あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「皆が俺を置いて、ちょっと遠くへ遠征に行っちゃった。」

涙を流した可愛いスタンプと共に告げられた日付は偶然にもマネージャーの交代で取る休みの日と重なっていた。

「その日はちょうど交代でお休みを貰う日です。」

「じゃあ、出掛けようよ。」

とんとん拍子でデートが決まる。「A駅前9時に」相変わらずの早い集合だが、これはあんまり気にならない。

指定された場所に行くと真田は相変わらず早く来ていて、大きめのバッグを抱えていた。

「??今日はどこへ行くんですか?」

「ん?運動公園。さ、行こう。」

激しい運動は禁止されているはずだが、もう許可が出たのだろうか。そもそも遠征に置いていかれている時点でNGのはずだ。

電車に乗って出かけた先はいわゆる複合の運動公園だ。大きい野球場もあるのでたまに試合で来たこともある。

「もしかして遠征、ここでやってるんですか?」

「いや。向こうさんが交通費出してくれるって言ってるから、監督ルンルンでバスで遠出してる。」

あいつら遠足気取りで出掛けたよ、と苦笑いだ。顔を覗き込んで「もしかして、これスカート?」と裾にそっと触れる。

顔を横に振ると、「じゃあ、やろう」と明るく言って、バッグの中からグローブを取り出した。ほい、と手渡される。

「キャッチボールやろう!」

「私と真田さんで、ですか?」

「そう!右利きでしょ?さあ、どんなボールでもこい!」

少し離れたところでグローブを構えている。茫然と見つめてしまう。運動はキャッチボールくらいなら大丈夫なのだろうが。

相手は薬師のエースピッチャーで球速は140キロにも到達するという人物だ。どうにも妙な構図だ。

「どんなボールでもいいよ!」

「・・・じゃあ、もう少し離れて下さい。」

へ?という顔をした真田に向かって、左足をすっと上げる。「え?ちょ、ちょっと?」という声が聞こえてくる。

綺麗な投球モーションだ。久しぶりに持ったグローブはやはり高校生向けか、自分の手が小さいのか、少し大きい。

多分、構えてる所には届くだろう、そう思って、まっすぐに腕を振り抜く。バシっ!という良い音がして、真田は目が点、だ。

「・・・予想以上のいい球がきた・・・。」

「球種はストレートとチェンジアップです。」

この返答に真田は「は?」という顔をする。少し微笑んで、戻ってきたボールを上手に受ける。バシっ!また良い音がする。捕り方が良い証拠だ。

「あれ?もしかして・・・。」

「小学生の低学年まで兄にくっついてリトルリーグでピッチャーをしていたんです。」

「なるほど・・・。どうりで球筋がいいはずだ。じゃあ、俺、座ってみようか?」

「いいですよ!」

低めに集めてくるので真田は思わず破顔してしまう。もちろん自分には敵わないが、女の子の球としては上等だ。コントロールがいい。

足を上げる時にちらっと白い太ももが見えるのも、目の保養になって良いのだが、これは本人に言わない方がいい。

まるで青道の沢村のように嬉しそうに球を投げる姿に思わず、こちらも嬉しい気持ちになってしまう。

「ナイスピッチ!」

まるで部活中だ。少しやり取りできたらいいな、と思って、ここまで来たが、計算外の収穫だ。夢中になってキャッチボールをしてしまう。

少し得意そうな笑顔を浮かべる様子は普段の感じとは違って新鮮だ。初めの印象としては「大人っぽい」感じなのかと思っていたが、

思わず張りつめて涙を流したり、得意そうな顔を浮かべてみたり、と見ていて飽きない。「あ~、腹減った」と言って立ち上がると

「あ、お弁当食べますか?私、作ってきたんです。良かった、今日がここで。」

相変わらずニコニコしたままトートバッグを持ってくる。「大きいな」と思ったが弁当が入っていたのか、真田は納得した。

「え?君の手作り?」

「あんまり上手じゃないですけど・・・。」

お弁当エリアがあるのでそこに行きましょう、と言われて真田はその弁当の入ったバッグを持つ。結構重い、これを抱えていたのか。

「重いね。・・・結構、力あるんだね。」

「これぐらい持てないと青道のマネージャーは出来ませんよ。でも、持って下さってありがとうございます。」

木の影にあるベンチに座って、手作り弁当を広げる。

「・・・すっげ・・・。マジうまそうなんだけど。」

量も多い。さすが高校球児を日頃見ているだけに彼等の胃袋の無限さを知っている量だ。しかも手が込んでいる。見ただけで分かる。

9時の待ち合わせのために何時から準備したのか。真田自身も料理をするので容易に想像がつく。

「俺、料理するから分かるよ。すげぇ時間かかったんじゃない?」

初耳だった。確かに食べる物に造詣が深いというか、こだわりがあるというのは分かっていたが、まさか作るまでしているとは。

それっぽいといったらそれまでだが、少し驚いてしまった。

「うち、父親いなくて、母親は働いてるから。母1人子1人で、おのずと自炊の能力がついちゃって。」

結構レパートリーあるよ?と笑っている。それを聞いても何だか意外な感じはしなかった。

「母親は看護師でさ。1人の夜も多かったしね。1人遊びも得意なんだよね。だからチームプレイの野球が面白くてはまってる。」

1人で遊んでいた子供が仲間を覚え、仲間と勝利することを覚え、今夢中になっている。素敵なことだな、と思った。

薬師というチームの中での真田は中心人物だ。それは彼本来の魅力であることを今さらながらに再確認する。

食ってもいい?と聞かれ、

「どうぞ、召し上がれ。」

取り皿を用意して真田に差し出す。それまでに手拭き用のミニタオルを渡され、そのタオルからは微かにミントの香りがした。

水筒は何故か2つあって、1つはお茶、もう1つはコンソメスープだった。黄色が綺麗な卵焼きを食べると好みの味付けだ。

「卵焼き、うっま!」

「それは良かったです。卵焼きって家の味があるから、ちょっとドキドキしてたんですけど。」

バランスも考えられている内容に真田は感心する。おにぎりも様々な種類で作ってあるし、何より見た目が美しい。

「あ~。女の子の手作り弁当食ったのなんて、俺、生まれて初めてかも。」

大げさな物言いに少し困ったような表情を浮かべながら

「また・・・そんな事言って。それはないですよね。」

「いやいや、マジ。ま、そりゃあ作ってくれる女子はいたけど、全部断ってっからなぁ。」

御幸もそうだ。黄色い声に囲まれて手作り弁当の差し入れをされているのを見たことがある。嘘くさい笑顔を浮かべて

「有り難いけど、飯とかは寮で管理されてるから・・・ごめんね。」

丁重に断っているのを見ることは結構ある。真田もきっとあんな感じなのだろう。ちなみに御幸はああ見えて結構、潔癖だ。

そこまで考えて、ふと真田はどのように言って断っているのだろう、と思う。思わず真田の様子を見てしまう。

「??」

「いえ、別に・・・。」

「何、言ってみて。」

「いえ、あの・・・大した事じゃないです。」

「言って。君の考えてる事、全部知りたいんだ。」

持っていた皿を膝の上に軽く置くと、観念したように息を少し吐いて

「・・・どう言って手作りのお弁当、断ってるん、です、か・・・?」

その言葉を聞いて真田は目を丸くした。思いもしない質問だった。その様子を見て慌てて「うぅ、何でもないです」と涙声だ。

思わず吹き出してしまって、少し咽てしまった。本当に可愛いな、と思う。先程の得意そうな顔とはまた違った彼女本来の魅力だ。

「手作り弁当は好きな女の子からしか貰わないし食べない事にしてるんだ、だよ。」

きょとんとした顔を一瞬してしまう。真田はさらに

「ね?だから、今は食ってるでしょ?好きな女の子の弁当は食べるんだ。だから生まれて初めて。信じてくれた?」

いたずらっ子のような表情は真田がすると、それに色気がプラスされるようで少し緊張して苦手だ。

少し困ったような表情を見ると、気にしないような素振りをしながら真田は次々とおかずを空にしていく。

現役なので食べる量は考えたつもりだったが、足りなかっただろうか、心配になるほどのいわゆる「食いっぷり」だ。

それに食べ方がとても綺麗で、山盛りご飯を食べながら米粒を付けていた去年の沢村と比べると1つしか違わないのに本当に大人だ。

顔の傷はすっかり癒えて、注視しないと分からないほどアザは薄くなっている。

きっと今回の「おいてけぼり」は監督からの「休養」だと思う。多分、ヒドイ事を言って留守番させたのだろうが。

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