の手だ」


「あ……、」


エルンストに言われるまで気づかなかった。

手の甲に血が流れている。

そう言えばさっき、 グリップを握る手に痛みが走ったんだった。

廃材の山を通り越してきたからそこでやってしまったのだろう……。

こんなこと、 仕事・・では珍しくもないことだ。

エルンストはすぐに事情を察したらしくポケットから清潔さと高級感醸し出すハンカチを取り出すと、 

カーリンの手をそっと取った。


「少しじっとしていてくれ」


思わず手を引っこめようとした。

さっきとは全くちがう優しい声と手つきに動揺してしまう。

この男と会ってからなんだかいい匂いがすると思ったら、 どうやらそれはエルンストの香水のようだった。

リヴァイほどではなくても、 エルンストも地下街の男とは思えない綺麗好きなのかもしれない______無精髭を除けば、 だ______。

カーリンはその香りを吸いこむようにそっと鼻を鳴らした。


「子供のような手だな」


「ケンカ売ってんのか?」


ハンカチを巻くと、 エルンストの手がすっぽりとカーリンの手を包みこんだ。


「いや、 感心してるんだよ。 こんな小さな手で立体機動装置を操れるのは見事なものだと……立体機動装置はどうやって手に入れたんだ? どうやって学んだ?

何故君のような少女がゴロツキの一員に?」


「……言っただろ? まずは自分が何者であるか名乗るべきだって。

エルンスト、 アンタこそなんなんだよ? なんであたしを助けた? 見かけない顔だけど、 アンタは地上からきたの?」


エルンストは両手をぱっと上げて笑った。


「わかった。 質問に答えてやろう……。

君を助けたのはそうだな……好奇心みたいなものだ。

そして君の言う通り、 私は元々地上の人間だ」


「地上の人間がなんで地下にくるの……!? 地上で罪でも犯した? 職と住む場所でも失った?」


「それ以上は交換条件だ。 カーリンの身のまわり含む全てをもっと教えてくれたら、 私も自分のことを教えよう」


ずるい男だと思った。

カーリンはきゅっと唇を噛む。


「あたしは……あたしたちは……こんなゴミ溜め抜け出して上に行くの!

いつか……絶対に!」


青い目が、 瞬く。 意外と言う顔だ。


「はい、 これがあたしの身のまわり含むこと全て!

今度はアンタの番だよ。 教えな」


エルンストは大人びた男の笑い声を上げた。

まさか笑われるなんて思わなかったカーリンは「ほら、 早く言えよ!」


「そうだな……私は、 君のことをもっと知りたくなった」


「は!? なに? それってナンパ……? アンタさ、 質問に答えてなくないか?」


「いや、 答えているよ。 ナンパと思うならそれでいい」


「……バッカみたい」


恋だの愛だのなんてものは知らないし知ろうとも思わないが、 この地下で色々な男を見てきた。

出会って数十分もない程度。 エルンストがどこにもいないような不思議な男であることは明らかだった。

目的が全くわからない。

乱されるものを必死に落ち着かせようとしていると、 誰かが近づいてくる気配を感じる。

いくつかの声と、 アンカーとワイヤーの勢い激しい音______憲兵が戻ってきたのかもしれない。

そう思ったが、 遠くにシルエットが見えた瞬間、 そんな疑いは晴れた。

リヴァイとファーランとイザベルが戻ってこないカーリンを心配して探しているのだ。

すぐに三人の元へ向かおうと立ち上がると、 エルンストが背に置いていたナイフをカーリンに持たせた。


「これは返そう」


カーリンは呆気に取られたようにエルンストの顔とナイフを交互に見比べると、 受け取って、 懐に押しこんで、 笑う。


「……本当、 バカな男。 こんなことをしたらアンタを刺すかもしれないのに?」


「いや、 カーリンに私は刺せない」


「自信過剰め。 こっちは……返せそうもないかな」


ハンカチが巻かれた手をエルンストの前で広げて見せた。


「構わない。 君にやろう」


「とりあえず憲兵共から助けてくれたことは感謝する。 ……ありがとう」


ダメ元でもう一度トリガーを握ってみると、 しゅんしゅんと頼りなくもガスが排出される音が立つ。

背中の排出口に触れて確認する。

ガスボンベを拳で叩いてみると、 重量も感じられた。

どうやらガス切れではなく、 故障気味。

仲間はすぐに近くにいるし、 この立体機動装置は後でリヴァイかファーランに見てもらえばなんとかなるはず……。

アンカーもなんとか射出できるし、 あと少しなら持ちこたえるだろう。


「もう行くんだな」


エルンストはかすかな名残惜しさを漂わせ出した。

それがカーリンに伝染する______もちろん、 顔になど出さない______。

じゃあねとだけ言ってカーリンは窓に足をかけると屋根の上へと飛び移る。


「カーリン!」


エルンストがそれを追うように窓から上半身を乗り出して見上げる。

カーリンは、 振り返り、 屋根の下をのぞきこまずにはいられなかった。


「君はきっと地上に行ける! 絶対に……! また近いうちに会おう」


エルンストにそんなことを言われ、 どんな顔をしていいのかわからなかった。

足元を蹴り上げるように飛び立ち、 仲間を追いかける。

追いかけながら、 目だけでそっと振り返ったその場所にはもう、 エルンストの姿はなかった。


「心配したんだぞ、 憲兵共に捕まったのかと思って気が気じゃなかったんだからな!」


立ち並ぶ廃屋のなかのひとつ。 その上でカーリンは三人と合流した。

兄は______、 ファーランは、 カーリンの姿を見るなり飛びつく勢いだった。


「ごめん……ガス切れかと思ったら、 どうも立体機動装置の調子が悪くなったみたいで……憲兵がいなくなるまで隠れてたの」


イザベルは妹のこととなると心配性になるファーランに「カーリンがそんなヘマするわけねえだろ!」


「心配かけやがって……! その手はどうした?」


「ん……なんでもない。 大したことじゃないから」


エルンストのことは、 たとえ兄であっても言えなかった。


「無事ならとっとと帰るぞ。 帰り道はどうにかなりそうか?」


リヴァイの言葉にカーリンはうなずく。


「それにしても……趣味悪ぃハンカチだな」


リヴァイは鋭い。

カーリンの動揺ですら予想の範囲内だったのか、 ハンカチを一瞥してアンカーを飛ばした。

カーリンは隣にいるファーランに気づかれないように、 そっとハンカチに鼻を押し当てた。

ここにもエルンストの香水の匂いが残っている……。

エルンスト。

近いうちに会おうと言っていたが、 どうやって?

どこの誰かも知らない男と、 なぜ?

君はきっと地上に行ける! 絶対に……! また近いうちに会おう。

あれはきっと、 別れ際のあいさつみたいなものだとカーリンは解釈した。

でも______、 リヴァイとファーランとイザベルと共に仲間たちが待つ場所へと急ぎながら、 カーリンはふと思う。

もしもまた会えたとしたら、 そのときはエルンストのことをもっと知ってみたい。


*


エルヴィンは自室の鏡の前に立つ。

朝起きたら髭を剃り、 髪をセットして、 愛用の香水をほんの少しふりかける。

これらはエルヴィンにとって日課同然の身だしなみだ。

シャツのボタンを留め、 ジャケットを羽織ろうとした瞬間、 丁寧なノックが聞こえた。

返事をするより早くドアは開く。

エルヴィンにはノックの主が誰であるかわかっていた。


「エルヴィン、 行って来たのか」


ミケはエルヴィンと初めて会ったときのように______それはもう、 ずっと昔のことだ______すんすんと鼻を鳴らす。


「収穫は……あったようだな」


エルヴィンは青い目を細めて、 ああとこたえる。


「頬の傷と引き換えに、 か?」


ミケに指摘され、 エルヴィンは少しおどけたように肩をすくめた。

警戒心むき出しでナイフを振りかざしてきた少女を思い出す。


「仔猫だと思って油断してたら引っかかれた」


鼻を鳴らすことが癖であるミケは、 鼻を鳴らしたまま笑った。

エルヴィンは時計を見る。

そろそろ時間だ。 今日は団長のキースと司令部に行くことになっている。

窓の外をのぞけば既に迎えの馬車は到着していた。

素早くジャケットを羽織り、 団長と自分の留守中のことをミケに託す。


「エルヴィン、 おまえの考え出した作戦が実行されるのなら……俺も協力しよう」


「ありがとう。 俺もそうなった暁にはまずおまえに頼みたいと思っていた」


二人は昔からの絆を感じ、 ほほ笑み合った。

ミケと並んで部屋を出るエルヴィンの背には、 自由の翼。