あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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そんなある日、クリスが風邪をひいた、という話が耳に届いた。部員や先生からのお見舞いを持って御幸と出掛ける。

「この話の流れだったら、普通は俺が風邪ひいてさぁ、お前が部屋に来てさぁ、それから。」

「それ以上言ったら、私帰る。っていうか、話の流れってなによ。」

「わあ!うそうそ!冗談だよ!」

クリスの両親がちょうどアメリカに帰っているし、もう小康状態だから、という理由でお見舞いに出掛けているのだ。

御幸もケガで無理はできない時期だし、クリスの弟子のような存在の2人がチーム状態の報告も兼ねて行くのは自然だ。

途中で匂いのきつくない花を買って、自宅まで行く。近くまで行くと御殿のような家の2階のバルコニーから声が掛かる。

「こっちだ2人とも。玄関に回ってくれ。すぐに行く。」

爽やかな声に頭を下げて、大きな鉄製の門を開き、玄関の前で扉が開くのを待つ。

「ここでレトリーバーとか出てきたら、それこそ絵に描いたようなクリス先輩の家だよな。」

重々しい扉を前に御幸は呟く。

「秋田犬だったら?」「それはそれで、アリ、だな。」「犬なら何でもいいんじゃない。」冗談を言いながら待つ。

しばらくしてクリスが扉を開けてくれたので、連れて行かれるままにクリスの私室に行く。

「・・・。」「・・・。」

2人は借りてきた何とやらのように黙って座っている。「コーヒーを入れてやろう」と言って出ていたクリスをさらに待つ。

戻ってきたクリスは「御幸、お前に常温の水」と言ってペットボトルを手渡す。「お前には・・・」と言って手渡されたのは

大変可愛らしいマグカップにたっぷりのカフェオレだった。

「お、ハワイアンウォーターっすね。おっしゃれっすね。」

「有難うございます、クリス先輩。」

御幸は順応性が高いのかすっかり空間に馴染んでいるようで、水を飲んでいる。こっちは緊張がマックスになりそうだ。

家も大き過ぎるし、部屋も広すぎるし、ドキドキしてしまう。椅子に座りながらクリスは本当に元気そうだ。

「もう、風邪は大丈夫なんですか?」

違和感は感じる。

「あぁ、風邪はひいてないんだ。2人をうちに呼び出す口実だ。」

「「は?」」

情けない声がシンクロした。クリスは笑っている。御幸も思わずペットボトルを落としそうになった。

「さぁ、何で2人は呼び出されたのかな。」

穏やかなクリスの声にびくっと肩を揺らしたのは御幸の方だった。正直、こちらはこの間のいちごパフェの刑がすでに終了している。

「いや、あの、クリス先輩、これがうちの・・・「御幸。」

得意のスコアブックを出して、何とか自分に向けられた注意を反らそうとしている御幸の動きがクリスの1言で止まる。

「俺はあの時、言ったよな。余計な嫉妬や変な勘繰りは身を亡ぼす、と。」

身を亡ぼす?耳に入った言葉に一瞬驚いてしまう。クリスは笑ってはいるが、言われた御幸は何だか小さくなっている。

「ここは男としての度量の広さを見せるところだ、と言ったはずだったがなぁ。」

「はい、確かに、そうおっしゃいました。」

だよな、とうっすら笑顔を浮かべてクリスは頷いている。こっちはドキドキしてしまって成り行きを見るしかないが、はっと気が付き

「あ、あのクリス先輩!」

と何とも言えない雰囲気に果敢に入っていこうと声を出す。しかし相手が強敵過ぎる。

「お前はそこでゆっくりマカロンでも食べてなさい。」

すっと指さされた美しいお皿の上にこれまた美しい色で大人しく鎮座しているマカロンが目に入る。昔から何かとお菓子を宛がわれる。

仕方なく、その1つに手を伸ばし、笑顔でこれでもかという程のオーラを出しているクリスを前に小さくなっている御幸を見る。

本当に、この件で呼ばれたんだろうか。(ま、多分、それはないから)きっとからかい半分で言っているのだろう。

聞かれてはいけない話、夏大会の傾向と対策、この手の話題だろう。そのためには御幸の見識と自分の偵察結果が必要だ。

多分からかわれているんだろうなぁ、とマカロンを食べながら御幸とクリスを眺めていると

「まぁ、そうだな。冗談はこのくらいにしておくか。」

「冗談?!とても冗談には思えないくらい迫力だったんですが・・・?」

額に若干の汗を浮かべながら御幸は苦笑いだ。御幸の手からスコアブックを取ると中身を確認しながら、今度はこっちを見て「ノートを」

なんて言い始めると本気モードだ。スコアと偵察ノートを見比べながら、たまに意見も言う。「なるほどな」と言いながら2人は夢中だ。

暫くしてクリスはマグの中が空になっている事に気付いた。

「もうないな。今度は紅茶でもいれよう。手伝ってくれ。御幸、お前はこれでも見ていろ。」

クリスも所属する大学リーグのスコア表だ。それをすぐに理解して御幸は「いいんですか!」と言って目を輝かせている。

何か尻尾が見えそうだな、と思いつつ、クリスの後ろをついてキッチンまで行く。

綺麗な広いキッチンで茶葉を選んでいるクリスの横でカップを温めていたら、ふいに話し掛けられる。

「真田の投球フォームの話を御幸にしていないんだな。」

「・・・あんまり2人きりで話をする機会がなくて・・・他意はありません。」

「まぁな。2人でいると襲われるしな。」

よっぽど強硬手段に出た御幸が面白かったのか、そのネタをクリスはまた持ち出して笑っている。

「今日、釘を刺したから大丈夫だろう。それに野球以外には考えられなくなる時期に突入するしな。」

「また、始まるんですね。夏大会・・・。フォームの事を言わない私は最低な人間ですか?」

ずっと心に引っ掛かったままの質問を真っ向勝負でクリスに投げかけた。とんだところが真田に影響され始めている。自分でも不思議だった。

クリスはポットにお湯を入れると、砂時計をひっくり返した。さらさらと黄色の砂が下に落ちる。落ちる事を止められない。

まるで自分達のようだ、と思った。時間が過ぎる。いつか、結果が眼前に否応なく突きつけられる。

「・・・どうかな。この間も言ったように知ったところで手は出せない。」

そうだ。でも、問題はそこではない。

「だが、信頼、という事で考えるのなら、明らかにする方がいいだろうな。」

信頼、この言葉がこんなに重たくのしかかるとは思わなかった。クリスの意見はいつも冷静で正論だ。「そうですね」としか言えない。

そろそろ砂が全部落ちる、カップの中のお湯を捨てて、クリスに渡される茶こしをカップに乗せる。

「マカロン、うまかったか?」

色とりどりだったマカロンを思い出す。黙って頷く。「そうか」と言って、クリスは今度はクッキーを出してきた。ボックスクッキーだ。

「・・・。」

手作り感が否めなかった。まさか、と思いつつクリスを見ると、やや恥ずかしそうに

「先輩のマネージャーに無理やり一緒に作らされてな。」

と言った。先輩だったクリスは大学では下級生なのだ。マネに無茶ぶりされて、クッキー作りを手伝わされたのだ。思わず微笑む。

「大学のマネは皆、大人だからな。断るなんて出来ない。怖いところだ、大学は。」

「クリス先輩にクッキー作らせるなんて、凄いマネージャーさんですね。」

「まぁな。お前もそのうち彼女たちみたいになるんだろうなぁ。」

その言葉にクッキーを持った腕がピクリと動いた。クリスはそれを見逃さない。うっすら笑みを浮かべると

「進学先を言われているだろう。お前のことだ、スポーツマネージメントか、選手の心理的なサポートか・・・。」

「・・・。」

「図星か。さすが片岡監督。よく見ていらっしゃる。」

大学への進学は決めているにしても、これから先も「野球」に関わることなど自分にできるのだろうか、不安は尽きなかった。

不安はいつも付きまとう。御幸の進路も、真田の進路も、自分は関わるのか、全く考えないでもない。

進路なんて決まったレールみたいなものがあって、それに不満さえ抱かなければ乗っかってしまって大丈夫だと思っていた。

不満さえ、それが違っていた。不安だ。不安さえ抱かなければ大丈夫、という意味だ。

「・・・御幸はプロへ行くだろうな。・・・あいつの手のマメ、あれは木製を振ってるからだな。」

「でも。」

「倉持にもあるだろうな。・・・3年から2人もプロが出れば青道の名も上がる。」

最近、御幸と倉持と一緒に長時間話すことがないのは、2人が意識的に避けているからではないか、そう思うこともあった。

「やっぱりそうなんですね。」

すんなりとクリスの言葉が心の中で消化できた。聞きたくても聞けなかったことだ。でもどこかで分かっていた。

「怖いか?」

「・・・怖いです。知らない人になっちゃいそうで、2人とも。」


プロになる、自分の道を18歳で決める。そんな御幸が怖かった。

自分の人生を自分で背負う、そんな御幸が大きく見えた。

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