鬼神が忍者の里にログインしました。

鬼神が忍者の里にログインしました。 part.1

 奇妙な浮遊感があった。

 それは、まるで無重力空間に放り込まれたような。

 とは言っても、宇宙になど行ったことはないし、体験したわけでもない。


 ただ、もし体験したらこんな感覚なのだろうか、そんな感じだ。



「……う…」



 生い茂った森の中で、私は目を覚ました。

 緑の木々、青い空、鳥のさえずり、小川の流れる音。

 一瞬、桃源郷なのか、と思ったが、どうも違う。


 あの、苦しいまでに清浄な空気はなく、どちらかと言えば現世のそれに似ている。

 しかし、現世に降りた記憶もなければ、周囲の雰囲気が現世とは異なった。

 基本、現世へ降りた場合は雲の上。


 もしくはあの世とつながっている日本の山のどこかなのだが、そこは山の中ではなく。

 強いて言うなら、自然の多い地域の雑木林、そんな感じで。

 さらに、体が思うように動かず、瞬きのみ可能な事に眉を顰める。



「……この感覚…、あの時に、似ていますね…」



 それは、生贄になってから数日後。

 その前から栄養状態が悪く、さらに水分すら取れなかったために衰弱し体が動かなかった、あの時。

 あの時も、動いたのは瞼だけで、けれど、視界は霞んで風景も空さえも見えなかった。


 当時と違うのは、視界、呼吸、意識、記憶、それらがはっきりしている事だ。

 自分の事、と言っても死後の事で、黄泉へ行き、学問を学んで地獄の官僚に上り詰めたまでの経緯。

 そして、こうなる直前に、自分が何をしていたのかという事。


 確か、いつものように午前中は書類の処理をし、午後にあの白豚が薬を届けにきた。

 その薬の期限は午前中だったので、いつものように金棒で呵責して…。



「…その、直後でしたね…妙な感覚に襲われたのは」



 突然、自分と白豚を取り囲むように黒い球体が出現したと思ったら、眩暈にも似た奇妙な感覚に襲われて、現在に至る。

 あれは恐らく、何らかの呪術だ。

 その術者はには心当たりがある、あの白豚に弄ばれて恨んでいる中さんだろう。


 私はとばっちりを受けて、この状況。



「あの豚、次に会ったらシメる」



 声に出して決意を表したその時、右側の茂みがガサリと音を立てた。

 ここがどこだかはわからないが、生者が来たのなら少々まずい。

 術のとばっちりだから、今自分が生者に見えるか否かがわからない。


 加えて、眠気も何もないし、とばっちりで飛ばされたのだったら今自分は鬼の姿だ。

 日本のある一部の地域ならまだコスプレで通るだろうが、ここは森の中らしいので、不自然だ。

 ああ、でも、この間現世で実地調査のバイト中に見たニュースで、森の中や廃墟で撮影をするのが流行っているらしいから、そうだと言えば通るだろうか。


 そんな事を考えながら、気配や自分を見れば発せられるだろう声に神経を澄ましていると、声は声でも鳴き声が耳に届いた。



「ふみゅー」


「…? なんだ、猫ですか。

 鳴き声からして子猫ですね…、親猫が近くにいるのでしょうか?」


「むみゅー」


「すり寄ってきても、今は体が動かず撫でてあげられないんですよ。

 動けば、もふもふしたかったですが」


「うにゅー」


「…指を嘗めてもおいしくないでしょう。

 あいにく、予定になかったので煮干しも鰹節も用意していません」



 手にすり寄る感触からして、どうやら長毛種の子猫のようだ。 撫でたい。

 そう思いながら、手を動かそうとするも動かない。

 …だんだんイラついてきた。 それでも私の体か、たかが呪術の影響を受けたからと言って、動かなくなるなど軟弱すぎる。


 いい加減、動け。



「…おや、動けますね。 よし」



 自分の体に命令したところで、今まで動かなかった体が動くようになり、起き上がる。

 上半身を起こし座った状態で、両手を数度握って開いてを繰り返し。

 完全に感覚が戻ったのを確認した後、周囲を見渡した。


 が、目が覚めてから見渡した時と同じで、辺りは生い茂った森。

 ちょっとした開けた場所に寝ていたようだが、自分が原因でその広場ができた風には見えなかった。

 そして、まだ足にすり寄っている子猫を片手で抱き上げ、足に乗せてもふもふで心を落ち着けようとしたその時、再び茂みが動いた。


 初めは母猫が来たのか、そう思ったが、そこから飛び出してきたのは。

 母猫とは思えない、と言うか明らかに種類の違う、模様はどう見てもパンダだが体格はヒグマの、何とも言えない動物が飛び出してきた。



「パンダ…いえ、熊ですか?

 パンダ模様の熊とは珍しい、新種ですかね?」



 こちらに襲い掛かろうとしているそのパンダ熊を、驚きもなく見物している私に、一瞬パンダ熊は動きを止める。

 怯えるか、反抗するかの反応ならば襲い掛かってきたのだろうが、私の反応は予想外だったようだ。

 しかし、すぐに気を取り直したのか、咆哮を上げて襲い掛かろうとする。


 動物を傷つけるのは好きではないが、この場合仕方ない、正当防衛だ。

 そう思いながら、手近な武器を探そうと地面を見ると、ちょうどよく私の金棒が。

 子猫にケガをさせたくはないので、懐に入れて立ち上がると、まずは威嚇がてら金棒を地面に突き刺す。



「動物を傷つけるのは好きではありません、大人しく引いてください」


「グルルルルル…」


「引きなさい、力の差がわからないような腑抜けでもないでしょう?」


「グルル…グ……、きゅう…」


「わかればよろしい。

 …ところで、あなたの毛並みも興味深い、触らせてもらえますか?」


「グ? グゥ…」


「ありがとうございます。

 ……ほぅ、剛毛かと思いきや結構ふわふわしているのですね。

 ふむ、触り心地がいい」



 野生動物を服従させたからと言って、了解なしに触るような真似は彼らにとって失礼だ。

 一言断って、了解を得た後触ると、なかなかに触り心地の良い毛並みで、撫で続ける。

 もぞもぞと懐から顔を出した子猫も、目の前のパンダ熊に首を傾げた後、ちょんちょん、と前足で触っていた。


 まあ、本来なら彼らは弱肉強食、子猫は喰われる側だが、私がいるからかパンダ熊は手を出そうとしない。

 さすが野生動物、人間相手でも武器で負傷させられない限り強食の立場でしょうが、私を自分より上と認めたらしい。



「賢い方ですね、どこかの豚に爪を煎じて飲ませてやりたい」



 ぽそり、と呟いた言葉に、何故か怯えるパンダ熊。

 いけないいけない、殺気が出ていたようだ。

 「あなたに対してじゃありませんよ、と言うか、あなたの事は褒めているのです」そう声をかけながら、手を下ろす。


 撫で終えたらすぐに去ると思っていたパンダ熊は、しかし私に顔を摺り寄せてきた。

 懐かれた…らしい。 褒められて嬉しかったようだ。

 猫だったら喉を鳴らさん勢いで半ば体当たり状態ですり寄ってくるパンダ熊に、私はビクともせずそれを受け止め再び体を撫でていると。


 今度は、明らかに人語、しかも日本語が聞こえてきた。

 …客が多い。



「どこだってばさパンダー!!」


「熊だって言ってるでしょ! このバカボルト!」


「っかしーなー、確かこっちに…!! パンダが人襲ってる!!」


「だーかーら、熊だって…じゃなくて、人!?」



 ガサッと、パンダ熊が出てきた茂みから…どう見ても、子供が二人。

 一人は金髪の髪に青い瞳の少年、もう一人は赤縁眼鏡をかけた黒目黒髪の少女。

 ただ、現世の人間の服装とは少し…いや、かなり違う格好だ。


 例えるなら…東京某所で開催される大会の会場にたくさんいそうな格好。

 あの大会には一度視察で行ったが、なるべくならもう二度と行きたくはない。

 …脱線した。


 まさか、ここで(用意した言い訳の)仲間が現れるとは思わなかったため、一瞬間を置くが。

 パンダ熊がじゃれているのを、私を襲っていると勘違いしたらしい子供二人に、違うと言おうとした時。

 二人の声を聞き振り向いたパンダ熊が、威嚇するように唸り声をあげた。


 但し、私の後ろに隠れて。

 自分も強いだろうに私の後ろに隠れるとは、この子供たちが怖い? いやまさか。

 どう見ても年端の行かない子供だ、ありえない。


 小鬼だというならまだしも、ここは地獄ではないから小鬼がいるはずもない。



「その人から離れろ! パンダ!」


「熊! ボルトは後ろに!」



 この状況でもツッコミを忘れないとは、几帳面なのか、焦っているのを、ツッコミによって冷静になろうとしているのか。

 そんな分析をしていると、少女が何かを取り出した。

 あれは昔見たことがある、確か、クナイ、だ。


 …いや、ちょっと待て。 子供が何故そんな物を持っている?

 そしてそれを振りかぶって投げようとしている?

 おもちゃなのか? にしては鈍く光っている、どう見ても鉄のそれだ。


 そんなものを持っていたら危ない、そしてたとえ投げられたとしても子供のコントロールではどこに行くかわからない。

 だが、止める間もなく少女はそれをこちらに、パンダ熊を狙って放った。

 …おや、ちゃんとまっすぐ狙い通りに飛ばせている。


 もっと幼い頃から練習していたのだろうか、親の趣味が見え見えだが。

 しかし、パンダ熊をケガさせるのを見ているのも可哀想だ、そもそも、じゃれついているのを襲われているの勘違いさせているのだから。

 こちらにそのクナイが到着する手前までそんな事を考えていた私は、金棒であっさりとそのクナイを弾き飛ばした。



「お待ちなさい、私は襲われてはいませんよ。

 ただじゃれられていたんです」


「…えっ…? 一般人が私のクナイを弾くなんて…」


「その人から離れろ! 狂暴パンダ!!」



 クナイを弾いた事に、少女が驚いている隙に後ろに回ったらしい少年の声が辺りに響く。

 振り向けば、どう考えても年齢に似つかわしくない跳躍力で、私どころかパンダ熊の背丈をも軽く越した空中にいる少年の姿。

 某国の民族を軽く越すその跳躍力は、一体どうやって身に着けたのか気になる所だったが、次に響いた掛け声とともに起こった現象に、思わずぎょっとする。



「影分身の術!」



 ボンっと音がした(一体どこからかは不明)と思ったら、少年が三人に増えた。

 常識では考えられない現象に、数度瞬くも、増えたのには変わりなく。



「…三つ子?」



 ありえなさそうだが、妥当な言葉を口にし小さく首を傾げると、それが聞こえたのか、少年たちは「へ?」と戦闘中の顔からきょとんとした顔に変わって、ずべしゃっと地面に落ちた。

 と同時に、三人のうち二人が、煙となって消えた。

 ふむ、なかなかにノリの良い子供だ。



「ってて…、思わず落ちちまったってばさ…。

 襲われてんのにのんきなおっちゃんだな」


「失礼。

 ですが、私は襲われてはいませんよ、このパンダ熊は懐いてじゃれていただけです」


「…は? まっさかぁ!

 その狂暴パンダが懐くはず……って、あれ? ホントに懐いてるってばさ…」



 攻撃されそうだったのを私が守った、そんな図式になったらしく、パンダ熊は感謝を表すようにまた私にすり寄っていて。

 私が言った言葉を疑いかけた少年も、それを見て驚きながら目を丸くしていた。



「でもまあ、助けてくださろうとしていたんですよね。 ありがとうございます。

 私は…鬼灯、と申します。 ところで、あなた方は?」


「鬼灯、さん…? あ、私たちは木ノ葉の忍です。

 その熊パンダが、木ノ葉の動物園から5回目の脱走をしたので、捕まえに来たんです」


「鬼灯かぁ…、オレオレ、オレってばさ、うずまきボルト!

 なぁ、鬼灯のおっちゃんも忍なのか?」


「忍…? 忍者ごっこ、ですか?」


「いや、額あて見たらわかるだろ、正真正銘木ノ葉の忍だってばさ」


「木ノ葉…とは、地名ですか?」


「へ? 火の国の木ノ葉の里を、知らないってばさ?」


「はい、申し訳ありませんが、聞いた事がないですね。

 火の国、という事は、ここは日本ではないのですか?」


「に…ほん? どこだ? それ」


「……これが現実だとすると、かなりの脱力感がありますが…そうなのでしょうね…」



 話を総合して、行きついた結論に、私は脱力しながら溜息を吐く。

 現世に落ちた事には変わりはないだろうが、ここは現世ではない。

 いや、厳密に言うと、私のいた地獄とつながっているはずの現世ではない現世だ。


 時空…と言うより、次元が違う。

 予想でしかないが、どこか違う世界に放り込まれたらしい。

 あのバカ…いえ、駄神獣ならば、ここがどこなのかを理解できたかもしれないし、帰る方法も、腐っても神獣なのだから分かるだろう。


 しかし、この付近にあの白豚の気配はないし、もしかしたら私が巻き込まれたのを知らないまま帰ったかもしれない。

 ものすごくムカつくが、置いて帰られては私には戻る術はない。

 どうしたものか…、と、私が考え込んでいると、少女の方が話しかけてきた。


 そういえば、彼女の名は知らない。



「あの、鬼灯さん、多分、火影様ならあなたの状況がわかると思います。

 一緒に木ノ葉へ来ませんか?」


「えー、父ちゃんがわかるかなぁ?」


「あのねぇ、ボルト。

 火影様はいろいろな経験をしてるんだよ?

 わかるかもしれないじゃない。

 それに、今里にパパが帰ってきてるし」


「そうだった! サスケのおっちゃんなら、わかるかもな!

 なんだっけ、り…輪廻眼があるし!」


「とにかく、他国の忍じゃないなら里の出入りは自由ですし、そうしませんか?」



 少女が心配そうな顔で見上げてくる。

 よくはわからないが、可能性がわずかにでもあるなら、縋るしかない。

 運良く、あの豚がその村…いや、里に、いるかもしれないし。



「ありがとうございます、では、お願いできますか?

 できれば、そのホカゲサマ、と言う方にお目通り願えたら、助かるのですが」


「大丈夫だってばさ! オレがいれば、父ちゃんは会ってくれるってばさ!」


「そういえば、ボルトさんは先ほどからおっしゃっていましたね。

 ホカゲサマは、ボルトさんのお父上なのですか?」


「うん! オレの師匠、サスケのおっちゃんの次に尊敬してるってばさ」


「…その、サスケさん、と言う方は、お嬢さんのお父上、と。

 そのお二方は、どうやら特別な方たちのようですね。

 ところで、この話に関係はないのですが、お嬢さんのお名前は?」


「え? あ、すみません。 私はサラダ、うちはサラダです」


「ではサラダさん、あなたのお父上にもお会いできると嬉しいのですが。

 できれば、ホカゲサマと一緒に」


「あ、それは大丈夫です。

 父は最近火影室によく行ってるんで、会えると思います」


「そうですか。 それでは、よろしくお願いします」



 地獄に仏、とはこういう事を言うのだろうか?

 まあ実際、地獄に仏様はいないが。

 とにかく、話がまとまった所で、パンダ熊は私が連れて、子猫はサラダさんに託し、一緒に木ノ葉の里へ向かった。