あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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合宿が進み、チームが固まっていく。最終日は往々にして涙を流す者も少なくない。この日ばかりはマネージャーも涙してしまう。

去年も一昨年も泣いた。選手達の頑張りが心を打って、その頑張りに感動の涙を流すしかなかった。

今年は涙は出なかった。初めて「やり切った」という充足感があった。その満足感の前に流す涙などなかった。

ただ選手たちが誇らしかった。前を向いた3年生を見ると格別にそう思った。彼らが誇らしい、と。

「お、毎年泣いてた奴が、今年は泣いてないのかよ!ヒャッハ、珍しいこともあるもんだな。」

目を真っ赤にしてはいるが涙はこぼしていない倉持は軽口を言いながらも、帽子を深く被り直した。

「倉持君、始まるね。」

「あぁ。」

「・・・何か、私たち3年になったんだね。」

「今さら・・・。」

呆れた調子で倉持は答えながら、「見てみろよ!」と指を指した。その先には沢村たち後輩の姿があった。

「いつの間にか逞しくなったなぁ、あいつら。」

その声は本当に優しくて、穏やかだった。本当に背中が大きく逞しくなった後輩達は元気いっぱいで「腹減った」と叫んでいる。

「・・・。」

その姿を見つめるしかなかった。

「・・・頼むぜ、マネージャー。誰よりも1番長く、俺達のマネージャーでいさせてやるからな。」

その言葉に「うん」と小さく頷くしかなかった。一時的にマネ部屋に宛がわれている部屋に戻ると真剣に裁縫中だ。

近くの神社でお祓いをして頂くためには早めに仕上げなくてはならない。1つひとつ丁寧な作業が進む。

作りかけを手にして、出来上がった作品が入る箱を見つめる。あと少しだ。

「あんまり根を詰めて作業をしないようにね。1年と2年はお風呂に行きなさい。高島先生が待っていらっしゃるから。」

後輩達を連れて外に出ると、すでに車が準備されていて、そこに乗せる。走り去る車を見ていると無性に悲しくなった。

自分も昔こうやって先輩に送られ、車に乗ってお風呂に連れて行って貰ったものだ。先輩に手を振って、遠くなる先輩を見た。

先輩は笑みを浮かべていたが、少し大人びたような、不思議な笑顔だったのを覚えている。

車内で同級生と楽しく話をしても、帰り道にこっそりアイスを買って貰っても、あの表情がいつも心の隅にあった。

「そっか・・・。淋しかったんだ。」

ようやく分かった。終りが見えている、この学年になって理解ができた。ポンと背中を叩かれ、振り返ると残る2人だ。

「淋しいねぇ。」

思わず言うと、2人はうんうんと頷きながら、それでも笑みを浮かべた。

「やることはやった。」

そう言うのは梅本で、それに強く頷いて何も言わないのは夏川の方だ。

「サチ、唯・・・。これが最後なんだね。」

3人で手を取り合い、顔を合わせて力強く頷いて、梅本が手を前後に揺らし始める。そして動かされていたものが、自らの意思で動かす。

「やることはやった。あとは野郎どもに頑張ってもらうだけ!」

「そうそう。頑張って貰えるように、準備しよう!」

そうだね、と辛うじて答えた声は涙声で消え去りそうだった。ぎゅっと手を握り合って、笑い泣きだ。3年間が泣き笑いだったのだ。

夏大会のベンチ入りメンバーが発表され、食堂でユニフォームに縫い付けるのは3年マネージャーの仕事だ。

手渡された御幸のユニフォームと「2」番、嫌な顔をして見上げると「キャプテンのたっての御希望です」とそしらぬ顔だ。

「・・・サチ、やってよ。どうせ分かんないわよ。」

「ゲンを担ぐっていうのかね、こういうの勝負師は大切にするからねぇ。」

梅本はそう言いながら倉持のユニフォームを持ち上げる。どうやら倉持なりのゲン担ぎらしく、ずっと番号つけをやっている。

「サチがつけた時の試合で活躍したからって、倉持君はそれ以来、サチのお客さんだよ。」

「そういう唯だって何人かいるよね、ゲン担ぎ。」

そんな中で御幸は「誰でもいいよ。外れなかったら。」と言って、いつも最後に回されて、手が空いている人間がつける、という形だった。

特定の誰かがつけた、という事を好まないのか、ゲン担ぎをしないのか、自分達への配慮なのか、ずっとそうだった。

「こういうのっていつもと違う事、しない方がいいと思うけどなぁ。」

つい本音が出て、嫌々そのユニフォームを広げる。「じゃあ、たまたま手が空いてたってことで」そう言われてしまうと、それしかない。

仕方なくユニフォームに縫い付ける。ゆっくりゆっくり、丁寧に。外れないように、勝てるように、怪我をしないように。

誰に対しても同じ気持ちだ。手作りのお守りも完成している。それをユニフォームと一緒に渡すのも恒例行事だ。

ベンチ入りの記録員は3年生が交代で行う。初戦は梅本に決まっている。これもマネージャー達のゲン担ぎだ。

梅本が入って公式戦初戦で負けたことはない。(もっともあまり負けた事はないので無関係かもしれないのだが)何かにすがりたい。

「私はさ、青道のマネージャーであることを誇りに思うよ。」

突然の言葉に梅本と夏川はきょとんとした。しばらくして梅本は言った。

「あんた、薬師の真田君のことでぐたぐた考えてんのかもしれないけど。」

ユニフォームから手を離し、立ち上がるとさらに言った。

「誰かのあんた、になる前に。・・・私たちのあんた、なんだからねっ。あいつらが好きになるずっと前!から。」

私たちがあんたのこと1番大切にしてたんだから、最後は少し泣きそうな声だった。ぐすっと鼻をすするとすとんと椅子に座る。

「娘を嫁に出す心境だ・・・。」

その梅本の言葉に夏川は苦笑しながら

「嫁に出す先は真田君じゃありませんように!」

青道の優勝を願う言葉だ。誰もが甲子園に行った方と付き合う、と思っているのだろう。

「真田家に嫁ぐんなら、いびる。確実にあのイケメンをいびる。」

誰とも付き合わずに、そのまま孤独に生きるなんて誰も考えてもいないのだろう。そして、嫁ぎ先は御幸家だと信じている。

「御幸君ちなら仕方ないから。やっぱりいびろう。」

「サチ、姑根性だね。」

「御幸君にやられた数々の嫌がらせ、今こそ、お返ししてやろうじゃないか!」

話しの筋は少しずれ、御幸の嫌がらせに対する応戦のようにも聞こえる。しかし、これは本質ではない。

つまり自分たちの勝利を信じている。様々な感情に振り回され、1番肝心な「純粋に信じる力」を見失っている事に気付く。

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