あの日僕らは、空を翔ぶ夢を見た。

miotsukushi
@aramashigoto

大きな銀杏の木の下に確かにベンチはあった。座って待つのは気が引けて、銀杏の木の下に立っていた。

16時を過ぎている時間帯、遊具があるわけでもないこの公園には特に人は多くなかった。

運動をする人たちがその目的ために集っている、そんな場所だ。しばらくすると向こうからジャージ姿の真田が姿を現した。

木の下から歩み出して、真田の視界に入る場所で止まって、真田に向かって頭を下げて、正面から見つめた。

驚いた顔をした真田は、少し困ったような、機嫌が悪いような表情をして、薬師のグランドの方を見た。

ゆっくり歩いてくると、真田は「こんにちは」と声を掛けた。同じように返事をする。

「ちょっと休憩しようかな、って思ってたとこ。・・・時間、大丈夫なの?」

情報通り、銀杏の木の下にあるベンチで休憩するのだ。そのベンチを指す。頷くと、「ちょっと待って」と言って上着を脱ぐ。

それをベンチの上に置いて、その上に座るように言った。躊躇すると

「制服、汚れるから。」

それだけ言うと真田はベンチに腰掛けた。恐縮しながら真田のジャージの上に座る。何を言ったらいいものか、逡巡する。

「何しに来たの?今日、部活は?」

結構、冷たい言葉だった。これは最初から覚悟していた。怪我をして弱っている自分を見られたくないという選手の心理を知っている。

怪我を隠し、弱さを隠し、舞台に立つこの人達にとって、同情みたいなことをされることを1番嫌う。

「部活は今日は休みです。・・・会いたいから来ました。いけませんでしたか。」

真田には直球勝負だ。同情も気遣いも無用、薬師の後輩たちの差し金であることはもちろん気が付いているだろうし、機嫌はよくはない。

ただ、顔を直接見ることができて、本当に安心した。少し球が当たったところが青あざのようになっているが大丈夫そうだ。

「・・・感じ悪くてごめん。でも、君も結構、意地悪い入り方するね。」

はぁ、と息を大きく吐いて、少し肩の力が抜けたようだった。「お互い様です」と答えると「そうみたいだ」と言って笑った。

鞄の中からスポーツドリンクと作ってきたレモンの蜂蜜漬けを出し、差し出した。俺に?と真田は普通に驚いているようだった。

「うち、マネージャーいねぇから。こんなことされるとビビるわ。うちの監督は優しくないからな~。」

容器を開けて、手を合わせてスライスされたレモンを持ち上げる姿はびっくりするほどゆっくりで綺麗だった。

そっと口に運び、指先についた蜂蜜を舐める。青道秘伝、というわけでもないが代々受け継がれてきた伝統の味のレシピだ。

「わざわざ作ってくれたの?」

「ちょうどOBからレモンの差し入れがあって。綺麗な国産のレモンだったから。作りました。」

「うまい。」

「よかったです。」

真田は遠くを眺めるような表情を浮かべた。

「・・・大丈夫なんだよ。頭、打ったけどさ。特に何もないし。ちょっと無理しないでいるだけ。」

誰に言っているのか、独り言のようにも聞こえた。自分に言い聞かせているようにも感じた。大丈夫、できる、と。

「参るよなぁ。足の次は、これだもん。チームに迷惑かけて。・・・三島たちが行ったんだろ?」

グランドの方を機嫌が悪そうに見たのは「誰が」「何を」したか、分かったからだ。

「轟君と秋葉君も来てくれてました。・・・私が学校を出るのを待っていてくれたみたいで。」

「雷市も行ったのか?あいつ、キョドってただろ?」

心底、驚いたようで思わず、視線が合った。3人の2年生のことを思い出して、思わず微笑んだ。

「素敵な後輩だなって思って。3人ともしっかりしてますね。」

「素敵?しっかり??ありえねぇよ、そんな評価。あの3人はまだまだお子ちゃま。」

そう言いながらも可愛がっているのが分かるような、優しい色が真田の瞳に宿る。後輩を見守る、先輩の瞳だ。

そうだ、この瞳だ。この慈愛のこもった瞳に癒される。そして包まれるんだ、と思った。真田の本質の宿る優しさだ。

「そんなことありません。本当に可愛いし、薬師って素敵だなって思って。」

「・・・ま、可愛いのは認める・・・。」

悔しそうに呟く真田を見て、思わず微笑んでしまう。どこの3年生も下級生は理由なしに可愛くて可愛くて仕方ない存在なのだ。

そんな様子に思わず手が動いて、そっと真田の額に触れてしまった。真田は嫌がる素振りは見せなかった。

「痛い、ですか?」

「いや、痛くない。」

「そうです・・・「ごめん、もうちょっとこのままで。」

答えが遮られ、手をぎゅっと握り締められ、真田は苦しそうに目を閉じた。やはり痛いのではないか、胸騒ぎがした。

真田の手はあの時と違って冷たく感じられた。少し震えているようにも思えて、真田の傍にそっと近寄った。

顔を覗き込もうと顔を動かすと「ごめん、こっち見ないで」と制された。

「・・・青アザのところにキス、してって言ったら・・引く?」

「・・・。」

「いや~、ごめん。ちょっと調子乗った。自分からこっちに来てくれるなんて・・・「私で大丈夫ですか?」

は?と言う顔をして真田がこっちを見たのと、手を額から下ろすのは同時だった。

「え?今、何て?」

「私で大丈夫ですか?って聞きました。」

真正面から真田を見つめながら言った言葉に不思議と緊張はしなかった。御幸の本音が漏れたあの夜は緊張が走った。

これが真田と御幸の差なのだ、とここにきて理解した。真田とは緊張しない。感情がストレートに言葉に出る。

御幸とは駄目なのだ。御幸のチーム内での存在感を肌で知っているから、無理なのだ。御幸がいくら優しくても、そこまでだ。

誰にでも求められ、それに応えている御幸をいつも傍で見ているのは、こういう感情にストップをかけるには十分だ。

真田は瞳に宿る、何か強い意志のようなものを感じた。「じゃあ」と言いながら、目を閉じた。

「・・・お願いします。」

少し身を屈めたので、また近づいて、そっと肩に手を置いた。意外に白い肌、生え際辺りにうっすらと残る青アザ。

もう色が薄くなっているのでそんなに痛くないのは本当だろう。近くで見られて、さらに安心した。

「・・・早く治りますように。」

小さく呟いて、そっとこめかみに唇を寄せた。公園には誰もいなくて、風の音だけが聞こえていた。遠くで金属バットの音がする。

身を離して、何か言わなくては、と思って、顔を上げると、そこには顔を真っ赤にした真田がいた。

「真田さん・・・?」

「いや、ごめん。ものすごい破棄力だわ・・・。やべぇ、滾るわ。」

視線が絡んで、真田の表情は良く見えた。真剣な、端正な顔がすぐ近くに見えた。手を取られて、頬に手を置かれた。

くいっと少し上に向かされると、真田の形の良い唇がすぐそこにあるのが分かった。その唇は鼻を掠った。

親指で唇をそっと撫でられ、下唇をきゅっと抑え込まれると、今度こそ真田の唇は下唇を挟むように寄せられた。

マウンドの姿を見ているとどれほど野性的なのかと思うような男だが、人生の終盤には田舎暮らしをしたい男だ。

絵を見たり、音楽を聞いたり、映画を見たり、その落ち着いた姿は魅力的だった。


あぁ、真田さんに惹かれてる。


思わず真田のTシャツの裾を掴んでしまった。真田はそっとTシャツを握るその手も掴んだ。

そうだ。本当は感じていた。御幸が怖い、御幸の好意が怖い。身を任せられない。その後、どうするのというのだ。

野球部を引退した後、御幸はプロに行くのかもしれない。傍にいられなくなるかもしれない。その実現度が高い御幸が怖い。

遠くへ御幸は行ってしまうと思う。その背中を追えない、どこまでも追えない。

真田が「普通通り」の人生を歩むとは限らない。ましてや、真田が御幸より劣っているというわけでもない。

彼もまた「勝負の世界」を行くのかもしれない。ただ、こう思う。傍にいたい、支えたい、ただその想いだけが強い。


私はやっぱりただの「女の子」だ。

偵察なんて、情報収集なんて、そんなものは何もできない。

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