Monster Princess

アルセラください(ゆりあ)
@mituyaki1

EpisodeZERO 【prologue〜プロローグ〜】

「知っているかしら、『心の闇』を」


「そう、そうね、誰もが一度は聞いたことがある言葉だと思うわ

その言葉の通り、人の心の中に秘める暗い暗い闇の事よ」


「でもね、その『心の闇』って言葉は、単なるマイナス思考な心を指して使う言葉じゃないの。


視えるのよ、この目で。」


「人の心の中で負の感情が産まれ、それがぐつぐつと煮えたぎって本人の心に背負いきれなくなったその時、『それ』はついに可視化した化物になるの。

猜疑心、劣等感、怨み、妬み、苦しみ、悲しみ……そんな心が種になるのよ。」


「化物、と言っても、『それ』に意思があるわけでも手足があって攻撃するわけでもない。

でもね、『それ』は確実に、人の心を狂わせる。」


「『心の闇』は、1人の心から産まれたくらいの規模なら何の問題でもないけど、『それ』は確実に、一箇所に集まって、その闇の深さを少しずつ……でも確実に、大きくしていくのよ

負の感情を抱えた人間が暮らした場所とかジメジメした場所、誰かが深い悲しみや怨念を背負った場所に溜まりやすいかも。

そういう人物が生きて暮らしている時だけじゃなく、その場所から去った後も『それ』だけがいつまでも留まり続けるのよ。」


「どんな見た目をしているかって?


闇、よ。

真っ黒。

ただ、黒いだけ。

例えるなら、そうね、上手くは言えないけど、見たこともないような深い深い黒の煙……かしら。

心に負の感情を秘めた人の周りをゆらゆらと蠢き、付き纏う厄介な煙。」


「普通の人間には『心の闇』を視る事は難しいけど、私のような特別な能力のある者や余りにも規模が大き過ぎる『心の闇』は万人の目に見えるかもね。

今のところ、そこまで酷いのは視た事無いし、視たくも無いけど。」


「最近、その『心の闇』を秘めた民をよく見かけるのよ。

街にも、村にも、沢山。

その度にこっそり、私の力で簡単なおまじないを掛けて闇の力を薄めているの。

きっと、戦争が続いているせいね。」


「戦争は、確実に『心の闇』を産み落としているわ。

たくさんの人の悲鳴、生命の断末魔、そして、憎しみ……。

戦争は、そんな『心の闇』の材料をよく掻き混ぜて、凝縮しているようなものよ。」


「……これから、私たちにとってとてもつらい未来が待っているわ。

……ふふ、私にはわかるのよ

『心の闇』が猛威を振るい、世界を蝕んで行くの……。

……でもね、私たちは、どんなつらい事があっても、心に闇を飼ってはいけない。絶対に、いけないのよ。」




「いつも心に、一筋の『聖なるヒカリ』を、宿しましょう」












————————————————————————










思い浮かんだのは妹の言葉だった。

半年程前に、突然切り出された他愛もない話題。

私はその時、「そうか、そうだな」と、いつもの様にひとつ返事をしていた。

話は聞いていたし、意味も理解出来たが、いまいち実感の湧かない話だった事を覚えている。

その時の私にはまだ、『それ』が視えなかったから、仕方の無い話だが。




石膏で出来た太い柱に凭れ、ふと空を見上げる。

澄み切った青空が広がっている。

室内だが、どこからかやってきた微かな風が頬を撫でてゆく。

不思議なくらいに心地の良い風が、私に「おやすみ」と囁いているように思えた。




本当に、何だか眠たくなってきてしまったな……

もう、立ち上がる気力は残っていない。

情けない話だが、持つ限りほぼ全ての力を使い果たしてしまったようだ。

すぐ手の届くところの湧き水に揺れる水面には、傷だらけの自分の姿が映っている。


もう、瞼を閉じてしまってもいいかい?

少しだけ、昼寝をしたい気分なんだ……。


返事をすることも無い、水面に映る自分にそう問いかける。


そう、少し眠るだけ。

小一時間もすれば、すぐまた目が覚めるさ……。


徐々に重たくなっていく瞼と共に生命の燈の終を感じながら、自分の鼓動だけが響く神聖な世界に「おやすみ」と告げよう。


妹は、無事なのか?

もう一歩も歩けずお前を救えない兄をどうか赦してくれ。

お前のためなら惜しくはない、と燃やした私の生命の燈の代わりに、どうか、生き延びてくれ——————。



最期にお前に逢いたかった、と呟く間もなく、睡魔は容赦なく私を襲う。






瞼を閉じるとほぼ同じ瞬間に、妹の髪と同じ色が目の前の視界を覆ったような気がした。






「遅くなって、ごめんなさい

手遅れになる前に……こうするしか、もうあなたを救う道はないの」








……なんの話だ?


愛しい妹の声が、すぐ耳元で聴こえるような気がする。

ああ、こんなときだから、きっと過去の記憶と色々な思い出がごちゃごちゃになっているんだろう…………。

それも仕方が無い。

今はとても眠たいんだ。

せめて最期は、愛しいお前の声に静かに押し寄せる記憶の波の中で耳を傾けながら永久の眠りにつかせておくれ————……。








よく知っている梔の花束の香りに包まれ、私は完全に意識を手放した。



























































目が覚めると、独り、何も無い世界に立っていた


『永遠の時間』を手にして————————…

















































……To be continued








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