あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

あいつはいつからあんな風に笑うようになったかな、柄にもなく部屋に戻ってベッドの上で御幸は考えていた。

あれから特に何かあるわけもなく、普通に食べて戻って練習して、あいつはマネの仕事をしてスコアブックを渡辺たちと整理していた。

その後、沢村たち投手陣とのミーティングにちょこっと顔を出したが、沢村たち2年が話についていっているのを確認して

他に見つからないように食堂を出て行く後ろ姿を見た。特に沢村が話が分からないと要約してやっていたのはあいつだ。

「私に嫌なところなんてない」と言っていた言葉を思い出す。そうだ、あいつに嫌なところなんてどこにもない。

きっと本人は冗談半分だったんだろうが、本当だ。嫌な部分なんて今まで見たことがない。いつも笑っていた。


そう、笑顔だ。

あいつは入部したての頃、もっと心から笑っていたような気がする。もっと明るく、朗らかで、声を上げて笑っていた。

綺麗で清楚な感じなのに、笑うと目の辺りがくしゃくしゃになって、ちょっと幼く見えるその姿に見惚れたものだ。


それがいつから・・・?


「皆の御幸君、か・・・。」

口に出すと案外単純な問題で、自分がこのチームの柱であることがあいつに「緊張を強いている」のであって、その結果が

「御幸一也に好きになられたら困る」というものに繋がっているのだろう。そうなると自分がキャプテンになった頃、になる。

本格的に偵察に行くようになって、「誰かと一緒に行け」と命令したこともあったが、言う事を聞かなかった。

「1人になりたかったのかもな。」

ここまで考えると、御幸は起き上がった。今日は沢村は金丸の部屋に勉強に行くと言っていたし、奥村たち1年も今日は同学年で

部屋に集まり、試験勉強をすると言っていたから、倉持の部屋に浅田はいないはずだ。御幸は部屋を出て倉持の部屋へ向かう。

途中で騒がしい声が聞こえてくる。勉強なんかそっちのけで遊んでいるに違いない。

「勉強しろよ!」ドンと壁だけ叩いて、御幸は倉持の部屋の扉を叩いた。「開いてるぜ~」と間延びした声が聞こえた。

御幸が扉を開けると倉持は雑誌を読んでいた。御幸の姿を見ると「何だ、お前かよ」と気乗りしない台詞を言った。

「皆のキャプテンにひでぇこと、言うなよな~。」

部屋に入ってきた大きな塊に倉持は一瞥して、「ちっ」といつもの舌打ちだ。

「何だよ。今日はあいつらいねぇから静かなのによぉ。」

口ほどではなく、雑誌を置いて、急な訪問者を迎え入れようと思うのか立ち上がって、スポーツドリンクを取り出し、御幸に投げ渡す。

「俺ってどうしてこんなにモテないのかね。」

それを受け取りながら、本気かそうではないのか、独り言のような内容を御幸は言った。

「殺すぞ。」

間髪入れずにいつもの返答が戻ってくる。御幸は苦笑いだ。

「本当に好きな子にモテなきゃ、他の子に好かれても意味ねぇよ。」

「死ね。」

御幸の校内での人気を知らない者などいない。倉持は心の底から暴言を吐く。

それでも溜息まじりの御幸を見ていると、からかい半分では無理だなと気づく。

「何だよ。あいつのことか。」

「俺といると緊張するんだって。俺は皆のものだから独占しちゃいけないんだって。」


あいつが言いそうなことだ、と倉持は思った。御幸がキャプテンになった頃からかたくなな態度が気になっていた。

やたら1人で偵察に行きたがるし、それを咎める御幸に対する視線は複雑な感情が入り混じっているのが分かった。

「俺はあいつを独占したいんだけどなぁ。それがいかんのかね。」

女子わかんねぇな、と御幸は溜息混じりだ。倉持がぐいっとスポーツドリンクを飲んだ。

確かに、「真田と付き合う」、ただ「付き合うのは引退が決まってから」だという話は本人から聞いた。

真田か御幸か、どちらか甲子園行きを決めた時、お互いの「所属している学校」というカテゴリーがなくなるから、

それは「自由」になるということだからか、と理解したが、どうも腑に落ちない。

今現在、連絡を取り合ったりしているのなら、それは「お互い敵同士」というわけでもない。

きっと情報は漏らしていないだろうから、他愛のない話をしているのだろう。なら御幸とでもできるではないか、そう結論付けてしまう。


「俺はあいつはお前のこと、好きなのかと思ってた。」

「マジで?」

「ああ。お前の気持ちはダダ漏れだったけどな。あいつもそれを嫌がってなかったはず。」

人を見る目には自信がある。嬉しそうに笑いながら御幸と話をする姿。恋する少女、とまではいかないが、十分「脈あり」だと感じていた。

(ま、お似合いの美男美女って感じだったけど、死んでも言ってやらねぇ。)

そう思いながらも、2年ほど前の状況を思い出していた。選手とマネージャーが付き合うなんて、どこの野球漫画だと、と思ったが

自然な感じの2人には嫌な感じもなく、どちらかというと付き合うのは時間の問題で自然だと思うようになったのも事実だ。

決定的に各々の方向性が変化したのは最上級生になった頃だ。

正直、倉持自身も情けないほどいっぱいいっぱいになって、あんなに1年だった沢村を構っていたのに、今はその余裕がない。

これが「最上級生」という重さか、と最近理解するようになったところだ。御幸が隠した怪我、「向いてない」という言葉。

俺達の中で何かバランスのようなものが壁のようにできた瞬間のようにも思える。

「ただ・・・。」

「ただ?」

「正式にクリス先輩が偵察係として、って言った時のあいつの顔は、今でも忘れられねぇな。」

「ああ、あれか。」

「死にそうに緊張した顔してよぉ。マジで衝撃で死ぬんじゃねぇかと思ったわ。」


責任感の強いあいつのことだ。クリス先輩はそこを最も心配していたが、あの分析力がチームの力になると判断した。

嬉しさの中にあった複雑そうな感情は一体なんだったのか。


「ま、どちらにせよ。お前は諦めるつもりねぇんだろ?」

黙って大きく力強く頷く御幸を見ると、倉持は大きく息を吐きながら、身体を伸ばした。

「じゃ、いいんじゃねぇの?それで。あんまり追いつめると死ぬかもしんねぇからな、あいつ。」

「正義感が強くて、そういうところが最高に可愛いじゃん。」

「お前が先に死ね。」

足で御幸をけつって、また大げさに痛がる御幸を横目に、あの時の、グランドを見つめていたあの横顔を思い出した。


「・・・私、青道が好きだよ。こんな素敵な学校、他にはない。皆と誰よりも長く、最後までグランドにいたい。」


俺もそうだな、と倉持は思った。御幸とも、沢村たち後輩とも、あと数カ月だ。別れはそこまできている。

去年の3年生もこんな気持ちだったのか、と思った。後輩は可愛い、そして、同級生は大切だ。一生の宝、仲間だ。

マネージャーもそうだ。皆がいてくれて、自分たちを支えていてくれるから、野球ができる。

少しセンチメンタルな気持ちになっていたのを御幸に見られ、「何?思い出し笑い?倉持やらし~!」に青筋だ。

「おめぇがやらしぃんだよ!この年中お花野郎!恋バナしに来んな!うっとおしい!」

御幸とチームメイトでいられるのも、あと少しだ。

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