あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

「・・・。」

渡されたメモの内容は学校の近くでは入手困難なものが結構あった。「町まで行って来い」監督の鶴の一声で御幸と2人で出掛ける。

コーチは「こういう時はお小遣いを・・・」と言いながら500円をくれた。「アイスでも食べろ」なかなかの嘘くさい笑顔だ。

「・・・500円で2人っすか?」

「ホームランバーなら何本か食えるだろ?球児はホームランバーと相場は決まってるんだ。」

監督は「お心遣い痛み入ります」と言って頭を下げ、コーチは「いやいや、当然ですよ」と訳の分からない儀式を余所目に学校を出発した。

バスに乗って、目あての物がある大型のスポーツ店に向う。席がなかったので初め立っていたが、やがて1番後ろの席に並んで座る。

外を流れる景色を見ていたら、窓に写る御幸の顔、その視線と合った。

「あ、ごめん。外、見たかった?」

慌てて背中を背もたれの方に倒すと、御幸は笑った。

「いや、外見たいんじゃなくて。お前の耳、見てた。」

言われて、思わず自分の耳を押さえて、御幸を見た。御幸は自分の耳を指さしながら

「お前、耳ちっちぇえのな。今、初めて見て、あまりのちっささにびびってたんだよな。」

「人の耳見て笑うなんて悪趣味~。」

「いや、だって本当、可愛いだもんよ。仕方ねぇじゃん。」

もっと見せろ、と言いながら、御幸はその手を伸ばして耳を隠している髪の毛をそっと避けた。いやだ、と言っても御幸はやめない。

「意地悪!」

「俺、心底意地悪。知ってるだろ?」

耳など真剣に手入れなどしていない。足や腕、顔や手なら最低限でも手入れをしている。女子としての最低限のつもりだが、耳は範疇外だ。

御幸のがっしりした指が耳に触れる。あまりの感覚に思わず声が出そうになったが、何とか踏ん張って我慢して、小さな声で

「本当にやめて!」

「・・・そうだよな。お前、数か月後には真田のもんになるかもしれねぇんだもんな。」

急に落ち着いたトーンで言った。御幸は耳や髪の毛に触れるのをやめ、じっと見つめてきた。何故だか泣きそうになった。

でも、ここで泣き出すわけにはいかないし、それは卑怯なことも知っている。

「・・・もう満足した?意地悪キャプテン。」

先程の御幸の言葉には反応しない。落ち着いたトーンの時の御幸は、本当に心からの声が漏れてしまった時だからだ。

だから自分に言った、というよりは、自身に言い聞かせた、という感じの方が正しい。

「満足した。女子の耳、柔らかかったし、何か良い匂いした。」

「匂いって言わないでね。何か臭いみたいじゃない。」

無理やり雰囲気をいつものものに戻すために、なるべく意識しないように、いつもの口調で話を続ける。もうすぐ降車バス停だ。

ボタンを押して、立ち上がろうとする。御幸は先に立ち上がって、それに続いて立とうとして背もたれに置いた手を取られる。

驚いて顔を上げると、御幸は優しい穏やかな顔をしていた。

「・・・危ないし。・・・別に友達でもこれくらいやるだろ?」

そう、友達でも手くらい取る。

「そうだね。有難う。」

「たまに見せる優しさが身に染みるだろ?普段の意地悪は1回の優しさでかき消されるんだよ。」

「計算づくの優しさは、残念、カウントされませんよ。」

笑いながらバスを降り、目指す店に歩みを進める。街を歩くとまだ17歳で制服を着ているにも関わらず、女性の視線が分かる。

ちらちらっと御幸を見ている。中高生なんかはそうだろうと思うけれど、少し大人のお姉さんの視線も感じる。真田もそうだった。

ただあれは真田が私服で、私服の真田はとても高校生には見えなかったから、だから年齢が分からないのだろうと思っていた。

しかし、こうも視線を感じると隣を歩く御幸の態度が気になる。少し様子を見るように視線を上げると、御幸と視線が合った。

「ん?何?」

「いや、別に。」

「別には駄目~。理由を言いなさい。」

普段マネたちに言われていることをここぞとばかり「お返しだ!」と言わんばかりに言う。少し眉毛が上がっているのは得意な証拠だ。

「・・・視線を感じるなぁって。さすが有名人は違いますね、ってこと。」

そうか?とまるで無頓着だ。校内でもモテているのだが、本人は野球一筋で色恋沙汰には興味がないものだと勘違いしていた。

それがどうだ。1年の時から私を想っていたというのだから衝撃だ。御幸は本当に上手に自分の気持ちを隠す。

「真田と俺とどっちがお姉さま方の支持が多いんだろうねぇ。」

それは。

「多分、あんまり変わらない。おんなじくらいだよ。・・・2人とも本当にモテるのね。」

御幸はその小さな、ちょっと愚痴のような言葉を聞きながら思っていた。「お前の方の視線も凄いもんですよ?」と。

大学生くらいの男になると完全に視線に意味があるのが分かるし、制服さえ着ていなかったら、大変なことになりそうだ。

これは用心棒くらいの勢いで隣を歩いておかねばならない。

「・・・そっくりそのままお前に返すわ、その言葉。」

呆れながら小さく言った言葉は本人には届いていないようだった。視線の先に店が見えてきたからだ。

店内に入り、メモを見ながら買い物をする隣で籠を持ってついて行く。

(何だこりゃ、これって至福の時ってヤツ?)

振り返って「どっちの生地がいい?」なんて聞いてくるので、「う~ん、こっちかなぁ」と答える瞬間。「そ?じゃあ、こっち。」と極上の笑顔。

単純に可愛いな、と思う。買い物をするのでピンみたいなやつで髪の毛を後ろでとめている姿がまた新鮮だ。

丸出しの後ろの首にメロメロの腰砕けだ。倉持が傍にいなくて本当によかった。腰に一発お見舞いされるに違いない。

「それで全部?」

「うん、買い忘れはなし。」

籠の中とメモを見比べて、最終チェックをして「青道高校野球部で領収書を下さい」きちんとしている。その姿も新鮮だ。

いつもマネたちはこうやって自分たちを支えてくれているのだ、と改めて思う。自分たちにとってマネージャーは大切な存在だ。

「じゃ、帰ろう。御幸君。」

「いや、お小遣いの500円で何か食って帰ろうぜ?」

「ホームランバー?」

出掛けに落合コーチに言われた言葉を思い出して言った。ああいうところがコーチ曰く、「大人のお茶目」というヤツらしい。

そのコーチの「ホームランバー」発言を律儀に言うので、思わず笑ってしまう。

「いや、カフェでも行こうぜ?とか言いたいとこだけど。制服なんで定番的な?」

「ん~?」

視線を御幸がゆっくりと動かすので、その先を追うように動かすと高校生の放課後の定番店舗が見える。「なるほど」と頷く。

それを確認すると御幸は荷物を持ってゆっくりと歩き出す。「500円なら結構飲めるね?」なんて言うと、苦笑いだ。

「いやいや。姫がお召し上がりになりたいものをおごらせて頂きますよ?」

「え?何で?本気で言ってるの?」

御幸の後ろを歩きながら、思わず驚いて大きな声を出して聞いてしまう。その質問内容に御幸も苦笑いだ。

「何だよ。俺がお前におごったらいけないのかよ。コンビニでぐらいしか買い物しねぇから、結構、金持ってんだぜ~。」

そんなことを言っているのではない、と思いつつ、店に入る御幸はぐるっと見回して、外が見える席の椅子を引く。

その様子を黙って見つめていると、「どうぞ?」と声を掛けてくる。「どうも」と答えてとりあえず座る。

夕方の街にはぽつぽつと高校生や中学生が帰り始めている。

「何がいい?」

「じゃあ・・・コーヒー。」

「何か食わねぇの?」

俺がっつり食うよ?腹減ってるし、と笑顔だ。ちょっと考えて、じゃあ、と言いながら

「チーズバーガー・・・。」

「分かった。」

「の、ピクルス抜き。」

「は?お前、ピクルス食えねぇの?」

「あったかいピクルスが気持ち悪くて、苦手なの。」

へぇ、と感心したような、新鮮な驚きのような、妙な声を上げて御幸は注文しに行ってしまった。

外をゆっくりと眺める。部活をしていない女子高生は楽しそうに彼氏と手を繋いで歩いている。お互い笑顔で楽しそうだ。

こんな下校はした事がない。毎日、部活をして、ボールが暗闇で見えなくなるまで追い続ける。手を見る。そんなに綺麗な手ではない。

あの子はきっと柔らかくて、良い匂いのするハンドクリームなんかを使っているんだろう。

でも、そんな事はうらやましくはない。

この日々を後悔した事は今まで1度もない。


人を好きになるってどんな事なんだろうか。

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