あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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急いで着替えて、食堂へ向かう。今日はおにぎりの担当だ。出た所でユニフォーム姿の御幸と出くわす。

「お?今日はおにぎり係?」

「そう。でもダメよ。今日は2年生の好みを聞いてあげる日だから。」

「げぇ。あいつら味覚アホだから、おかかチーズとかおしんことワサビマヨとか不思議味ばっかじゃん!」

1年前は無難な味が好みの部員が多かったので、おかかや梅、コブで良かったのだが、新人類は味覚も新しい。

古風な味覚の御幸たちは気持ち悪がるので、2年生希望の日は大抵嫌がっている。1年生は不思議度が上がるのでさらに嫌がる。

こうやって新しい風は吹き、伝統の風と一緒になり、次の世代を優しく導く。自分達もそうだった。迷う必要はない。

1年生はやがて最上級生となり、チームを、何も言わなくても、その背中で導く。夜、各々がバットを振る姿は日常だ。

「不思議味が普通になる未来が到来するのかもね。」

「やめてくれよ!おにぎりは古来から梅だろ。腐らないし、クエン酸摂取できるし。あいつら分かってねぇよ。」

おにぎりを全部で200個以上作るのには本当にもたもたしていたら時間内にはできない。いつしか出来るようになった。

「・・・分かる日がくるよ。」

言ってしまって、しまった、と思った。こんなの去りゆくから言えるようなものだ。感傷的になってはいけない。

御幸にはその動揺が伝わったのか、苦笑いを浮かべていた。

「今すぐ分かってもらいたいもんだね。」

食堂から声がかかる。振り返って返事をして、御幸を見上げた。

「御幸君、私と御幸君と、あと真田さん。この事はこれから先どうなるか分からないけど。」

真田という単語を聞きたくないのか、御幸の眉がぴくりと動いた。

「私は御幸君のこと、同じチームメイトとして大切なの。これだけは信じて。」

「・・・俺だけ?」

「倉持君とかも大事。」

そうだと思ったけどよ!と軽口を言いながらグランドの歩いて行く御幸の後ろ姿を見送った。大きな背中だった。

同じ釜の飯を食う、という話はよく聞く。不思議に思うのはこの自分が作っているおにぎりで彼らの身体の一部分でも構成されることだ。

それは力になり、バットを振り、球を投げ、塁の間を走り、そして、人を形創って、傷つけたり、好きになったりする。

「御幸君と出会ったのは偶然なのに。」

偶然の出会いで、同じ夢を追う。不思議だ。人生とは不思議だ。おにぎりを必死に作りながら様々と考える。

クリスの言う通りなら御幸と倉持はプロになるのだろう。もしかしたら降谷や沢村もプロになるのかもしれない。

どうしよう、先を歩く彼等の背中を平気な気持ちで見ていることができるだろうか。そんなに自分は心の広い人間だろうか。

そうありたいと願うのはきっと心が狭くて、プロになって自由に野球ができる彼等に嫉妬しているからなんだろう。

カウンターに置きっぱなしになっている端末から軽やかな音が鳴る。手を拭いて、画面を見ると真田からのメッセージだ。

今頃、向こうも練習中だろうに、と思って画面を開くと猫の写真が飛び込んできた。

「猫派?犬派?」

簡単なメッセージに思わず頬が綻びる。

「猫派です。真田さんは?」

「俺?俺はそうだなぁ、君派。」

大きなハートが一緒に返信される。笑みを浮かべて、これを打っているであろう本人の様子を思い出す。

調理台の上に乗っている大量のおにぎりを写して、返信する。

「今日はおにぎり係です。200個作るのがノルマです。」

「すぐ駆けつけて、君を手伝ってあげたいなぁ。薬師はこれ。俺達の補食用だよ。ほとんど雷市が食うけど。」

添付の写真は山盛りのバナナだった。写真の端には真田のピースサインが写り込んでいる。続けて真田はメッセージを送ってくる。

「っていうか、俺が君派、なんて恥ずかしいこと言ったのにはスルー?」

「・・・私も真田さん派です。」

既読がついてもすぐにメッセージが届かない。おかしいな、と思っていたら着信だ。

「もしもし?真田さん?」

「やめて!あんな可愛いこと急に言うの!思わず電話しちゃったよ。」

小さい声だ。どこかに隠れているのか、そんなにずっと練習はしていないだろうし、何より真田はフィジカル関係は別メニューのはずだ。

いつになく必死な感じの声に思わず微笑んでしまった。

「好きだよ。本当だよ。この間、言ったの本気なんだ。今すぐ君を俺だけのものにしたい。」

小さいが誠実な声だった。

「分かってます。」

これしか答えられない自分が情けなかった。

「・・・俺も分かってるよ。」

落ち着いた、心に響くような穏やかな声色だった。「電話なんて大丈夫なんですか?」「ん?今、1人でウエイト」予想通りで安心する。

声の響き具合が外ではないことを告げている。この時間帯でウエイトなら、今日は外で実戦練習もするはずだ。怪我は確実に回復している。

本戦に間に合い、真田はきっと最高の状態でマウンドに上がるだろう。それが1番望ましいし、それが1番正しい。

「じゃあ・・・。今度は球場で。」

決勝戦で会おう、言葉の裏にある意味はすぐに分かる。青道を倒して甲子園に行くことこそが薬師の悲願なのだ。

青道も全国制覇をすることこそ悲願だ。あの引退した3年生たちでさえも為し得なかった。大きな大きな目標だ。

「ええ、球場で。」

今度、顔を合わせる時はきっと勝者と敗者になっているだろう。静かに会話が終わって、無心でおにぎりを作る。

1人ひとり、部員の顔を思い出しながら作る。こんなに早く、てきぱきと作れるようになったのはいつ頃だっただろうか。

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