あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

唇が離れて、閉じていた目を開けると真田の視線が刺さるようにこちらに向けられていた。

「・・・俺のこと、好き?」

「・・・分かりません。でも、怖くないです、真田さんのこと。」

「俺たち、ライバル校だけど。・・・待ってくれる?」

「分かりません・・・。」

「決着付くまで、あと3ケ月、それまで俺のこと、怖くないままでいられそう?」

頷いた。初めから怖くなど無かったのだから、当たり前だ。真田は指を絡ませて、その手の甲にも唇を寄せた。

「俺、多分、君が思ってるより、結構、自分勝手だと思うよ。」

「私も自分勝手です。」

しっかりと手を握られ、少しぶつかり合うお互いの膝、剥き出しになっている膝に真田のジャージが当たる。

「勝手に君のこと見つけて、勝手に好きになって、勝手に待ってろ、って言ってる。」

その言葉に少し笑みを浮かべるしかなかった。

「待ってろ、の代わりにお願いしたいことがあります。」

この約束をしなければならない、真田は薬師で、自分は青道なのだから。真田は何もかも分かってるような表情を浮かべた。

「3カ月後まで、ただのお友達の真田さんでいいですか?私はただの青道のマネで・・・。」

そこまで一度に言い切って、少し息を吐いた。

「御幸君を支えていて、いいですか?」

「御幸ってやっぱり君のこと、好きなの?」

「真田さんの顔を見に行かない、真田さんのこと心配しない私は何か嫌だって言われました。」

君は、とここまで言って、やや口ごもって真田は絶句したが、薬師のグランドの喧騒が聞こえてきた。

「君は・・・心底、高校野球をしていたいんだね。マネとしての自分に誇りを持ってる。・・・俺もそうだ。」


だから分かる。俺もエースという看板、背負って。

裏切りたくない、裏切れない。その為になら自分の心に嘘も吐く。


真田の時計がまた鳴った。いつも良いタイミングで鳴るように思えた。舌打ちしながら真田は腕時計を見た。

「いいところで鳴りやがって。」

「この間も鳴ってましたね。」

あの時はこの時を告げる音でデートを切り上げた。手を引っぱって、駅まで歩いた。涙を拭ってくれた優しい手。

真田はこの間のようにぱっと身体を離して、ベンチから立ち上がった。手を差し出すので、その手を取った。ジャージの上着を渡すと

それを脇に抱えて、手をしっかりと握り直した。

「部活ないんなら、帰るんだよね。駅まで送るよ。着替えてくるから・・・。」

「・・・ここで待ってます。」

ちらっと学校の方を見ながら、何か続きを言いそうな真田の言葉を遮って答えた。

「ここに座ってます。制服なので・・・薬師の近くまで行くのは、ちょっと・・・。」

「分かった。すぐに着替えて戻ってくる。絶対、帰らないでね。知ってるだろ?俺、結構、心配性。」

知ってます、と言ってしっかりと頷いた。真田はその表情に安堵して、薬師に戻る。走りたい気持ちはあるが禁止令中だ。

ゆっくりだが大股で歩く、野球部のグランドが見えてきて、三島たちがびくっとするのが目の端に写る。

その3人に気が付いて、軽くチョップする。「余計な気ぃ回してんじゃねぇよ!」そう小さく言う。3人はさらにビクつく。

ただ、そこまで言って、また小さく、「ありがとな」と付け加えた。3人は嬉しそうな表情を浮かべた。

監督の視線を感じ、「余計なこと、言うなよ」と言いながら部室に戻る。

「真田!もう、上がるか?」

「監督。すみません、今日はそうさせて貰います。」

部室の前で頭を下げると「さっさと帰って養生しろっ!」とどっか行けのポーズだ。苦笑いを浮かべ部室で着替える。

ふと先程の事を思いだし、思わず自分の唇に触れる。予想通りの柔らかさだったし、小さな手がシャツを握り締めるのをちらっと

見た時は何とも言えない、今まで感じた事のない、湧き出る喜びのようなものを感じた。着替える手が止まり、思わず笑ってしまう。

「俺は女子か。・・・ま、こんな感じも悪くない。」

グランドを出る時、振り返って頭を下げる。校門を出て、公園方面に向かう。銀杏の木が多い園内は、まだ紅葉前だ。

この葉が黄色になる頃、結果が出ている。芽を出したばかりの小さな葉はまだ青々としている。

はやる気持ちを歩くスピードに乗せられないので、視線でベンチを見ると、何かを読んでいるのか少し下を向いている。

ふと立ち止まって、その姿を見つめる。手元を見ると文庫本を読んでいるようだ。読書も好きなのか、新しい情報を得る。

視線に気が付いたのか、ふと顔を上げて、真田のいる方を導かれるように向いた。真田を見つめると笑みを浮かべた。

「・・・。」

「?真田さん?」

「いや、ごめんごめん。可愛いな~って思って。」

そう言いながら近寄ると、すっと立ち上がる。姿勢が良い、当初からそう思っていたが、まっすぐで清楚な感じなのだ。

髪の毛も何もしていないのかそよ風にサラサラと動く。いかにも高校生という感じのトートバッグを肩にかけている。

それに手を掛けると、分からないのかきょとんという顔をする。思わず笑って、「持つよ、貸して。」と言った。

恐縮して「重いので!」と必死に言うと、「だから持つって言ってるんだけど」と言いながら、ひょいと取り上げた。

「着替えた時にさぁ、さっきのキス思い出しちゃって、思わずにやけちゃった。」

歩き出すと、何も隠さずに相変わらず話し続ける。困ったような、少し怒ったような、何ともいえない顔をして、

「相変わらず・・・自由ですね。・・・恥ずかしいので、やめて下さい。」

まぁまぁ、となだめながら薬師からやや離れると、そっと手を握り締めた。「真田さん!」という声に笑みを浮かべて

「学校に近くないし、これ逃したら3カ月後だもん。ね、いいだろ?」

まさに悪巧みをしているという表情だ。ちょっとぶすっとした顔を見ても、「その顔も可愛い」と余裕の発言だ。

駅までの道をゆっくりと歩く、運動部が帰る時間に近い時間なので、もちろん薬師の生徒の姿は見えない。

青道の近くでもないので、高校生の姿はまばらだ。券売機の前で青道の最寄り駅までを買う。真田は定期だ。

「電車通学なんですか?」

「まぁ、基本はね。こう、練習し足りない時は走って帰ったりするんだけどね。ちなみに逆方向だけど。」

「知らないことだらけです。」

「この間、言ったじゃない?もっと深い仲になったら俺のこと、教えてあげるって。」

構内に入って、真田がホームに行こうとする。「バッグを!」と言う声に振り返って「電車乗るまで」と答えた。

片方の手をしっかりと握って、階段を上がる真田に連れられて階段を上がる。小さなローファーの音が響く。

ホームに降りて、少し離れたところに立って、電車の到着を待つ。柱の影に隠れて立っていると少し距離を置いて立っている。

「お、警戒してる?」

「えぇ。何だかこんなに離れたところに来るなんて。・・・怪しいので。クリス先輩にも注意しろって言われてますし。」

「クリス?・・・あぁ、アニマルの息子か。確か・・・滝川クリス優だったな。あの人は?」

「大学に進学されました。」

何かをするつもりはないらしく真田はクリスの話を始めた。

「野球してんの?」

「まだリハビリ中ですけれど、選手として試合に出ることを今まで1度も諦められたことはありません。」

へぇ、と感心した声を上げた時、電車の到着のメロディが流れ始めた。到着する方を見るとうっすらと電車の姿が見えた。

青道の選手の事を気にする真田は嫌な感じではなく、どちらかというと、先輩の選手を尊敬していると感じなので、少し嬉しい気分になる。

車体がホームに滑り込み、扉が開いたので、トートバッグを受け取って、乗り込もうとした時に、「ねぇ」と声を掛けられた。

ふいに呼ばれて、無防備に振り返ると、真田の熱い唇が掠めるように唇に触れた。乗ろうとしていた力に引っ張られるように

車内に入ってから、思わず唇を抑えて真田を見た。真田は笑っていた。扉が閉まる瞬間、「また連絡するね」と言った。

手を振る真田を動き出した車内から見つめる。見えなくなるまで真田がホームに立っているのが見えていた。

力なく適当な場所に座ると、自分の手を見つめた。しっかりと繋がれていた。それからゆっくりと自分の唇に触れた。

その時、メッセージが届いたことを端末が知らせる。もちろん真田からだ。

「帰り道、お目付け役に見つからないよ~に。」

お目付け役、思わず笑ってしまった。お目付け役なんてクリスの事だと思っていたが、今となっては御幸の事なんだ、と思い笑った。

甲子園、優勝の結果が出るまでは真田とは「友達」だ。「ちょっと仲の良い友達」だ。それは「特別」なのかもしれない。

でも、御幸も「特別」な存在だ。御幸が「2番」のユニフォームを着て、予選の舞台に立つのだ。

流れゆく景色を見た。近場の学校の練習試合にはこうやって電車に乗って移動したこともあった。

1年生頃から正捕手だった御幸と、なりたての仕事が遅い新人マネだった自分は、眠くなってしまってついに倉持に寄り掛かった。

学校に戻って「緊張して身体の半分が痛ぇ」と倉持に言われた。あの頃は明らかに差があった。

やがて偵察として使って貰えるようになった時、その差が埋まったような気がして嬉しかった。役に立ってると思っていた。

好きだ、なんて言われたくなかった。お前は大切な仲間だと、そう言って欲しかった。

「帰宅したら、また連絡します。ご無理なさらないで下さいね。」

既読スルーを嫌い、過度の心配性の真田の顔を思い出しながら返事をする。

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