あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

39【最終話】

「よっし!忘れ物ないか~?」

御幸の声に部員が答える。こちらは運び出しの確認で別便だ。

「こっちのバスに乗らねぇの?」

「うん、私、氷とか準備しないといけないから。先に出て、お店に寄ってから球場に行く。」

「遅れるなよ~。最終決戦なんだからさ。」

決勝戦だ。

薬師と戦うのだ。勝った学校が代表として甲子園に行く。

「大方の予想通りになったね。うちは沢村君、薬師は誰なんだろうね。」

さぁなぁ、と言いながらリストの最終確認をしながら御幸は笑みを浮かべた。

「誰でもいいぜ、俺は。倒すだけだし。皆と甲子園に行くだけだ。」

試合用のユニフォームが目に眩しく感じる程白い。単純に御幸に似合ってるなぁ、と思ってしまう。

捕手で4番で主将で、負けたあの日から相当のプレッシャーであっただろう日々を思うと様々なことを思い出す。

勝つことにこだわりを持ち、仲良しごっこではない日々にいよいよ決着がつくのだ。

「そうね、御幸君の敵は自分自身だもんね。誰が相手でも関係ない。」

落合コーチから「出るぞ」という声がかかり、「はい!」と返事をして「じゃあね」と言いながら振り返ろうとすると御幸に腕を取られた。

「?御幸君?」

「・・・向こう行ったら言う暇ねぇから、今言うけど。」

いつになく帽子を深々と被っている御幸は普段とは違う人のように思えた。表情が見えない、声しか聞こえない。

「俺、多分生まれて初めて自分以外の人のために野球するよ。」

「・・・。」

そんなの駄目だよ、と言えなかった。掴まれた腕が痛くて声も出なかった。そっと御幸は腕を離し、顔を上げた。笑顔だった。

「俺の初めてをお前にやるよ。」

そう言うと、くるっと向きを変えてバスに乗り込んでしまった。やや茫然としたが落合の運転する車に乗り込む。

助手席に乗り込むと、落合はいつものように無表情で言った。

「今日の主将はいつもと違うなぁ。鬼気迫るものがある。いや、実に結構。・・・多分。」

「多分、ですか。」

「ああいう時は指示もいらないから便利なんだけど。」

これもまたいつものようにやる気のない感じで答えたが、その目は真剣そのものだった。御幸が鬼気迫っているのがじわじわと伝播する。

エンジンがかかり、「遅れないようにしないとな」と呟き、アクセルを踏み込み車は動き出す。バスの横を通る時、御幸の横顔が見えた。

真っ直ぐに前を向いた顔、すでにその先を見ているようでもあった。頼もしくもあり、やはり少し怖くも感じた。今日はベンチに入る。

しっかりとスコアブックの入ったバッグを抱き締め、目を閉じる。今日も先輩達は応援に来てくれる。頼もしい限りだ。

少し遠回りをして保護者と合流、大きいポリバケツに氷を入れ、飲み物の準備だ。バスが到着したのを見て走り寄る。

中から選手が降りてきて、横の荷物入れが開けられて、その中の物を運び出す。スターティングメンバーは先に球場に入るが、

それ以外は荷物を抱えて観客席だ。しかし、主将の御幸は降りてきて荷物運びの指示を出す。

「大丈夫か?お前、スカートなんだから気を付けろよ。」

御幸に声を掛けられ、思わず笑ってしまう。ジャージ姿なら全く問題のない行動でも、制服姿だとそうはいかない。

「大丈夫、これ出したら私も中に入るし。」

中からはブラバンの音出しの音が聞こえてくる。

「そうか。」

そう答えると急に黙り込んだので不思議に思って顔を上げると、御幸は全く違う方向を見ていた。導かれるようにそちらを見る。

薬師高校だ。彼等も今、到着したようで荷物運びが始まっている。「御幸く~ん!」という黄色い声だけだったこの場に違う名が呼ばれる。

それもまた黄色い声だがもちろん「真田君」だ。名前を呼ばれても御幸もそうだが、試合前の彼等は完全に反応しない。

御幸の視線の先には真田がいた。エースナンバーの1番をつけた真田はまた存在感を増していて、穏やかな表情をしていた。

真田もまた御幸の視線に気が付いたようだ。御幸は帽子を取ると、真田に向かって一礼した。

荷物を置いて、思わずその様子を凝視してしまう。今まで、御幸がこんな事を相手にしたことはなかった。

頭を下げられた真田は少し驚いたような顔をしたが、彼もまた帽子を取って頭を下げた。その姿は両方とも潔かった。

少し目を伏せて、今度はしっかりと目が合う。

「・・・。」

何を言う事もない。ただ自然と頭を下げた。頭を上げると帽子のつばに少し手を掛けて、軽く会釈をした真田は球場に消えて行く。

私物の入ったバッグを肩にかけると先を歩く御幸の後ろを黙ってついて行く。

「青道高校、御幸一也です。」

係り員に声を掛け、ベンチ入りとして登録されている記録員の名前を確認して、1塁側に入っていく。スパイクの音が響く。

帽子をかぶり直し、視線の先にグランドの光が見えてくる。眩しい、何もかも眩しい。

「眩しいよ、御幸君。」

大きな背中に声を掛けると、少し御幸は笑ったようだった。

「いつになく緊張してるよ。今日は、今日だけは絶対に真田に負けたくない。」

勝ちたいではなかった。薬師に負けたくない、でもなかった。ただ真田に負けたくない、と御幸は言った。

「・・・負けてないよ、御幸君。」

御幸の努力を知っていた。御幸の涙も悔しさも、何もかも傍で見ていた。葛藤も、焦りも、喜びも、怒りも、全部見ていた。

すると前を行く背中はぴたりと止まり、振り返った。

「日本で1番長くマネージャーをさせてやるからな。」


ああ眩しい。


笑顔なのか、それともしかめっ面なのか、分からなかった。ただ外の喧騒は何故か聞こえなくて御幸の声が確実に聞こえた。

その様はあまりにも眩しくて、思わず目を閉じて、ゆっくりと開いた。先には先程と同じように大きな御幸の背中が見えた。

制服のリボンを締め直し、控え室から見えるグランドを見つめる。何度この光景を見ただろうか。今日程、大きくて輝いて見えたことはない。

「さあ!いこう!」

御幸の声にベンチから外へ出て、メンバー全員で伝統の「王者の掛け声」だ。観客が固唾を飲んでこの掛け声に耳を澄ます。

ベンチから見ると薬師のメンバーは笑顔を浮かべてこちらを見ている。薬師はこれぐらいの威圧では揺るがない。余裕の様子だ。

審判が入ってきて、ホームベースを挟んで顔を合わせる。監督と部長、その横に立って、それを見守る。

お互いが礼をして、薬師のベンチの方へ頭を下げる。帽子を被って、ベンチに戻る。

「頼むぜ~、倉持。」

「やればできる子なんですからっ!」

「うるせぇぞ!」

いつもの声の中、椅子に座ってノートを開く、薬師の先発は奇をてらうパターンで轟雷市だ。この後、真田が出てくるのだろう。

「・・大丈夫か?」


努力は嘘をつかない、の言葉が目にとまる。


「大丈夫。いつもと変わらない。・・・御幸君は大丈夫?」

声を掛けてきた方を向かずに、まっすぐにグランドを見ながらはっきりと答える。

「俺はいつも大丈夫だよ。」

「それは良かった。」


最後の夏をかけた勝負が始まる。ブラバンがファンファーレの演奏を始める。スタンドでの応援合戦がもう始まっているのだ。

「勝てよ!じゃなきゃ殺す。」

物騒なことを言っているのは純さんだ。大阪から来てくれているのだ。先輩たちが集まっている。ほっとして御幸の顔を少し見る。

笑顔だ。笑みを浮かべてグランドを見ている。1塁を守っている真田も大きく声掛けをしている。

あの挨拶は何か、宗教儀式のように尊く見えた。お互いへの尊敬と止められないライバル心、それは畏敬ともとれた。

努力した日々を思い出すには早すぎる。今日はこれから始まるのだ。私達の「今日」は今から始まるのだ。

そう思うとすっきりした晴々した気持ちにもなった。最後まで、しっかり見ようと思った。私がここで見るんだ、と思った。


真っ白い球が空をゆく。まるで意志を持ったように、導かれるように空を進んでいく。


投げた方も構えた方も、嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。

それを見つめる真田も、ベンチにいる御幸も、笑みを浮かべてグランドを見ている。見ているのは夢なのか、現実なのか。


そうだ希望だ。これを何年も夢見て、ここまで来た。


私達はただ前を向いて進んでいくだけだ。

強い風に行く手を遮られた。追い風が背中をそっと押してくれた。ただ手を広げたら、どこか遠くへ連れて行ってくれそうだ。

私達は、私は、ただ前を向いて進んでいくだけだ。でも、それが心地よい。


END

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