あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

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ちぇ~、と言いながら、ぱっと離れる。「映画、始まっちゃいますよ!」と怒ったような感じは照れている証拠だ。

全くこっちを見ようとしない様子に真田は1人で笑ってしまう。「笑わないで下さい!」まだ怒ってる。

「可愛いなぁ。」

もう本当に驚いたように、勢いよくこっちを見た。

「!!!思ったことをすぐに口にしないで下さい!」

ちょっと声が大きかったので、口を塞いで「映画館ではお静かに」と言うと手の下で「誰のせいですか!」と抗議をしている。

そのちょっとくぐもった声と、掌に当たる生暖かい息遣いに、真田はやっぱり笑顔だった。

「遠征に置いていかれるのも結構、いいなぁ。」

「また、そんな事を言う。今度はちゃんとついて行って下さいね。」

別れ際に軽口を言うと、至極まともな返事をしながら、小さな紙袋を真田に差し出した。

「?くれんの?俺に?」

「ガトーショコラのついでにお菓子を作ったので。」

多分、ここで別れたら本戦終了まで会えない、そんな事は口に出さなくても分かっている。だから今日、真田はデートに誘ったのだ。

予想外のプレゼントだったらしく、真田はぽりぽりと頬を掻きながら、その紙袋を受け取った。

「中見てもいい?」

「いえ、あんまり上手じゃないので、おうちで見て下さい。」

ふ~ん、と返事をすると「今日はありがとうござました」とやっぱり丁寧に頭を下げて、バスプールの方へ行ってしまう。

別れ際が結構、あっさりしてんだよなぁ、と思いながら真田は構内に入って電車に乗り込む。

うちで、と言っていたが、早速袋の中をのぞくと、確かにクッキーやマドレーヌが入っている。小さいものを口に運ぶとうまい。

お菓子作りって体力いるっていうけどなぁ、と思いながら、袋の中を見ると、まだ他に入っている。

「??」

何だ?と思いながら取り出すと、フェルトで出来たボールとグローブの形のお守りだった。小さなメモには可愛らしい字で

「どうか怪我をしませんように。真田さんが目標に向かって邁進できますように」

と書いてあった。あぁ、これを見られたくないから、うちで、と言ったのか。ライバル校のマネージャーからのお守りなんて

何の因果だと怒られそうだが、これにはテンションが上がる。薬師にはいないだけに上がり具合が余計だ。

野球部マネージャーの手作りお守りなんて、テレビでしか見たことがない。

でも、凝視してみるとややおぼつかないところが分かる。

「料理は得意だけど、裁縫はあんまり、なのかな。」

そんな彼女の事を知るのは真田にとって新鮮だったし、嬉しく思う事だ。お守りから香ってくるものは彼女の香りだ。

「って。青道の奴らとお揃いだったら嫌だなぁ。」

独り言だが、やっぱり真田は顔が緩むのを止められなかった。


「今日は休みを貰っていたのか。」

聞き慣れた声が後ろから聞こえて、驚いて振り返ると、そこにはクリスがにこやかな表情で立っていた。

「クリス先輩!・・・い、いつからそこに・・・。」

「真田と別れる所を丁度見ていた。」

やっぱり。こんな事だろうと思った。少し困った顔をすると、クリスは近くのカフェを指さして

「いちごパフェを食べさせてやろう。」

とそれはそれは(怖いぐらいの)素敵な笑顔で言った。こうなったらついて行くしかない。逃げ出す方法は見当たらない。

ああ丸裸にされてしまう。御幸のヒッティングマーチが聞こえてくるような錯覚まで覚える。

「いらっしゃったんなら、声を掛けて下さればいいのに。」

特大のいちごパフェを前に言うと、クリスはコーヒーを飲みながら

「いや、いい感じの若者2人を前にどうやって出て行けと言うんだ、お前は。さすがの俺も無理だ。」

「いい感じじゃないです。」

「いい感じに見えたぞ。まさに美男美女だな。あんなに似合いの2人だとは思わなかった。」

もぐもぐといちごを見つけてフォークで刺しては食べる。絶対に自分から言わせようとしているのは分かる。

クリスの前では何も隠す事など出来ないのだ。

「付き合ってないですよ。」

「そうか。・・・じゃあ、ただの友達か。」

「今は友達です。」

「いつから付き合うんだ?」

それは、と言いよどむと、クリスはすました顔をして「引退したら、か?」と付け加えた。こうなったら認めるしかない。

その様子をちらっと見ると、なるほどと呟いて、コーヒーカップをテーブルの上に置いた。

「・・・まるでお父さんからの尋問のようなのですが・・・。」

「お父さんじゃない、お兄さんからの尋問だ。」

クリスは端末を取り出して、データを見始める。「あぁ、これだ」と言って見せられたのは最近の青道の打撃データだ。

御幸のところにマークがついている。

「最近の御幸の打撃だが、絶好調だろ?よく打ってる。ま、塁に人がいるという事もあるが。」

「そうですね。それは、私も感じています。」

「お前とうまくいったから、打撃が上がって安定しているのか、と思っていた。」

そんな事で?と驚いた顔で思わずクリスを見ると、苦笑いを浮かべて

「ま、男なんてこんなもんだ。単純だからな。」

と言った。信じられない、しかし御幸のデータは確かに上がっている。キャプテンとしての自覚かと思っていたが、クリスは否定する。

しかしデータを見る限りは倉持や前園だって打率が上がっている。そこを指さして

「でも、倉持君も前園君も。」

「ああ、それは御幸が調子がいいから引っぱられてるんだろう。」

「・・・クリス先輩の勘違いじゃないんですか?」

「スポーツ選手は意外に結婚が早いだろ?選手寿命が短いのもあるが、精神的安定を求めているんだろうなぁ。」

何をクリスが言うのか何となく分かってきて、やたら喉が渇くような気がしてきて、ソフトクリームの部分を口に運んだ。

その必死な様子がおかしかったのか、クリスは小さく笑っている。

「・・・私は御幸君のおかげで精神不安定です。この間なんて襲われそうになりました。」

「ほう。」

「最後の合宿で間違い起こす自信あるって言ってました。」

「なるほど。」

返事の割には全く心配していない様子のクリスに思わず、身を乗り出してしまう。

「ほう、なるほど、じゃないです。御幸君、力が強くてどうにもならないんです。」

「あいつは肩も強いからな。」

そうじゃなくて!もう涙目になってきてしまう。ここまできて、クリスにからかわれている事に気が付いて、思わず赤面する。

こほん、と咳を1つして、自分の椅子に座り直す。落ち着くために、またパフェを食べる。

ソフトクリームの後のいちごは思った以上に酸っぱい。

「恋の味がして甘酸っぱいか?」

「面白くないです、クリス先輩。大学生になってから、何だか優しいんだか黒いんだか。私には分かりません。」

それを聞いたクリスは一瞬、きょとんとしたが、よっぽど面白かったのか、珍しく声を上げて笑った。何が面白いというのか。

すまんすまん、と言って、「お前、ちょっと大人になったんじゃないか?」と相変わらずお子ちゃま扱いだ。

「それに真田がベタ惚れなのは見ていてすぐに分かる。」

思わず眉間に皺が寄ってしまう。

「お前は別れ際があっさりし過ぎだ。真田は暫くお前の背中を見つめていたぞ。」

「え~。」

水の入ったグラスの淵をクリスはくるっとたどると、正面を向いた。

「恋する男はいつまでも自分だけを見ていて欲しいものなんだよ。」

「もう勘弁して下さい、クリス先輩。」

ふっとクリスは笑った。とにかく色恋の話をされるのは嫌!というオーラが出まくり状態なので面白い事だ、と思った。

「じゃあ、違う話をしよう。」

何だか本当に腹が立ってきて、むしゃむしゃとパフェを食べる。もうすぐ無くなってしまう。

「今日、真田と会って何が分かった?」

「・・・。分かるも何も・・・映画を見ただけですから。」

「こんな時間までか?」

「・・・。」

そう映画を見るだけではこんな時間までかからない。勉強熱心なクリスの帰る時間と同じになるのだから。

「・・・キャッチボールをしました。」

クリスの表情はあまり変わらなかった。予想通りだったのか、とにかく最高のタイミングで話をする事になるのだから不思議だ。

「クセが・・・。投げ方にクセがあって、何となくですが、カットボールを投げるな、というのが分かりました。」

「そうか。さすがだな。」

いえ、と小さく答えた。

「ただ、それが分かっても打者がそれを分かった時にはボールはミットの中だな。」

頷くしかない。だから何の意味もない事だ。クリスは「なるほど」と言いながら、薬師のデータを出す。真田のデータを見る。

薬師高校はこの夏の大会できっと青道の最大のライバルになる。決勝戦は薬師とになる可能性は否定できない。

「どうにか、あのカッターだけでも攻略したいところだ。」

エース・真田俊平を打ち崩さなくてはならない。

「・・・。」

それはできない、と思った。これ以上、真田を探る事なんて、むしろ初めからそんな事はできっこなかったのだから。下唇をきゅっと噛む。

「悪かった。そんな顔をしないでくれ。・・・真田の事が好きなんだな。」

人は皆、そう言う。御幸君も倉持君も、私が真田さんを好きだと言う。

「分からないんです。」

「分かる日がくる。そう遠くない日だ。さ、帰ろう。バス停まで送るよ。」

そんな日はくるんだろうか。御幸君の気持ちも、私の気持ちも、真田さんの気持ちも全部全部、清算される日なんてくるのだろうか。

クリスの後ろを歩きながら、ずっと思っていた。クリスは始発のバスへ乗るように促す。軽く頭を下げて乗り込む。

その瞬間、クリスは小さい声で言った。

「そうは言っても、まだ時間はあるさ。ゆっくり考えるといい。」

バスはブザーを鳴らし、扉を閉めた。座席に座るのも忘れて、バス停で笑みを浮かべて手を振っているクリスの姿を茫然と見た。

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