あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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「でも、まだ今は高校生だ。ガキだ。好きな女1人、どうしようもできない。御幸に至っては他の男に取られた。」

よっぽど面白いのか、クリスは軽く吹き出しながら

「ただのお前の同級生だ。気にする必要はない。見ただろ?スコアブック見る御幸。まるで大型犬のようだ。」

確かにそう見えた。今頃、いい子してクリスの部屋で飽きることなくスコアを見て、頭の中で試合を再生しているに違いない。

おやつを食べて、ご機嫌で学校に帰れ、と付け足して部屋に戻った時は、御幸は目を輝かせて、かつての先輩たちのスコアについて

一度にしゃべり始めてきた。本当に、こういうところは、御幸は「ガキ」だと言われても仕方がない。

熱心に試合について話をし、それをメモし、戦略や展望を考える。好きな時間だし、何より充実している。

クリスの作ったクッキーはほんのり甘くて優しい味がした。差し入れに、と大量のクッキーを手渡され、クリス邸を出た。

帰り道、御幸の少し後ろを歩きながら、その形の良い後頭部を眺めていると、

「あの~、すみませんけど。そんなに凝視すんのやめて貰えませんかね。」

と視線を感じたのか、御幸が申し訳なさそうに振り返った。照れているのか、少し頬が赤くなっている。その頬をかりっと掻く。

「この間ね、御幸君のこと考えてたの。」

「は?俺のこと?何だよ~、俺のこと気にしてくれたのかよ。」

早く言えよな、と御幸は軽口を言った。「で、何?」と続きを促してくるので、御幸を見ながら

「御幸君って面倒臭いな、って。」

「へ?」

「御幸君、面倒臭いの。手がかかる。」

「面倒臭い・・・。」

言葉の繰り返しをして、御幸の眉間には皺が寄る。機嫌が悪いというよりは「何故?」という疑問の方が先に立っている。

「え?俺、面倒臭いの?え?何で?全部が?お前にとって?」

少し考えて、「面倒臭い」の意味が分かったのか、やや慌てながら聞いてくる。

「だって構われたくないのかな?って思って無視していたら、構ってオーラ出すし。」

ぐっと、反論できなかったのか、御幸は何か言おうと言葉を探している。

「構ったら、ぷいってあっちに行っちゃうし。何か、・・・やっぱり、面倒臭い。」

何も言えない御幸を無視して、話をする。いつの間にか御幸の横を通り越して、前を歩く。御幸の歩むスピードが落ちたからだ。

こうやって御幸の前を歩くことは結構ある。御幸の背中は広くて、意外に何かを語っている背中なので、後ろを歩くと御幸の想いが分かった。

特に辛そうに、何か悩んでいる時の御幸の背中は見ていられない。それならまだ見えない振りをして前を歩く。

少し時間が経過して、ちょこっと後ろを振り返ると、御幸はいつもの笑顔を浮かべている。入学からずっとそうだ。

だから御幸は自分への想いに蓋をして、「友達」や「仲間」をしてくれるだろうと思っていた。

「そして私の性格も面倒臭い。」

振り返って笑って言った。相変わらず言われている方は意味不明という表情を浮かべている。

「面倒臭い同士はうまくいかない。」

その発言の真意には気が付いたようで、御幸はすぐに反論してきた。

「俺、面倒臭い奴、やめる。」

「やめられない。」

「企業努力する!」

必死な様子は可愛らしくもあり、年相応のようでもあり、そういう不思議なところは魅力だと思った。

「変わらないで、御幸君。」

それは願いだった。

「今のままで、御幸君。変わらないで。」

そうだ。変わらないで欲しい。御幸には変わって欲しくなかった。倉持もそうだ。変わっていく2人を変われない自分が見つめる。

これはエゴだ。置いて行かれたくない、だったら今のままでいて欲しい。立ち止まって御幸を正面から見た。久しぶりだ。

「・・・随分、背も大きくなったんだねぇ。入学した頃はまだほっそりしてた。」

涙が出そうになった。初めて顔を合わせた入学直後、越境入学の野球部の面々は何だか運命的なものを背負っているようで

同じ年齢なのに、随分年上に見えたものだ。

「プロになるの?ねぇ、御幸君。まだ沢村君や降谷君が青道にいるよ?1年生もたくさんいるよ?」

ずっと一緒にいられるなんて思ってなかった。思ってはいけないと言い聞かせていた。

「・・・。」

御幸も久しぶりに正面を見て話をしたと思った。瞳に涙がたまっていくのが分かった。不思議と涙は零れない。

零れたら拭ってやれるのに。御幸はとても残念に感じた。こいつは絶対に人の前では泣かない。

「私達3年生は、青道を出て行くんだね。・・・ずっと一緒にいたいよ。」

ただ言ってる内容な子供のような無理難題だ。面倒臭い、とひどい事を言われていた御幸だったが、思わず苦笑した。

「仕方ねぇよ、俺達3年だし。・・・確かにお前も面倒臭いな。」

困った顔をした御幸はちょっと頬を掻きながら、下向き加減に近づいてきた。

近づくと御幸の身体の凄さが分かる。その存在感に圧倒される。いつの間に私はこんなに小さくなったのだろうか。

「真田さんがカットボール投げてくる時、少し肩が揺れるの。」

「・・・?」

「右にね、こうちょこっと揺れるの。」

話がとぶ、それは自分がよく分かっていた。近づいてきた御幸は「何故知っている?」という表情だ。当然だ。

「この間、キャッチボールしたら分かった。多分、真田さんは無意識だと思う。」

「キャッチボール?何?お前できるの?」

うん、と頷く。

「右肩・・・。」

「だから、足に負担がかかるんじゃないか、と思うの。」

本人の無意識の癖はいつも周囲で見ている者もそれを覚えてしまって、違和感を感じない。ただ無関係の人間が見ると違和感がある。

こう骨盤的なところがズレて、と動きを真似してみる。そのフォームはまさしく「真田そのもの」だった。完璧な模写だ。

御幸はその様子を黙って見つめていた。頭の中で投球フォームを思い出しているのだろう。

「けど・・・。」

「分かってる。その癖が分かっても、気づいた時にはもうミットの中だな。」

「ごめん・・・。」

どうしてお前が謝るんだよ、御幸の表情は言葉こそなかったが、そう言っていた。渡辺たちも探し出せなかった真田の癖を見つけた。

連日、薬師の攻略に余念がない。それぐらい最終決戦は薬師だという意識が高いからだ。真田の怪我にこちらも動揺した。

エースの怪我には青道も経験がある。しかし、その真田が女の子相手とはいえキャッチボールをしたのだ。この情報は価値がある。

御幸は目の前の小さな塊を見つめた。「才能がある」と見出され、マネ業と偵察の二足のわらじでここまできた。

主なマネの業務は後輩たちに振り分けているが、責任ある仕事はいつも最後まで残ってやっていた。

どうしてここまで出来るのか、不思議に思わないでもなかった。しかし先程の投球フォームの再現で分かった。経験者なのだ。

「いつからやってたんだよ?」

「小学校上がる前くらいから2年生くらいまで。」

「俺と同じくらいからやってんな。」

「・・・御幸君たちとは全然違うよ。やらなくなってからの方が長いし。」

それに、と小さく付け加えた。

「・・・女の子だし。・・・一緒に高校野球はできないよ。」

あぁ、なるほど。御幸は得心した。野球がしたくてやっていただけなんだ、と。でも女だと高校野球はできない。

それに気づいたからマネージャーをやり始めた。少しでも長く、とよく言うが、心の底からの叫びだったのだ、と。

「・・・。」

どんな気持ちで自分たちが野球をしている姿を見てきたのだろう、御幸は何だかたまらない気持ちになった。

黙ったままでしょんぼり、とことこと歩いている目の前の小さな女の子、こんなに小さく感じたことは今までなかった。

「野球は楽しいよ、御幸君。何か話の展開で余計なこと言っちゃったけどね。」

御幸の気持ちがまるで分かるかのように、見た目の割には比較的明るい声だった。

「今の私に後悔はしたことないよ。」

「そっか。」

「学校に戻ったら、真田さんの癖の話は御幸君から渡辺君に伝えて。」

「・・・いいのか?」

歩くのを止めて、振り返った顔はいつもの凛とした、御幸が一瞬にして一目惚れした表情だった。

「もちろん。私、青道野球部のマネージャーだもん。勝つためなら、甲子園に行くためなら、どんなことでもする。」

その強い言葉は今まで涙を溜めていたのを忘れてしまうように瞳に力を与えていた。あぁ、決めたんだな、と御幸は思った。

「お前も大概だな。そんな女に惚れてる俺や真田も大概だけど。どうしてうまくいかねぇのかな。」

「野球の神様なら知ってるのかもね。」

「神様ねぇ。そんなもんいるんだったら、即刻、真田の抹殺をお願いするわ。」

「御幸君、大概だね~。」

あはは、とようやく聞きたいと願っていた笑い声が聞こえてきた。笑っていて欲しい、そのためには勝ち続けることだと知った去年。

涙を我慢した顔を見るのは辛かった。そのあと秋大会で甲子園に行けた時、それでもあまり嬉しそうな顔をしなかった。

きっと先輩に遠慮してのことだろう。自分達で勝ち取った勝利、それはこの「夏」しかない。そして、最後の夏だ。

どちらともなく、また歩き始めて、もうすぐ学校だ。校門が見えてきて、グランドももうすぐ見えてくる。

「あと少しだね、御幸君。」

「俺としては、お前と真田がやったというキャッチボールが気になるところだけど。」

「気になるけど?」

「お前と一緒に高校生やれるのも、1年もないんだなと思うと。・・・その膝小僧全開のスカート姿が貴重。」

その言葉に仕方ないなぁ、という顔は御幸は比較的、好きな表情の1つだった。年相応で、少し幼く見える、高校生らしい表情。

何かを思いつめたような表情は似合わない、常々そう思っている。

「遅いぞ!御幸一也!!ダッシュで戻って来い!クリス先輩はお元気だったかあぁあぁ!」

沢村の元気で大きな声が響き始める。「うるせぇなぁ、沢村。ウゼぇ。」そう言いながらも御幸は笑顔を浮かべている。

何だかんだ言って、沢村は御幸のお気に入りだ。あの闘志、エースになる可能性、御幸はわくわくするものが好きだ。

わくわくしている御幸を見るのは好きだった。嬉しそうで、それでいてちょっと意地の悪そうな表情。まさに御幸らしい。

「さ、行くか。沢村が叫んでるってことは降谷も気が付いてるはずだしな。」

「夏が始まるんだね、御幸君。」

御幸はこちらを見ずにまっすぐグランドの方を見ていた。

「最後の夏が始まるんだ。・・・絶対に俺達の代で全国制覇をする。」

青道の悲願だ。「確実に間違い起こす」と御幸が豪語した合宿も始まる。マネージャーは基本、自宅生だが、この時は寮に泊まり込む。

「最後の合宿。私にとっても集大成まで、あと少し。」

「クリス先輩に釘刺されたから、まぁ、安心して寮に泊まりたまえよ。はっはっは!」

何もする気もないくせに、御幸も大概に優しい男だ。やはり御幸とは「同志」だ。その愛しさは確実に自分の中にある。

一緒に白球を追えないが、夢や目標なら追えるし、一緒に努力もできる。それは至福の時間だ。

グランドを見上げると本当に綺麗な青空だった。吸い込まれそうな青、青道の青だ。

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