あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「特にコレ、うまいなぁ。」

「どれですか?」

「これ。このきくらげ入ってる。」

「あぁ、ムースーローですね。お好きですか?得意なんです。こっちも得意なんですよ。」

人参のサラダ、と言ってもラペではなく、和風な感じでお浸しのような料理だ。

「から揚げもカレー味なんだね。」

「冷めても美味しいですからね。豆のサラダとかありますけど、好き嫌いないんですね。」

身体が資本だからか、真田は本当に好き嫌いがないようで、何でもよく食べる。

「食う事も商売道具みたいなもんだしね。うちの雷市なんか、まんま食い物のために野球やってる。」

完食しそうになってきたので、慌てて保冷バッグを取り出す。デザートに、と思ってガトーショコラを作ってきたのだ。

以前、チョコレートのケーキを美味しそうに食べていたのが印象的で、甘党なのかな、と思ったからだ。

お菓子作りなんて、青道野球部のためにした事は年に1回、バレンタインの時だけで、その時でさえも甘い物が苦手な御幸のために

別の物を用意するくらいだ。そっと取り出して、真田に見せる。

「え?ケーキまで作ってきてくれたの?」

「こっちは本当に久しぶりなので・・・。1番自信のあるのを作ってきました。」

このガトーショコラは本当に「初登場」だ。青道でもついぞ作ってきた事はない。個数重視でトリュフやマフィンなんかが多いからだ。

それに男の子というのは往々にして甘い物が苦手だというのはセオリーだ。真田は少し後ろを見ながら

「コーヒー買ってくる。ちょっと待ってて。」

と言って、コーヒーを買いに行ってしまった。真田はコーヒー党だ。カフェインのあるものは摂らないというスポーツ選手もいるが

真田は嗜好品はセーブしていないタイプのようだ。うまく自身をコントロールできるからだろう。

メンタルが強いのも、きっとこの自分で自分をコントロールできているところから発せられているものに違いない。

バランスを取っていたい、と言った、あの時の言葉も今なら本当に理解できる。キャパシティが大きいのだ。

こういう所が「安心できる」とか「包み込まれてる」と感じる所以なのだろう。クリス先輩にあるような懐の大きさのようだ。

すっかり空になった弁当箱を片付けながら、先ほどのキャッチボールを思い出していた。

「早めに切り上げて、バッティングセンターにでも行く?打つ方はどうなの?」

本気半分のように言われて、「打つ方はあんまり・・・」と答えると、「え~、見たいな。君のスイング。」と笑っていた。

買ってきた紅茶、蓋を開けて手渡され、そっと口に含む。

「それにしても、野球をやってたとはなぁ。お兄さんは今でも?」

「今は大学で野球をしています。強豪校じゃないし、そんなに真剣ではないですけど。」

「青道出身なの?」

「いえ・・・市大、三高です。」

すげぇじゃん、と真田が心底感心したように言った。兄は確かに市大三高だが3年間で1度もベンチ入り、レギュラー入りすらなかった。

センスがないわけではないのだろう。声が掛かって高校進学したのだから、しかし、そこまでだった。

夢を諦めきれず大学野球をしている兄、兄が「もうついて来るな!」と言ったあの日、私をどう思ったのだろうか。

「そのお兄さんとリトルリーグに行ってて、で、どうして辞めたの?」

「・・・ついて来るな、って兄に言われて・・・。」

あんまり聞いていて楽しい話ではない事は分かっていたが、つい口に出してしまう。真田と話をすると全て話したくなる。

市大三高に行っていた兄の話など青道でしたことがない。学年が被っていない事もあって知られずに済んでいる。

兄を脅かしたり、イラつかせたりするつもりは毛頭なかった。兄と一緒に野球をする事が楽しかっただけだ。

ただ中学に進級するお年頃だった兄は思春期の入口で苛々をぶつけただけだったのかもしれない。

高校入学して寮に住むようになって、青道に入学した頃は大学進学で他県へ行ってしまった兄との思い出はあまりない。

「多分、私が空気読まなかったからだと思うんですよね。もう8年位、まともに話してないですね。」

里帰りも男の子だからか、あまりしないし、帰ってきてもすぐに野球部の同級生と出かけてしまう。

「お兄さん、ピッチャー?」

「いえ、内野手です。」

「センスがあったんだろうなぁ。」

真田はこちらを見た。射抜かれそうな視線だった。

「さっきの球、センスあるなって思った。分かるんだよね、俺達。人の才能、もちろん自分の限界も。」

そんなことない、と言おうとしたら、急に手を取られた。指をするっと撫でて、関節を確認している。自然で綺麗な所作だった。

「綺麗な手だけど、指も長いし関節も柔らかい。女の子の手だと思ってたら見逃すな。」

自分の手と比べながら真田は少し驚いたように言った。真田の手は大きくて豆だらけだ。ゴツゴツしていて努力の跡が見られる。

しばらく触っていると、きゅっと手を繋がれた。

「野球、本当に好きなんだね。プレイしてたから特徴とかそういう所が分かるんだな。」

「そうなんでしょうか。」

兄は青道の制服を一瞥して、何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。

「やってたから分かるもんだよ。ほら、高校野球ファンのおっさんって結構、そういう人もいるんでしょ。」

言い方きつかったり、当たりが強かったりするし、と真田はきっと言われたであろう罵詈雑言を思い出したのか苦笑いだ。

「あ、手繋いじゃったから、ガトーショコラ食えねぇわ、食べさせて。」

「また、結構、無理やり繋げていきますね・・・。」

あ~ん、という口にそっと運ぶ。結構な量を食べながらも全く太る気配を見せないのが、本当に運動選手なんだと思う。

食べても食べても太らないのは青道でもどこでも一緒だ。カロリー消費より運動量が多いのが原因なのだが、

それにしたって姿かたちがすっとしていて、本当に羨ましい程のプロポーションだ。

「今、何考えてるの?」

「・・・たくさん食べても太らなくていいなぁ、って思って。」

「俺?そう見えてる?若干、太ったんだよなぁ。運動量が追い付いてねぇからかなぁ。身体が重い。球、重くなかった?」

そう聞かれて頭を傾ける。全く分からなかった。ただ、クセが一瞬分かったような気がした。

きゅっと球が落ちる感じが正面から見えると何となく分かる。球の軌道を正面からは見た事がなかったので新鮮だった。

ただ少し分かったとはいえ、球速140キロだ。打席に入って分かった時には球が通り過ぎているだろう。

「君はもう少し太ってる位がいいと思うな、俺。でもダイエットなんてしてないでしょ?」

「したことないです。」

「ははは。世の女子を敵に回すな。」

ダイエットなどした事がない。していると体力が落ちてマネージャーの仕事ができなくなるし、太っている暇がない感じの2年半だった。

それでもお菓子を食べると少しは太るし、毎食3杯食べてる選手達とは違う場所が太ってしまう。これは悩みではある。

「君も本当に野球漬けの2年半だったんだね。野球が好きだから出来るし、何よりセンスがあったからできた。」


そうだ。

そういった意味では過去を知らないクリス先輩が私の才能を見出したのは、偶然とはいえ、結果必然だったのかもしれない。


「そういう子に側にいて欲しいなぁ。」

「野球に理解があるからですか?」

「いや。そうじゃない。同じものを同じ場所から見ていられるから、かな。」

そういうの理想なんだよね、と真田は付け加えた。


瞬間、クリス先輩の言った言葉をふいに思い出した。

「なら御幸の気持ちを受け入れればいい。御幸は何だかんだ言っても良い男だ。お前の邪魔をするような男じゃない。」

知ってる、御幸君が良い人だって事。邪魔になるなんて!むしろ自分が邪魔になると思う程だ。


真田の事を「単なる偵察相手」と見ているのなら、御幸の事とは別問題だろう?

御幸を信頼しているし、嫌いじゃないだろう?

お互い高め合っていける、良いパートナーになれるだろう。


「・・・。」

「あ、ちょっと発言の方向性が重かったかな。」

「いえ、そんな事ありません。ただ、この間、似たような事を言われたな、と思って。」

誰に?とは真田は聞かなかった。きっと青道で言われたのだろう、青道に関わる話はなるべくしない、真田の気遣いだ。

びっくりする程綺麗に弁当を食べ終えて、「どっか行きたいとこある?」と聞かれる。少し考えて「映画にでも行きませんか?」と提案する。

午後からの早い時間なら夕方までには終わるはずだ。

「え~、バッティングセンターは?」

「それはまたの機会に。」

絶対にバッティングセンターなんて言うはずがないのを分かっていて、聞いてくるのだから、こういう時の真田は少し子供っぽい。

ま、荷物あるし映画かなぁ、やっぱり、と一人ごちて、手をひっぱって駅方面に歩く。駅前の映画館、何してるかな~、と端末で

時間を確認している真田の姿は本当に絵になる。何をするにもスマートなのだ。電車に乗って町まで戻ってくる。

何本か候補の映画のポスターを前にせぇので指さそう、もし一緒になったらそれを見よう、という流れになって

ポスターを見比べる。恋愛系、社会派系、SF、アドベンチャー、せぇので指さしたのは「SF」だった。

「あれ?もしかして俺に合わせた?こっちじゃないの?クラスの女子、見たいって言ってたけど。」

真田は恋愛系のポスターを指さす。自分はSFを指さしているのに、とちょっと不思議に思う。

「そうみたいですね。でも、あんまり感動して涙出ちゃうって聞いたし・・・。」

「感動するんならいいじゃん。」

「・・・人の前で泣くのは苦手、なんです・・・。」

泣くという評判の映画はどうしても見たければDVDで借りて見るタイプだ。元々人前では泣かないが試合に負けて泣く選手達を見てきた。

特に去年の3年生が決勝戦で負けた時は衝撃が大き過ぎて、何も言えなかったし、もちろん涙も出なかった。

我慢したというよりは、涙すら出なかったというのが真実だ。この先輩達でもダメなんだ。甲子園に行けないんだ。茫然とした。

だから、思わず真田の前で涙が零れた事が自分自身信じられなかった。我慢できるタイプだと思っていたのだが、勘違いだったのか。

悲しくて、ではない。何だか悔しくて泣くことが多い。そんな自分は誰にも見られたくない、と思うことが先行する。

特に努力をしている同級生の前では絶対に泣きたくない。ましてや涙を拭われるなんて、もってのほかだ。

だが、心が緩むと泣いてしまう、それは事実で、自分自身にとって嫌な部分でもあった。

「・・・へぇ。」

「でも、泣いたじゃん、って思ってませんか?」

「あ・・・。」

チケットを買っていた真田からは思わず声が漏れた。昼飯の代わりに、と言って真田はチケット購入を譲らなかった。

高校生2枚と言って、ついでに出した身分証を見て、約1年前の写真に「可愛い」を連発するので恥ずかしかった。

一方の1年前の真田は少し幼い感じのする写真だ。今はやはり3年生としての自覚があるからだろうか。少し逞しく見える。

「何で真田さんの前で泣いちゃったんだろう。私でも分からないんです。」

真田の背が高いという理由で後ろの方に隣同士で座る。少し暗くなって、真田の組んだ長い足がこつんと当たり、何事かと横を見ようとする。

「・・・今日、楽しかったなぁ・・・。」

まるで独り言ように聞こえた。「そうですね」と応えようと思ったら急に頭を抱え込まれて、真田の唇が耳元に寄せられる。

「さっきの、俺の前だけで泣いたって、やっぱり、ちょっとまずいっしょ?」

熱っぽい、色気のある声が響く。映画館だから小さ目な声がますます色っぽく聞こえてくる。

「やっぱり、待ってらんないなぁ。今すぐ付き合いたい。」

言っても無駄だと分かっても真田も言わずにはいられなかった。膝の上に置いたままになっている手を取ると、びくっと肩が動く。

こんな子、他のどこにもいない、いつもそれは感じていた。今日、昔の話を聞いて、益々そう思った。

可愛いこの子をとことん甘やかしてやりたい、1人っ子の自分にとっては感じた事のない感情だ。手の甲をそっと撫でる。

「だめ?」

「駄目です。約束は約束です。」

「・・・。流されないねぇ。」

「耳元でいい声で言わないで下さい。」


だから、この子が好きなんだ。ずっと傍にいて欲しい。

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