あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

37

それぞれの番号がついたユニフォームが渡され、スタメンが発表される。いよいよ予選が始まるのだ。

初戦のベンチに入る記録係は梅本だ。初戦はスタンドで応援するので、保護者からの問い合わせや物品の注文の確認をしている。

電話で全てをやり終えて、すっかり遅くなった。こんな日は御幸が大抵「送って行く」と言い出すのだが、これもいつもだ。

丁寧に断って、学校を後にする。土手下ではやっぱり自主練をしている姿が見える。いつもの風景だ。

帰ろう、と思って道を歩くと、その先に見慣れた姿が立っていた。真田だ。

「・・・決勝戦まで会わないっておっしゃってたんじゃないんですか?」

自分がいるのを分かっているはずなのに、何も言わない真田に声をかける。見ると少し笑みを浮かべているようだ。

近づいていくと、腕を引かれて、ぎゅっと抱き締められる。真田の匂いがして、少し安心してしまう。

「どうしたんですか?」

「会いたくなった。駄目だった?」

囁くような小さな声で耳元で響く声は相変わらず落ち着いていて心地よかった。目を閉じると真田の鼓動を深く感じる。

「こんな時間に1人で帰ってるなんて聞いてないよ。・・・送ってくれないの?」

「後輩たちを送って行ってるんですよ。私は・・・断って帰ってきたんです。」

その言葉に自分の身体に回されている真田の腕の力が少し強くなる。間で送りたいと言うのが誰か分かったのだろう。

「何でもいいから送って貰うわけにはいかないのかね。」

「何でも?」

「そう、何でも。」

「監督でも?」

「おたくの主将じゃなければ誰でも。」

最後はつまらなそうに言ったので、思わず笑ってしまう。夏の夜だが、少し涼しい風が吹く。

近くのコンビニのぼんやりした光に真田の大人びた顔が照らされている。見ると髪の毛が下りている。練習あがりなのだろう。

「薬師は明後日ですね、予選。うちは明日ですから、その確認で遅くなってしまったんです。」

うん、と言いながら真田はその腕を解こうとはしない。

「いつもはもう少し早いですし、帰ったらラインするじゃないですか。」

「・・・ずっと傍にいて、君のこと見守ってたい。どっか行っちゃいそうなんだよ、君は。」

どうしてこんな優しいのだろう、真田と会ったり話をしたりしていると、いつもそう思う。良い意味、悪い意味、真田は心をえぐる。

今だって、「会いたい」と思っていた。今、何をしているだろうか。足は大丈夫なのか、頭の怪我は?などと思っていた。

すると、その視線の先に真田はいた。真田の胸に手を置いて、顔を上げると真田は微笑んでいた。

「何?キスのおねだり?」

「違います。・・・私はどこにも行ったりしませんよ。」

「即答!」

言いながら頬に手を置いて、やっぱり微笑んだままだ。

「ねぇ、近くまで送って行ってもいい?」

「・・・嬉しいです。」

手に持つバッグをさっさと取られ、空いた手でぎゅっと手を掴まれる。「おうちの方にご挨拶でもしようかな」軽口はいつものことだ。

何を話すわけでもなく、しばらく歩くと家に到着してしまう。

「有難うございました。気を付けて帰って下さいね。」

簡単な別れの挨拶を言う。これ以外に何か言うと、胸が張り裂けそうな気持ちになる。真田は黙っていたが、視線が合う。

「俺は自分のために勝つし、君のために勝つ。・・・絶対に負けないよ。」

決勝戦で戦うのだ。手を握り締めたまま、じっと見つめられると鼓動が早くなる。真田の言葉に「私も」という返答はできない。

戦うのは自分ではないのだ。真田と戦うのは御幸たちだ。

「・・・。」

言葉を探すが、返す言葉が見当たらない。するとぐいっと手を引っ張られて、顔に手を当てられる。

「やっぱり、ちょっと我慢できないわ。」

すぐ近くで声が聞こえて、それがどういう意味が判明する前にそっと唇が塞がれた。腰に手を回され、身体が密着する。

驚いたが、すぐにその包容感に身をゆだねてしまう。少し背伸びをしていても、真田の身長には敵わない。それでも、と背伸びをする。

少し口が離れて、また寄せられる。ここが家の前で道だというのも忘れてしまう。やがて唇が離れ、視線がかみ合う。

「・・・。私・・・答えを出したいって思います。」


答え、何の答えか。

真田をいつも近くに感じていたが、今は何だか、余計に近く感じた。何より近くに。

だが、それと同時に距離も感じた。所詮は敵同士なのだ。

そして、野球部の面々、御幸の存在を近くに感じた。彼等は仲間なのだ。


「それでいい。それでいいよ。君は、君だけが真実だからさ。」

少し乱れた髪の毛をそっと直しながら、真田は本当に、心底愛おしそうに呟いた。どういう意味か、すぐには分からなかった。

「ちょっと痩せたんじゃない?」

「そうですか?そんなことないと思うんですけど。」

真田は指で顔の輪郭をたどりながら、じぃっと見つめてくる。しばらくそうしていたかと思うとふっと笑みを浮かべた。

髪の毛にそっと触れて、腕に触れて、手をとった。

「俺、何か焦ってるわ。会いたいって思って、急に来るとか。今までだったらあり得ない。」

そうだろう、と思った。この人は青道で言ったら御幸一也だろうと思う。ただ御幸とは違って社交的だ。友達も多いはずだ。

だが「特定の彼女」は作ったことはない、という話だ。人気者だし、ギャラリーも多いし、女の子の黄色い声も多かった。

そんな男に好かれているし、自分も心を奪われているのは不思議な話だった。

「私、本当に不思議なんです。真田さんといると安心します。・・・この手を離したくないって思います。」

「安心だけしてたら、危ないかもよ?」

指を絡めて、手を離してこの場を去るのが悲しかった。

「大丈夫ですよ?」

「はは、大丈夫、か。何か試されてるみたいで、ちょっと簡単にはいけないなぁ。」

指先にそっと唇を寄せて、「じゃあ、帰るわ」と呟いた。決勝戦まで会えないのだ、と思うと本当に淋しく、悲しかった。

顔には出していないつもりでも、真田には全部知られてしまう。「あ~・・・」この声は真田が全部分かっている時だ。

「大丈夫だよ。きっとうまくいく。」

安心させるように、幼子をあやすように、真田の声は穏やかで優しかった。頷くしかなかった。

「・・・気を付けて帰って下さいね。」

真田は何も言わずに頷いた。

「・・・。」

何も言えなかった。真田は困ったように笑いながら

「家の中に入りな。入ったの見たら、俺帰るからさ。」

そう言われて、背中を押される。門扉に手を掛けるとぎぃっという音がした。数段の階段を上がって、扉に手を掛ける。

「おやすみ。」

少し開けると家の中の灯りが少し洩れて、たまらず真田の方を向いた。真田は言ったように家の中に入るまで微笑んで待っていた。

「・・・おやすみなさい。」

扉を開けて、家に入る。扉を閉める瞬間、笑顔を浮かべて手を上げている真田を見た。限界だった。「帰ったの?」という声に簡単に答えた。

急いで部屋に入って、鞄を床に落とした。涙があふれて止まらない。拭って拭って、それで前を向いた。もう試合でしか会えない。

真田に触れられた唇にそっと触れ、大きく息を吸って吐いた。もう動き出した、止まらない、止まれない。

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