あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

29

よしよし、と背中を優しく撫で、御幸の腕の力が緩んだので、その腕からゆっくりと逃れた。

「去年はこんなこと、思わなかったんだけど。年取ったからかな、何かひどく感傷的になる。」

今の時間の動きは刹那的に思うことはある。御幸の言葉は心に響いた。真田が急に自分達の間に登場したからではない。

この刹那的な感傷が御幸の感情を動かした。真田とのことが2年生の時だったりしたら、御幸は多分何も言わなかっただろう。

追いつめられている、それは誰もが一緒のはずだ。

「もう大丈夫?」

「・・・もう少しぎゅっとさせて。」

「だめ。」

落ちたバッグを御幸は拾って差し出した。それを受け取って、正面から御幸を見た。髪の毛をゆるく結んだ姿は合宿で特別の姿だ。

練習中はきっちり結んでいる、偵察に行く時はほどいている。お風呂に入った後がこの髪型だ。

この髪型を見たのはもちろん初めての合宿の時だ。お風呂道具を持って歩いている姿を見てその晩はなかなか寝つけなかった。

朝が弱いのか、少し起き抜けがぼぉっとしてると梅本たちが言っているのを聞いて、さらにどきっとしたものだ。

空に星がちかりと光る。それを2人で見上げる。

「何で今ここで、野球して、3年生になって。俺はお前が好きで、お前は真田が好きなんだろうな。」

月のない夜は星がよく見える。北海道出身の降谷は「ここはあんまり見えない」と言っていたが、学校の近くには強い光はあまりない。

だから街中よりはずっとよく星空が見えた。

「星の光って今よりずっと前の光がようやく今、地球に届いているんだって。」

星空を見上げるふりをして御幸は隣りの様子を伺っていた。その目には星空と、これから先の未来が見えているように思えた。

「御幸君はきらきら輝いてるから。お星さまだから。・・・その答えはきっと今は分からないんだよ。」

もうとっくに覚悟は出来てんだな、御幸は確信した。意志の強い女だ、その姿勢に惚れた。強いし優しい。仲間想いで、野球が好きだ。

勉強だって、学校のことだって、何だって努力をして結果を出している。素直に尊敬できる。尊敬できる同級生なんてそういない。

「お星さまか・・・。さしずめ真田ならお星さまは君だよ、ぐらいは言うのかね。」

「さぁね。言わないような気もするけど。御幸君のイメージの真田さんってそんな感じなの?」

そう言って笑った。他の男を想っている女の笑顔は何故か今までと違って綺麗、というか別の魅力があって心が強く揺さぶられた。

何だか同じ年齢にも思えなくて、女子は精神的な成長が早いとたまたま意識が向いていて耳に入った保健体育の授業を思い出した。

いつの間にか「女の子」は「女」になっているのだろうか。別に性的な話ではなく、早く大人になってしまっている。

彼女は自分を「思考が子供だから今のままでいたいと思う」と言うが、お子ちゃまなのは自分の方だ。御幸には自覚がある。

「王子様キャラじゃない?俺も真田も。」

「真田さんは優しいから王子様なのかもしれないけど、御幸君は違うと思うけどねぇ。」

傍にいた小さな温かみはすっと距離を取って、寮へ向かおうとしている。思わず、御幸はその腕を掴んでしまった。

「俺たちが甲子園行けたら、俺と付き合ってくれ。」

「それは・・・。」

「お前と真田の約束は知ってる。でも、薬師か青道か、どっちかしか行けない所だから。結果は1つだろ?」

だったら、と続けようとすると遮られた。

「・・・今はうちが甲子園に行ったら、真田さんとは付き合えないってぼんやり思ってる。」

御幸はその言葉に衝撃を受けた。

「それで真田さんと付き合うっていうことは、・・・口にしたくないけど、うちが甲子園に行けないってことで。」

細い腕が微かに震えているのを感じた。

「どちらにしても・・・私は、適当な言葉が見当たらないけど・・・。」

言いにくそうに言いよどむ姿に、また抱き締めたい衝動に駆られるが、今度は先程のように簡単に抱き締められない。

身体全体に力を入れていて、それは御幸を拒否するという感じではなく、1人で孤独と戦っているという感じがした。

「罰を受けるんだろうな、という感じ。」

「お前、罰って・・・。」

「適当じゃないかもしれないって言ってるでしょ?」

その思い他強い言葉の選択に御幸は瞠目した。

「それじゃ、お前・・・。」

掠れそうになる発声を、頑張って絞り出すようにしか言葉を紡げなかった。

「まるで、俺達がお前を好きになったことが・・・罪みたいじゃないか・・・。」

その言葉に柔らかな笑みを浮かべて、静かに答えた。

「去年の夏休みの読書感想文、やった?」

現代文の課題をやらないはずはない。御幸は素直に頷いた。御幸は新書か何か、評論のようなもので感想文を書いた。

「私は漱石の「こころ」を読んで感想文を書いたの。その中の先生のせりふにね。」


こうあるの、と静かに言った。

「しかし、しかし君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか?」


「恋は罪悪・・・。」

確かその作品は授業でもやった。恋敵が自殺するとか何とか、そういう話だったように思える。中身は正直よく覚えていない。

「私、そんなことないって思ってた。恋は素晴らしいもので、罪なんて、悪なんて、って。」

いつの間にか腕の振るえは止まっていて、しっかり御幸を見つめていた。

「でも、私がどちらかを選んだら、どちらかが悲しむでしょ?」

「それは・・・。」

「そうならないように、どちらも選ばなかったら。」


私はもう2度と恋を出来ないような気もするの。

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