あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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合宿はいつ何時でも「地獄」だ。経験者の2年3年も本当に最後の追い込みの辺りには顔つきが変わってくる。

落合コーチの「昭和だなぁ、根性論だなぁ。この先に何が見えてくるんだろうなぁ。」という独り言も恒例だ。全くそうだ。

あまりの内容に涙ぐんでしまう後輩マネたちを影で叱咤するのもお馴染みだ。

「駄目よ、泣いたら。選手たちが泣いてないのに、私たちが泣いたら駄目。」

過去、自分も言われた言葉を同じように伝える。涙を溜めて「頑張ります」と声を張る後輩達に笑顔で頷く。

こうやって受け継がれていくのだなぁ、と今さらながらに思う。「後輩」だった時は「その時」に無我夢中だった。

3年になって初めて、ようやくと言っていいかもしれないが、周りが広く見えるようになってきた。

真っ直ぐに前だけを見つめる御幸を見るのが辛いと感じる時が多くなったのも事実だし、封印した思いを思い出したのも事実だ。

だから、ゆったりと笑う、精神年齢が少し上のように感じる真田に惹かれたのかもしれない。誰かに手を取って貰いたい、という思い。

監督にボールを出しながらボロボロになっていく選手を見つめる。2年前だったらこの辺りでもうついていけなくなって

いわゆる内勤の仕事を宛がわれたものだ。掃除や洗濯、そんなことぐらいしかできなかった。

隣りで最後のボールを受け取り、大声を出す御幸も、もう見られなくなるんだ、そう思うと複雑な心境だ。

「ボール出しのタイミングがうまくなったな。」

最後、御幸へのボールを打って、片岡が言った時、思わず片岡を見つめてしまった。強面の顔、その中の瞳はいつも誠実だった。

「・・・有難うございます。」

ヘルメットを取って、頭を下げる。褒められたことへの謝辞か、何か他のものへの感謝のようにも思えた。

「決めたか。」

何をか、など言わなくても分かっていた。進路だ。

「・・・まだです。」

「強制はしたくないが。」

そこまで言って、グランドに散らばる選手たちを片岡は見つめた。

「力になってやってくれ。」

自分の示した進路に行ってくれ、そう言われているとすぐに分かった。

「・・・私に向いている進路なんでしょうか。」

教員である片岡に何ということを、と思わないでもなかったが、まるで自分のことが分からなくなって、感傷的になって

昔のことなんかを思い出して、1歩も前に出る事の出できない自分に進学なんて向いているのか。そもそも今の自分で大丈夫なのか。

「自分で何にも決められないんです。」

「そうか。」

ボールを運び、ベンチに戻る。額の汗を拭って、渡された紙コップを片岡は黙って受け取り飲み干す。

「マネージャーをするのを決めたのは自分だろう。」

やけに片岡の声は穏やかだった。そしてびっくりする程ベンチ内は静かだった。

「・・・私。」

何を言っていいか、考えもせずにしゃべり始めて、片岡の方を見た。

「支えていることに自負はないか?」

「・・・あります。」

「じゃあ、それを専一に磨くことが怖いか。」

「怖くないです。」

はっきりと答えることができた。怖くはない、とっくに怖くなんてなくなっている。

「・・・なら、克服できるだろう。」

人に気持ちを伝えるというこは何と難しいことか、と思っている。気持ちに言葉が追い付かないというか、そんな感じだ。

だからもっともらしいことを言って、自分が「知ってる」「分かってる」と思いに到達して満足している。全く持って子供だ。

ただ片岡を見つめていると

「ひいき目かもしれんが・・・。お前には向いていると俺は確信している。」

やはり優しい声音で呟くように言った。興味がないわけでもないし、他に興味がないわけでもない。

ただ、このまま野球に関係する道を選んで進むことは正しいのか、最も絶対に正しいことなど世にはないけれど。

野球をしたくて、出来なくて、それでも捨てきれなくて「野球」の周囲をウロウロしている自分。

御幸や真田はこのまま「選手」の道を行き、いつかその道を羨ましいと消化できない日がくるのではないか。

その時、自分はどうなるんだろう、そう思うと貰った資料を開くことはできなかった。

覚悟もしている、後悔もしていない、でもそれはその逆だから、そう思うのかもしれない、と考える自分が嫌だった。

いつか夢を叶えている誰かを見て、深く絶望するかもしれない、そんな風に考えてしまう心の闇は十分にあった。

「おい、さっき、監督と何話してたんだよ。」

バッティンググローブを外しながら御幸が話しかけてきた頃には日がすっかり落ちて、今日の最終練習が始まる頃だった。

「ボール出しのタイミングがうまくなったって褒められてた。」

「あ、それは俺もそう思うわ。」

「本当に?」

「うん。見てなくても音とか風とか感じて、すっと出してるだろ。監督も安心して手出してるって感じる。」

したり顔で言う御幸だってそうだ。初めから「凄い選手」だった御幸はまるでベテランみたいな風体で練習に参加していたが

近くに見慣れぬ女子マネがいると少し挙動不審になっていたものだ。「ボールが当たるんじゃないか」そう思ってるのがすぐに分かった。

実際、女子マネはボールを避けるのがうまいし、そんなに当たったりするものでもない。びくびくしていたのは御幸も同じだ。

「成長、してるんだねぇ。知らない間に。」

しみじみとそう思って言ったのに、御幸はどこか特定の箇所を見ながら

「あぁ、そうな。成長してる人は成長してるよな~。」

セクハラ発言をする。どこを指して言っているのかすぐに分かって、ちらっと御幸のいじわる顔を見て、ノーコメントで部室に向かう。

「あ、無視すんな。それが1番辛い!」

「知らない。どっかいけ、最低キャプテン。」

後ろで何か叫んでいるが無視して、明日の準備をしに歩く。大きな声、金属バットの音、ボールがミットに収まる音。

何もかもが大切で愛しいものだ。風にそよぐ洗濯された練習着、アイロンがかけられた真っ白で染みひとつない試合用ユニフォーム。

応援用具の準備、差し入れの管理、届けられた綺麗なレモンを見つけて、レシピ通りにはちみつ漬けを作ったと声をかけられ

味見をして太鼓判を出す。後輩達に任せた頃はどうにも同じようにできなかったので首を傾げることもあったが、最近は完璧だ。

高島から選手の体調管理のリストを手渡され、「最後の夏になるわね」と声を掛けられ、深く頷く。高島は少し悲しそうに笑った。

最後、最後と言われるのは3年生の性なので仕方がないが、その流れに乗ってしまった高島自身も少し感傷的になったのだろう。

「毎年のことだけど・・・今年はまた格別に感傷的になるわ。年なのかしらね。」

「今年は全学年、何だか皆個性的ですし、見ていて飽きないというか。わくわくするチームですもんね。」

その言葉に高島は少し微笑んだ。

「終わっていくのが惜しい気がして、音とか温度とか、そういうものまで求めてしまいます。」

「将来も決めないといけないし、後輩たちにはまっすぐな姿を見せないといけないし。」

小さな高島の声だったが、不思議と耳に入り、すとんと心の中に入ってくる。

「尊敬してるわ、本当よ。毎年、生徒たちに教えられるわ。」

そこまで言うと「今日は一緒にお風呂に行きましょうね」と微笑みながら監督室へ消えて行った。

自主練習の時のおにぎり用のご飯をお願いして、夕ご飯のメニューを確認する。豪華だ。差し入れがどうやら豪華だったようだ。

控え室に戻って、先輩から譲って貰った練習ノートをそっと開く、そこにはこれまでの日々が書き込まれている。

悔しいこと、苦しいこと、そんなことばかり書かれているが、そんな辛い思い出も今となっては全てが輝いている。

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